プロローグ
転生物を書いて見たくて始めた話です。
シリアスなのは始めだけであとはゆっくりまったりライフ。
「獣」の姿は後の伏線なので、はっきりした形は出て来ません。
プロローグ
三万八千年の生涯で、これほどのドジを踏んだのは初めてだった。
足元にいきなり現れた、青白く光る魔法陣。
「お前の最大の欠点だ」と言われて来た、『強すぎる好奇心』というやつに負けて、一瞬、逃れるのが遅れたのだ。
まさか、この俺様が、という慢心もあったが。
転移と拘束の魔法が発動する。
転送された対の魔法陣は、大きな広間の中央に描かれていた。
実体化した思念の鎖で拘束された俺は、ぎりぎりと締め上げられながら、周囲を見回す。
取り囲むのは結界の檻。
維持しているのは、円形に取り囲む五十頭あまりの人族の雄。
胡座に印字を組み、一心不乱に読経を続けている。
焚き込められた臭い香の匂い。耳障りな詠唱。
「おお、おお、召喚は成功じゃ!
見よ!この素晴らしき獣を!
これこそ我に相応しき最強の従魔なるぞ!」
壇上で、黒い短刀を振り回しながら年取った雄が叫んだ。
しなびた小さい人族の雄。
魔導士か。
その魔力に拘束された数頭の人族が、前に佇んでいる。
屠ったばかりの、未成熟の雄の子の死体が魔導師の足元に崩れ落ちる。
『従魔だと?』
この俺様を従属させようなどと、愚か者めがっ!
獣は怒りの咆哮を上げる。
どん!と、獣の闘気の波動が、結界にぶち当たり、持ちこたえた結界が軋み、辺りを揺るがす。
胡座の雄たちが怯み、詠唱が乱れる。
「ええい、臆病者めら。怯むな!結界を維持しろ!」
叫んだ魔導士は、次の生贄を掴んだ。
薄紫の長い毛を乱した、紫の眼を持つ若い雌が、獣に顔を向ける。
悲しみでいっぱいの紫の瞳が、獣をひたと見つめる。
声にならぬ、嘆願。
魔導士の振り上げた黒い刃の石の短刀が、雌の胸に深く突き立つ。
短刀が雌の魔力を吸い上げて、魔導士の身体に流し込むのがわかる。
獣を見つめたまま、苦しげに喘ぐ雌の瞳から、命の灯が消えていく。
魔導師が新たに唱え始めた言の葉と共に、力を増した鎖がぎりぎりと獣を締め付ける。
「諦めよ!我に従え!」
『だ・・・れが・・・命令なんか・・・きくかよ・・・』
拘束の鎖を物ともせず、獣は身を起こそうとする。
皮膚を破り、肉に喰い込む鎖。
吹き出す血潮に魔導師があわてて声をあげる。
「やめろ、無茶をするな、その見事な体に傷がつくっ!」
『大きな・・・お世話だ・・・ぜっ!』
「は・・・はは・・・」
拘束された生贄の一人、白い毛の老いた雄がしわがれた声で笑う。
「これはまた、ずいぶんと格上の獣を召喚したものだ。
そなたにこれを従えるだけの器量がある・か・・・の・・・」
「黙れ!黙れっ!」
魔導師が雄に指をつきつける。
首輪が締まり、ぐうっと喉を詰まらせ、笑い声が途切れる。
「老師!」
窒息しかけて倒れかかる雄を黒い毛の若い雄が支える。
少し年かさの銀の毛の雄が、二人をかばうように立つ。
三人とも、強力な魔力の持ち主とわかる。
魔導師が屠るために用意した、魔力の源となる生贄か。
抵抗できぬように魔道具の首輪で拘束されているが、ある程度の自由意思は残されているようだ。
「・・・獣よ・・・我に・・・従え・・・」
魔導師が脂汗を流しながら命じる。
これ以上締め付ければ、獣の肉体に大きな損傷を与えてしまう。
しかし、獣は抵抗を止めず、その意志は巌のように固い。
『俺を使いたいのなら、死体にして使いやがれ!
命尽きるまで抗ってやる!』
・・・こんな・・・はずでは・・・
賢者め、儂の集中を乱すために余計なことを言いおって・・・
けだもののほうが、儂より格が上だと?
こんなけだものよりも、儂の意志の方がはるかに強いはずだ!
獣が再び咆哮する。
結界にぶつかる純粋な闘気の塊。
手下たちが震えあがる。結界が揺れる。
力が拮抗している隙を見て、銀の雄が二人に囁いた。
獣を閉じ込めるこの結界は一方通行。
中の力は一切通さないが、外から入ることは出来ると。
獣が弱ったら拘束するため、魔道具を持った部下たちが近づく手はずになっているためだ。
銀の計画を聞き、三人は一斉に魔導師に近づいた。
しかし魔導師の指の一振りで動きが止められる。
「馬鹿めらが!
我に歯向かえるとでも思うのか、その首輪で拘束されながら。
邪魔をするな!離れろ!」
彼らは離れた
大きく離れた白い雄が、その背中で銀を突き飛ばした。
銀は段から落ち、真下の結界を突き破って、中へ。
落ちた銀も離れた。
魔導師から遠ざかり、獣のすぐ足元へ。
魔導師がわめき声を上げ。魔物の拘束が緩む。
「そいつを戻せ!結界から引きずり出せ!」
獣の足元に転げ込んだ銀の雄は、見上げて叫んだ。
「我を喰らえ!獣!」
獣は魔導師から目を離さず、答えた。
『我が喰らえばそなたは消滅し、転生もかなわなくなるのだぞ』
「構わぬ!そなたはこんな腐れ外道のピーーーのピーーーでピーーーの手に堕ちてはいけない者だ!
