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少女の名が他作品とかぶっていたので訂正しました
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生まれ出て、十日が過ぎた。
母と共に大切にされていた俺の首筋を、いきなり乱暴につかみ上げた奴がいる。
「何だこいつは」
まだ眼が開いたばかりの俺をぶらぶらと揺さぶる。
母が心配そうな声を上げた。
「黒地に白の星を持つ猟犬が生まれるはずじゃないのか。
一番良いのを僕がもらうはずだったのに。
こんな・・・泥色のチビが一匹だけだと?」
俺たちに仕えていた人族の老人が丁寧に答える。
「この犬はもう三度出産しとりまして、毎回自分と同じ色の子を三、四頭生んどります。
今回のようなことは珍しいので・・・しかし、大きく丈夫な良い仔犬でごぜえますよ」
「汚い!僕のポニーに色をあわせた、黒い仔犬が欲しいんだ!
こんな泥色のやつなんか、いらない!」
こいつ・・・口臭っ
それに、唾を飛ばすな!
その上強すぎる薔薇香油が、俺の敏感な嗅覚を刺激した。
『へぷしっ!』
あ、すっきり。
「こいつっ!」
子犬の鼻水をもろに顔に浴びた少年は、振り上げ、床に叩きつけようとする。
すさまじいうなり声。
母が少年の前に飛び出し、白い大きな歯をむき出して威嚇した。
「ヒッ・・・」
「フランツ」
凍り付いた少年の後ろから、大人の声がする。
「その仔犬をゆっくりおろしなさい。怖がらず、ゆっくり」
同じくらいの少年が静かに横に並ぶ。
「若君、どうかそれをこちらへ。
振り向かず、そのまま静かに下がってください」
俺を手放したフランツと呼ばれた少年が下がると、母は歯を収め、少し警戒を解いた。
「その犬を殺「なんと素晴らしい母性でしょうね」
フランツと、大人の女らしい声が被る。
「だって母上!見ていたでしょう!
あれが私にかみつこうとしたのを!」
「母の愛はすべてに勝るという事ですよ。覚えておおきなさい。
子を守ろうとする女性にさからうものではないわ。
ね。あなた」
もう一人の大人の腕を取る。
「母上の言うとおりだぞ、フランツ。
おいで。誕生祝いは別のものを望むがいい」
周囲の皆がほっと息を吐いた。
「よかったな」
俺を抱いた少年がささやく。
わかったからおろしてくれ。抱かれるのは好きじゃない。
しかし受難は終わらなかった。
「ねこしゃ!」
幼い声と共に引きはがされ、ぎゅうと抱きしめられた。
『ぐえっ』
少年はあわてて母の様子を伺うが、母はちょっと困った顔で首を傾げるだけ。
離れていこうとした一団が、立ち止まる。
振り向いたフランツの顔が怒りに歪んでいる。
「ほほ。マリアンは姉さまの猫ジュエルがうらやましくてたまらないのね。
でも、それは猫さんではなくて犬ですよ」
幼女はぶんぶんと頭をふる。
「ねこしゃ!」
「良いわ。少し遊んでいらっしゃい」
「んっ!」
良くない!こいつ、連れてって!くるしい!
お付きらしい女と少年を残して、皆行ってしまった。
幼女は俺を仰向けに抱いたまま、どん、と藁の山に座り込む。
振動がもろに腹に来た。
『げふっ!』
仰向けはやめてくれっ!苦しいぞ!
助けろ、母!
だが害意がないと見た母は、俺がぐりぐり撫でまわされても知らん顔。
お付きの女の方が次第にイライラしてくる。
こいつ、動物嫌いかよ。
幼女は肉球を触りまくってご機嫌だ。
「♪ぷにぷにー♬」
そりゃ生まれたてだから柔らかいさ。
ピンクに紫の斑の入った肉球がよほどお気に召したか、ふくふくのほっぺに当てて、にこにこ。
ほっぺで確かめた後、小さな唇に当てる。
うん、そっちもとっても柔らか。
お付きの女がぴきっとキレた。
「姫!汚のうございます!」
俺をつまみ上げて床に下ろし、幼女を立たせる。
ドレスに藁くずがついたのも気に入らないようだ。
「さっ、まいりましょう」
邪険にひっぱった。
幼女の顔が歪む。
大きく口が開く。
女官がびくりと怯んだ。
あ、これ、やば・・・
「ぴぎゃーーーーーっ!!!」
俺の耳はまだたたまれて頭にくっついた形だが、耳元ですごい音量。
俺の感覚は鋭いんだってば。
もうたまらん。
『ヤメ!』
俺は命じた。
姫はびっくりしてぴたりと鳴き止む。
おお、心話が通じるじゃないか。
『オスワリ!』
姫はぺたんと尻をつく。
俺はよたよたと幼児の所へ歩いて行った。
『オテ!』
差し出された手に、俺は前足をのせてやる。
ほら、ぷにぷにさせてやるから鳴くんじゃねえよ。