第六章 マリアン 1
すみません、章を変え忘れていました
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「そう、お水を入れておくれ。すこーしずつね」
「ん」
「パイを作る時はこれがコツなんだよ。
ここでお水を入れすぎると、タネが柔らかくなってべたべたするんだ」
「ん」
小麦粉とラードを使ってパイ皮を練る婆さん。
台に乗って慎重に水を足していく姫さんは何も持っていない。
ちっちゃなてのひらに溜まっていく綺麗な水を、少しずつパイ皮に足している。
『生活魔法』と呼ばれる、わずかな魔力で操作できる『水』魔法。
まだ魔力を溜める量が少ないから、ちっちゃなてのひら一杯しか出せないけれど、俺様が教えたから、きれいな美味い水だぞ。
もっと魔力があがれば『水の針』が打ち出せるんだけどなぁ。
『雷』と『火』への適性がある姫さんは、『水』や『土』系の魔法は得意じゃないんだ。
「おーい、マリアン」
「でーておいでー」
「あそぼうよーお」
外でミックたちが呼んでいる。
村の子供たちに甘草の飴をふるまったのがきっかけになって、姫さんは村の子供たちに受け入れられて、一緒に遊ぶようになった。
同年代の女の子がいないんで、年の近い男の子たちと泥まみれになって遊んでるんだ。
「いっていい?おばあちゃん」
粉をこね終わり、よく絞った布巾をかけた婆さんに尋ねる。
「行っておいで。あんまり森の奥に入っちゃいけないよ」
「うんっ!行こう、ねこさん!」
婆さんが作ってくれたウサギ皮の帽子とケープをひっつかむと、姫さんは外に駆け出していく。
この村の暮らしになじみ、すっかり落ち着いた、俺たち。
姫さんはお城の暮らしを忘れたみたいに、すっかり村の子になった。
きれいなドレスは、婆さんが虫よけのハーブを挟んで大事にしまい込んでしまった。
背も伸びたし、幼児言葉も少し治って、俺は「ねこしゃん」から「ねこさん」に昇格。
紐に通して首から下げた、母上の指輪だけが昔を思い出させる。
母上は砂漠を無事に越えて、帝国にいるんだろうか。
父上たちに会えたんだろうか。
身代金を払ってもらって、ローランディアに帰れたんだろうか。
時々思い出して寂しがるけど、今はどうしようもないよな。
だから、ねぇ、今日は何して遊ぶ?
「おいでよマリアン。俺、新しい罠を作ったからさ。
森でウサギの通り道に仕掛けに行こうぜ」
ミックは七歳の酒場の子だ。
親父さんは店を継がせたいと思ってるけど、ミックは狩人になりたくて仕方がない。
手製の弓やら罠やら作って、猟師の真似事。
「暗くなるまで森に居ちゃいけないよ!奥に入っちゃいけないよ!」
婆さんが家の中から叫んだけど、ミックたちを追いかける姫さんの耳には届かない。
やれやれ。
俺は大丈夫だよって婆さんに尻尾を振ると、姫さんの後を追った。