そなたが従魔になったら、世界は滅ぶ。
我を喰らって、脱出しろ!」
『承知!』
鋭いひと噛み。獣の牙の間で銀の雄の命が砕け散る。
「×▽~☆彡~~!×★×*+-☆☆彡~~~~っ!」
わけのわからぬ魔導師の叫び。
口内に溢れる、熱い血の味。
喚き散らす魔導士を横目で見ながら、二度、三度、咀嚼し、飲み込む。
だが、銀の核を砕こうとして、獣はためらった。
彼等が魂と呼ぶ、存在の核を砕いたら、こいつは転生出来ない。
その時、獣は息を詰まらせ、悶えた。
『グ・・・グオッ!』
魔力を喰らうどころではない。銀の雄は最後の意志で、その全魔力を自ら魔物に開放し、叩き込むように放ったのだ。
多すぎる水の塊を一気飲みしたように激しい痛みと共に喉に流れ込む、膨大な力。
時空間さえ歪めそうな凄まじい力が魔物を蹂躙しようとする。
『ゴフッ・・・グッ・・・グォォ・・・』
流れ込む、膨大な力。ねじ伏せ、押さえつけ、自らのものとする。
『・・・ググ・・・・・・・』
獣は顔を上げた。
視界が鮮明になる。
詠唱で紡がれた結界の網まで視覚化出来る、広がる視野。
その網の、結びつきがわかる。
獣は咆哮した。
格段に威力を増した、闘気の解放。
魔法陣が散じ、結界が消えた。
魔導士の手下が吹き飛ぶ。
獣がぶっと口から吐き出した物が、魔導士の足元へと転がる。
血まみれの歪んだ金属の輪。
雄の首につけられていた、拘束の首輪だった。
魔導師は笑う白い雄の胸に短刀を突き立てていた。
新たな魔力に、前に進もうとする獣の肉体に喰い込む拘束の鎖が白熱した。
肉を焼き、骨に喰い込む、白熱の鎖。
しかし神経を引きちぎられながら、下半身を引きずるようにして、獣は魔導士に圧し掛かった。
顔をかばうように短刀を振り上げた魔導師の右手が、肩から獣の口の中に消える。
「ぎゃぁぁぁーーーーっっ!」
ばん!と小爆発がおこり、魔導師の身体がかき消えた。
『ふん、逃げたか』
くちゃくちゃと獲物を噛みしめながら獣はつぶやく。
『忌々しい。左なら心臓を嚙み潰してやれたものを』
ぼりっと音をたてて、石の短刀を嚙み砕く。
身体は、もうずたずた。
生命を維持する魔力も底をつき、獣は頭を垂れた。
『この俺様に手を出すからだ。相打ちだぜ。ざまぁみやがれ』
・・・・・・・・・
ふっ、と意識が途切れた後。
獣は気が付くと、黒髪の若い雄と向かい合っていた。
肉体から分離した、アストラル体となって。
『ほう。死ぬとはこういう事か』
「異世界のあなたに、この世界からの感謝を」
黒髪は深く拝して言った。
その首にはもう、拘束の魔道具はついていない。
「勇者、聖女、賢者、魔法使い、そして彼とあなた、これほどの者が一堂に揃う機会はもう二度とないでしょう。
あの魔導士の魔王にならんとする企みも潰えました。
魂を昇華されるなら、お見送りいたしましょう。
それとも、この世界に転生なさいますか?」
『ほう。転生とな』
昇華し、記憶を無くす前に、この世界をのぞいて見るのも面白そうだ。
と、ささやいたのは、俺の最大の欠点、好奇心だった。
『では、生まれ直してみるか』
黒の雄はにっこりと笑った。
「人も、獣も、魔族もいる、豊かな世界です。
あなたが、光の中を歩まん事を」
『そなたはどうする?』
「残って、この先、呪術に使われぬように、あなたの肉体を消滅させます」
『そうか、では、さらば』
アストラル体となった獣は空へ駆け上っていく。
黒髪の魔法使いは憧れのため息をついた。
素晴らしい闘気。あの、荒々しい野生の魔力。
あの拘束の鎖をものともせず、相打ちに持ち込むとは。
あなたが我等全員を、この世を、魔王から救ったのだ。
この先、あなたが光の中を歩まん事を願う。
魔法使いは残された巨大な骸に手を触れる。
そっとかたわらに寄り添い、全心全霊を込めて最後の魔法を唱える。
「大 爆 炎」
遥かな高みから、アストラル体となった獣は召喚された世界を見下ろす。
大海原に、緑の大陸。
エネルギーに満ちた、豊かな世界。
獣は銀の雄の核をそっと包みこんだ。
では、共に行こうぞ。
(回復するまで、千年ほどゆっくり休むとするか。どこか小さな、安全な場所を見つけて)
千年ほども休んで、枯渇した魔力を回復させれば。
そこから肉体を再構成していけばいいと、獣は軽く考えていた。
そなたとも、そのうち、分離できるだろう。
彼はまだ知らない。
己が何を喰らったかを。
人型をした銀の雄は、彼等の世界で「半神」と呼ばれ、崇められて来た存在であった事を。
その魔力も、能力も、けた外れの存在であったことを。
そして、獣は見つけた。まだ自我の目覚めぬ一個の胎を。
では、あの中で、休ませてもらおう。
質量を持たぬアストラル体は、すっと小さな胎に吸い込まれていく。
一個の胎に、三つの核。
唯一自我の確立している獣の意識が表層に出る。
では。ゆっくりと休むとするか。
未だ自我の芽生えぬ核と、自我を失った核とは、獣の核に包まれ、反発しあう事も無く、暖かくゆっくりと融合していった。