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あと三日、あと二日、今日でおしまい。
流行おくれのドレスに厚化粧の令嬢たちにあいさつするのも、自慢話ばかりする中年に囲まれるのも、けんかまがいの荒事で剣の腕を披露しようとする若者たちを笑って褒めるのも、終わり。
田舎貴族たちのやぼったい送迎にうんざりしたリールは、今日を最後に顔を繋いでおこうと押しかける人々に辟易して、早々に帰りの馬車に乗り込んだ。
前線の視察の旅のはずのひと月。王子として兵士たちの士気を鼓舞するはずの旅が、なんだったんだ。これは。
「お疲れ様でございました」
ぐったりと座席に沈み込んだ九歳の少年に、侍従のファビアンが隣で苦笑いしている。
「学院で軍事史の本でも読んでいるほうがましだったよ」
せっかく現実の戦争を見られると、おじいさまに頼み込んで許可をもらったひと月だったのに。
課外授業として提出するレポートに、なんて書いたらいいんだ。
「見たままをお書きになればよろしいのです。
戦争を甘く見ている辺境の貴族たちの実態を」
「それでいいのか」
しかしこのもやもやを、いらだちを、どうすればいいんだ。
ふっと、金色の大きな犬が頭に浮かぶ。
小さな女の子に寄り添って、騎士のように守っていた忠実な犬。
「守る」というのがあんなに単純なことならなあ。
兄王子たちの魔力は大きく強いのに、リールの魔力は並み。
魔法関係の授業で、どうしても高得点を出せない。
ならば将来は兄たちの補佐に、と目標をさだめたリールだった。
ああ、そういえば。
「弟が入学するんだったな」
「入れ違いになってしまいましたね」
戦争相手のローランディアで人質になっていた末の王子。
魔無しのローランディアで育った、魔無し王子だと聞いた。
僕より魔力の少ない王族になるのか。
ちょっとした安堵と優越感に浸りながら、魔力で揺れを軽減した快適な馬車の中で、リールは眠りに落ちていくのだった。
しかし、ノアとリールが出会う事はなかった。
学院はその頃、大きな出来事で揺れていたのだ。