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王都が近づき、道はだんだんにぎわってくる。
そして。
「あれがそうだよ、ノア王子」
・・・見たこともないような、建築物。
ローランディアの父上の、実用一点張りの武骨な辺境の城とは違う。
ダーラムシアの王都ダーラムは、森と湖に恵まれた高原地帯に大きく広がっていた。
こけら葺きと瓦屋根が半々くらいの、市街。
森と林をうまく挟み込み、ゆったりと立てられた、瀟洒な大きな建物。
大小の船が浮かぶ大きな湖に張り出したように、連なるいくつもの建物。
その一番奥にあるのが、ノアの父、アレクサス・モント・ダーラム三世の王宮だった。
市街に入る門の所で鑑札を見せると、サラとジョゼはノアを連れて、にぎやかな市街の大通りをぬけ、湖に接する建物の一つに向かった。
門番にサラが何か言い、彫刻を施した鉄の門が開く。
小馬から降りたノアを、執事らしい年寄りが迎えた。
「よくお戻りになられました。ノア王子」
「じゃ、あたしたちはここまでだ。元気でね。王子様」
ノアがあわてて振り向くと、ノアが乗っていた小馬を引いて、二人はさっさと門の方へ行ってしまう。
「あ。ありがとう、サラ!ジョゼ!」
ノアが叫ぶと、サラは振り向きもせず手を振り、出ていく。
叫んだノアを、年寄りはじろりとにらむ。
「大声を出されるのは、はしたのうございますぞ」
ノアがびくりとすると、年よりは優雅なしぐさで玄関に向かってノアを促す。
「こちらへどうぞ、ノア王子。
ご親族のポルターク伯爵がお待ちでございます」
湖を見おろす大きな客間でノアを出迎えたポルターク伯爵は、草花を散らした刺繍の水色のシルクの服を着た、痩せた中年の男だった。
「君がノアだね。長い間人質の身で、苦労したことだろう。
僕はポルターク伯リュード。きみの母方の縁者だよ」
ノアの顔をしげしげと眺めて、言った。
「ほう。紫の眼だな、魔力持ちの印だ。
これは、王も気に入られるかもしれん。
さっそく支度をしてくれ。王宮へ乗り込むぞ」
商品の品定めでもするように言うと、さっさと部屋を後にする。
女中たちの手に渡されたノアは、風呂をつかわされ、上等な服を着せられたが。
着なれないシルクの服は、ちょっと小さすぎたらしく、ボタンをかけ白いクラバットを喉に結ぶと、きつくて息が詰まりそう。
小馬での旅の直後でも休む間も与えられず、ポルタークの待つ馬車に乗せられたころには疲れてふらふらになっていた。
馬車はそのまま、王宮へ向かう。
「口数が少ない子だな。良い事だ」
疲れ果てたノアは、父上に会う前の雰囲気に戻ってしまっていた。
眼の前のものに無関心で、言われるままに、ぼーっと従う、覇気のない子供。
これは、扱いやすそうだ。とポルタークは内心安堵する。
同じ紫の眼のこの子の母には、かつてたいそう手こずらされたのだ。
馬車から降り、伯爵の後ろを延々と歩かされ、やっと立ち止まった伯爵は深くお辞儀をした。
「ポルターク伯爵とノア王子でございます、陛下」
陛下?
ノアは顔を上げた。
陛下?父上?
その人は、服の着替えの最中だったらしい。
鏡の前に立った背の高いその人の周りで、たくさんの人が動き回っている。
胸回りに金銀の刺繍が施された、金色の光沢のシルクのベスト。
後ろから差し出された同色の上着に手を通し、二、三度ゆすって落ち着かせ、鏡で姿を確かめると、その人はこっちを向いた。
肩まで広がる豊かな黒い巻き毛。
高い鷲鼻と、口ひげ。
ノアを見おろす、冷たい、黒い眼。
お付きの人が羽根飾りのついた帽子をかぶせ、宝石が柄に嵌められた杖を差し出す。
杖を受け取ったその人は、ノアを見おろして、言った。
「これが魔なしのローランディアで育った末王子か」




