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ダメもとで教科書をたのんだら、きちんと差し入れされてしまった。
「だからいらんと言ったのに」
とぶつぶつ言うダリルだったが、しかたがない、時間潰しに予習でもしておくか。
と、魔法学以外の勉強をノアに進めるノーラン。
「『大破壊』ののち、砂漠の向こう側、魔力の枯渇した北と西で生き残った人々が、少しずつまとまり、新たな国を作り始めました。
西は一人の王が立ち、ローランディアを築き上げ、北は数多い小国が群雄割拠の末、ガタカン帝国としてまとまりました
「両方とも魔力を持たない者たちの野蛮な国。千年の伝統を持つダーラムシアには比べようもありません。
でも、ここ数年力をつけてきたガタカン帝国が、中央砂漠を越えてこちらに進出を試み、手を結んだ我が王は、協力してローランディアを攻めたんです」
ローランディアを。
ノアの肩がびくりと跳ね上がる。
ノアを引き取って、ほんとの父上のように育ててくれた、ローランディアが突然攻められたのは。
「ガタカン帝国とダーラムシアが、協力してローランディアを攻めたの?」
僕が王都に送られようとした時。
ローランディアの父上とフランツが国境の砦を守るために出陣し、城には母上とマリアンが残っていた。
「戦があったのか?ローランディアは、どうなったの!」
父上は、母上は、マリアンは!
ローランディアの国境近い辺境伯の領地にガタカン帝国の兵が砂漠を越えて攻め込んだから、人質であったノアはローランディアの王のもとへ戻されることになったのだ。
その途中でサラとジョゼに『拉致』され、ダーラムシアに戻れたんだけれど。
「ダーラムシア魔術部隊の活躍で、ガタカン帝国はローランディア辺境を制圧。
辺境伯領を足掛かりに、王都へ進軍の準備中です」
「辺境伯は?家族たちは?」
「え?
さあ?全員処刑されたんじゃないですか?
帝国は敵対国には容赦なかったから、これまでやってきたとおりに」
ノアが辺境伯の庇護下にあったことなど知らぬノーランはあっさり言った。
「おい、王子はローランディアで暮らしていたんだぞ!」
ノアの顔色を見て、ダリルが無神経なノーランをつつく。
「あ、辺境に、お知り合いでも?」
あれ?ノア王子はローランディアの中央、王都で人質になっていたのじゃなかったか?
ノアはぎゅっと目をつぶった。
フランツにいじめられる僕を、真っ赤になって怒ってかばってくれた、マリアン。
自分の子も他の子も、分け隔てなく扱ってくれた、父上。
ねこさんの温かい肉球。流れ込む穏やかな魔力。
最後に思い出すのは、早春の城の居間。
暖炉の前に坐る、ジュエルを膝に乗せた母上。
敷物の上で、ねこさんに抱きつくマリアン。
皆で父上とフランツの無事を祈った。
家族とは、家庭とは、こういうものだと、初めて知った。
僕の国、ダーラムシアが、あれを壊したのか?
ノーランは首を傾げる。
唯一の魔法部隊を持つ、ダーラムシアは凄いんだって教えようとしたはずなのに。
なんでこんなに落ち込んじゃったんだ?ノア王子は。
三人の話が噛み合わないまま、三日が過ぎて。
「一学年生ノア。ついて来なさい」
ノア一人だけが、呼び出されたのだった。
石畳を敷き詰めた、広い円形の部屋。
周囲は少し高く観客席のように椅子が並び、手すりがついていて、二か所手すりが切れ、床に降りる数段の階段が作られている。
ノアが入った扉は床に、向かいの扉は上の段に通じている。
その石畳の床の真ん中に、ポツンと一つ置かれた椅子に、ノアは座っている。
もう、緊張でがちがちだ。
しばらく待っていると、向かいの扉が開き、黒いローブを深くかぶった人影が五人。
ノアを見おろす椅子に座る。
最後にカール・フォン・ステルツ教授が入って来たので、ノアはほっとした。
教授だけが階段を降り、ちょっとノアの肩に手を置いて、横に立つ。
「では。審問を始める」
真ん中の黒いローブが、しわがれた声で言った。