20
20
レスリーがちょっと緊張した。
お付きたちは、あれ?とか、さてはとか、ほう、とか、いろいろな表情。
おい、そこの軍人、ニヤニヤするなよ、噛みついてやるぞ。
姫さんはちらりと俺の方を見る。
大丈夫だよ。この王子から、変な気配は感じないから。
俺が軽く尻尾を振ったんで、「はい」と答えて立ち上がった。
納屋の一部を天幕で囲った個室が出来てて、リール王子は重ねられたクッションに坐り、姫さんにも座れと合図する。
お付きの一人が、お茶のカップを二つと、砂糖衣のかかったクッキーの皿を持ってきた。
「ありがとうファビアン、下がっていいよ」
二人だけになると、姫さんにクッキーを勧めて、ちょっと恥ずかしそうに言う。
「マリアン、『ねこ』にさわって、いいかな?」
姫さんがうなずくと、リールは王子の仮面を外し。
姫さんがクッキーを堪能している間、ただの犬好きの少年に戻って、俺をモフりまくったのだった。
次の朝。
鋳掛屋のベンさんの馬車は、レッドレイクの街に向かって出発した。
夕べさんざん取っ組み合って、毛だらけ涎だらけにしてやったリール王子は、ぴしっとした軍服姿に戻って、レスリーとケインの名を呼んで別れを告げる。
そして。
「マリアンをしっかり守れよ、『ねこ』」って。
昨日は嬉しそうに俺様に組み敷かれてたくせに、偉そうに。
軍隊は前線の様子を見ながら、しばらくここを拠点とするようだ。
シシィさんたちは、家は焼けちゃったけど、軍からの保証金が出たんで、ゆっくり進退を決められると、レスリーに感謝して見送ってくれた。
ちょっと仏頂面をして馬に乗ったのが、カイル。
マリアンが、フィアレス・リーの弟子だって噂が立っちゃったから。
こっちを見る目つきが、気に喰わないなぁ。
それはともかく。
戦がどうなるかわからないから、この辺りからは、出来るだけ離れた方がいい。
ローランディアからどんどん遠ざかってしまうけれど。
ねぇ、姫さん、俺がついてるから、大丈夫だって。
そんなに寂しそうな顔しないでよ。
ねぇ。