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姫さんが勉強中の間、俺は部屋の中を探検する。
姫さんの匂いのするものは俺の物。
ピンクの室内履きも、柔らかなタオルも、ふりふりのついたかわいい巾着も。
寝台の下に集めて、楽しくかじって調べていたら、エマに見つかって引きずり出された。
オッやるか?
これはおれのもんだっ!
乳歯をむき出し、威嚇する。
エマは怯んで下がっていった。
どんなもんだいっ!
え?
まって、箒はずるいっ反則っ!
べしべし叩かれて、へやから掃き出されてしまった。
ちぇっ!
でも、巾着はしっかりゲット。
咥えて中庭に逃げ出した。
おーい、母ー!これ見てー!
だが、母の代わりにとんでもないものが中庭にいた。
真っ黒で大きな、大きな犬。
血走った眼。涎を垂らす弛んだ口元。逞しい首には、釘のついた首輪。
うしろでキャッと小さな悲鳴。
やば、エマが追いかけてきたのか。
俺から目を離した犬がうしろのエマを見る。
振り上げた箒を目にして、頭を下げて低くうなった。
やばー・・・。
「おいっ、ブルートが離れているぞ!」
「係りのサムを探してこいっ!」
いまさら探しに行ったって遅いやいっ。
こんな奴の子を欲しがったのか?とんでもないぜ、フランツのガキは!
箒を下げて眼をそらせよ、エマっ!
「キャア!」
逃げるなっ!背中を見せるなっ!おまけに転ぶなっ!
全部やっちまったエマに、ブルートが向かって来た。
えい、もおっ!
俺は前に飛び出す。
こんなでかい奴に向かうのに、俺にあるのは闘気だけか。
精一杯頭を下げ、歯を剥きだして闘気をぶつける。
奴は立ち止まって、首を傾げた。
闘気だ、闘気っ!
おっ、奴が怯んだぞっ!
と思った時、俺の後ろから凄まじい唸り声がした。
眼に見えるほどの純粋な闘気の塊が奴に向かって飛んでいく。
あー、母ぁー!
俺を飛び越えた母に蹴り飛ばされて、俺は後ろへ転がった。
母と顔を突き合わせたブルートは闘気にあてられて固まってしまう。
駆けつけた係りの男が激しい声をかけ、太い鎖に繋いだ。
『すごいな母はー』
べしいっ!
『は、はい、・・・無謀でした・・・しゅいましぇん・・・』
ブルートのモデルは古代ローマ時代にいた大型のマスチフ。
今は絶えてしまいましたが、闘技場で剣闘士と戦ったり、戦に参加したりさせられていました。
まだ本気の闘争モードには入っていないので、母犬の怒りにはたじたじです。