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火に包まれた巨大な手が、ノアに迫って来る。
はっ、と目覚めたノアは、頭を上げようとして、ひどい頭痛にうめき声をあげた。
「目覚めたかね?ノア」
枕辺に坐っていたラダスターン学院長が、ノアを覗き込んだ。
懲罰部屋の寝台にただ一人寝かされたノア。
院長の他には、部屋にはだれもいない。
「ひどい気分だろう。
魔法を暴発させた後、魔力の枯渇で気を失ったんだ。
気を付けないと命に係わる、危ない事をしたんだよ」
ゆっくりと身体が支えられ、唇にコップがあてがわれる。
薄荷の匂いのする甘い飲み物を飲み干し、少し気分の良くなったノアは、こわごわ尋ねた。
「・・・あの・・・あの人は・・・僕が・・・燃やした人は・・・」
「怪我はないよ。彼は魔導師だ。
ちょっとした炎の暴発などで傷つくような人間ではないよ。
プライドは傷ついたかもしれんがね」
かすかに笑った学院長は、しかし、すぐに真顔に戻って続けた。
「しかし君は魔力で人を攻撃してしまったのだ。
混乱していたとはいえ、このままでは済まされない」
・・・おまけに、はっきりと、ダーラムシアへの嫌悪を口にした。
審問会の全員が、それを聞いてしまった。
「ごめんなさい・・・僕・・・」
「良いんだ。済んだことは仕方がない」
ラダスターンはノアの頭を枕に戻し、痛ましそうに紫の眼を覗き込む。
寄る辺ない子供の、後悔に満ちた眼。
あふれる涙が、今にもこぼれそうだ。
「きみのせいではないんだ」
静かに頭をなでる、院長の手。
ノアの足先が、冷たくなってきた。
足先が、手先が、だんだん、氷のように・・・
「・・・さむ・・・い・・・」
氷がじわじわとノアを包んでいく。
もう、眼を開けていられない。
氷が足から下腹へ・・・胸へ広がって・・・心臓に届きそうだ。
院長の声が遠くから聞こえた。
「・・・今度もきみを守ることが出来なくて、すまない・・・」
・・・今度・・・も・・・?・・・
その疑問が頭をよぎったのが、最後だった。
氷が、心臓に届く。その鼓動が、止まる。
ノアの頭が力を失って、ことり、と垂れた。