第三章 ノア 王立魔法学院 1
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ダーラムシア王立魔法学院。
王都から少し離れた、森に接する広大な土地に、代々建て増されてきた由緒ある学院だ。
ダーラムシア各地から集められた初心者から研究者まで、合わせて三千人もの学生たちの生活を維持するため、周囲は結構大きな街が出来ている。
さらに、それを維持する、畑、牧場、加工工場、製本工場、家具工房などが付随し、必要なものはすべて賄える、大きな学園都市になっていた。
馬車に坐るノアの眼の前を、そんな風景が流れていく。
だが数週間ものあいだポルタークの邸に閉じ込められ、王族としての心構えと立ち居振る舞いをぎゅうぎゅう詰め込まれたノアは、疲れ果てて眼もうつろ。
押し付けられた大役と将来の不安に、押しつぶされそうになっている。
正門でポルターク家から付き添って来た従者と別れ、ただ一人、案内された格調高い応接室で、オールバックの紺色の髪に、魔導師の黒いマントを着た背の高い男性が、ノアを迎える。
「ノアール・ランド・ダーラム君だね。よく来た。私が学院長のラダスターンだ」
ノアはぎこちなく、習ったばかりの、年上の貴族に対する丁重なしぐさで頭を下げる。
「おいおい、そんなにかしこまらなくてもいい。
ここでは王族だからと言って、特別扱いはしない。
学生たちは、苗字の有無にかかわらず平等に名で呼び合い、魔術の才によって認められていくのだ。
八歳だったな、初級の一年生として南寮に入ることになる。
時季外れの転入生だから、なにかと大変だと思うが、しっかりやってくれたまえ」
学院長は気さくに言うと、みずから立ち上がってドアを開ける。
「おーい、そこの、ラビッツ」
通りかかった少年が、振り向いた。
「ラニッツです、学院長」
「ああ、すまんな。
転入生だ。南寮に連れて行ってエリーに引き渡してくれ」
「かしこまりました。きみ、こっちだ。ついてきたまえ」
グレイの制服に短いマントを羽織った、ノアより三、四歳年上の少年は、堅苦しく言うと、長い廊下を歩きだした。
とぼとぼとノアがついて行くと、角を回った途端、少年がくるりと振りむいて言った。
「きみか?ローランディアで人質になってた、「魔無し王子」って!」
びっくりしたノアは声も出ず、眼をパチクリするだけ。