第六十二話 子捨て親捨て②
短いですが、続きます。
先生はいつものように無表情のまま、適当に手にした歯磨き粉を持って溝端君のお母さん?の後ろに並んだ。
化粧ッ気はなく、何本か白髪の交った髪も、ただ後ろでまとめただけ。皺だらけのシャツにズボンと……こう言ってはなんだけど、ちょっとだらしない印象を受けた。
先にコンビニを出て、変な音立ててる自転車で去っていくその人を横目で見ながら、先生も軽トラまで戻った。
『先生、気がつきました?』
「ああ。ぱっと見だが、ズボンの右ひざ、破れていたよな。」
『でもそこ、破れたのは今日なんて感じじゃなく随分前のはずですよ?』
私、繊維の汚れ具合、確認しましたもん。
「そうか。
タバコと酒を買い込んで、万札出すってのは別に不思議じゃないが、
ポケットから裸のまんまってのもな……。」
呟きながら先生はスマホを操作する。
「あ、間先生。先ほどはどうも。今お電話大丈夫ですか?」
先生は間先生から、改めてさっき出会った女性の特徴を聞いている。
「……そうですか。
……いえ、すみませんでした。
……そうですか
……はい、おやすみなさい。」
途中何回か頷きながら、先生は電話を切った。
「動転しちゃってたから顔はよく覚えてないそうだが。」
言いながら先生は私の目をじっと見た。
「どうやらさっきの女に間違いない。
自転車で妙な音立てながら去ってったそうだ。
それだけじゃ何の証拠にもならないが。」
『溝端君のお母さんですよね? どうしてあんなこと……。』
「あの女本人を問いただしたたところで本当のことは言わないだろう。」
溝端君、お母さんがあんなことしてるなんて、きっと知らないよね? 知ったら、どんなに悲しくなるか……あれ?
『あの……先生?
児童養護施設って、親がいない子だけが保護されるというんじゃ?』
なんとなく、嫌な想像しかできなくて不安になった。まさか溝端君を捨てた?
先生は頷いて、そのまま伏し目がちに答えた。
「それだけじゃないよ。
子どもに対して虐待があれば、そんな親から離して保護される。
……今はそういう子が、多いそうだ。」
『じゃあ、溝端君も?』
「そうかも知れないな。
でも、自分の境遇に愚痴一つ言わなかった彼に、そんなことは……。」
『……聞けないですよね。今日のことも、言えないです。』
「そうだよなぁ。」
それからしばらく、二人して黙り込んでしまった。
何もできない自分が、悔しかった。きっとそれは先生も、同じだった。
……なのに、追い打ちをかけるような話を私達は聞かされることになる。その二日後、渡瀬さんが学校にやって来たのだった。