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第二話「リフィルタニア憲章<前編>」

勇者エウリューシア。

アストリア神権国による創世の女神再臨の儀式によって生まれた、女神の娘として知られる彼女。

暴虐な帝国による支配を打破しようとセレスティア・アストレアと共にレジスタンスを作り上げ、幾つもの帝国支配下の都市を解放し、大陸における反帝国勢力を纏め上げ連合を作り、帝国を打ち破った救世の英雄。

そんな彼女の政治的立ち位置は極めて複雑だった。

立場こそは連合国軍最高司令官で、連合国総会議長という連合の最高責任者である様に見られているが、実質的な権限は何一つ持っていないのだ。

連合国軍は元々エウリューシアが抵抗軍として率いていた第一軍、二軍、三軍以外は連合各国の軍であり指揮権は無く、彼女直轄の三軍に関しても指揮自体はセレスティアを始めとする幕僚達が行っている為、エウリューシアは軍どころか部隊一つすら指揮する権限が無い。

連合国内共通の法律を作れる唯一の立法機関である連合国総会についても軍を統合するに当たって連合国内での共通した軍法を作る為に創設された物であり、全会一致が原則である事から同意者なしで法律案を提出できるという権限しか持たない議長であるエウリューシアが独自に法律を決めるなんて事は不可能。

魔王という個人に国家が持つ権限を全て与えてしまったが為に破滅の道を突き進む帝国を見てきたが為に、その帝国を否定する事によって生まれた連合は同様の立場になりかねないエウリューシアの権限を限りなく小さい物としたのだ。

無論、それはエウリューシアも同意の上での事であり、そもそもの話として彼女自身が自らが「この世界」の政治や軍事に関して極めて無知であった事や魔王と唯一対抗できる戦力として常に前線で戦わなくてはいけないという状況であったという理由から連合中央において政治や軍事について指導的役割を果たす事は不可能だと考えており、連合における重大な権限を握る事自体反対の立場だったのだ。

しかし、そんな彼女の思惑とは反対に勇者エウリューシアが世界に対して持つ影響力は魔王と比肩できる程、いやそれ以上の巨大な物と化していた。


絶大な力を持つ魔王と唯一対抗できる戦力として常に最前線に身を置き続けた彼女は結果として、前線で戦う兵士達と同じ食事を食べ、同じ寝床を使い、そして常に彼らの先頭に立ち戦い続けた事から連合国軍第一軍、第二軍、第三軍を筆頭として多くの兵士達に強大な魔導帝国と戦う勇気を与え、勇者と称され崇拝を得ていたのだ。

それは兵士のみならず解放された街の民衆にも広がっており、主導権争いを行いたくないという政治的妥協の為に名目だけとはいえ連合の盟主として各国から認定された事からその名声は大陸中に知れ渡っていた。

さらにアストリア神権国でしか信仰されなかった筈のエウリューシア教はその教義が創世神であり、全ての母である女神が人類に向けていた愛を実践するという事である事から、様々な種族が集まってできた連合との親和性が非常に高く、その実在を示し、大陸の民達の為に最前線で戦う勇者エウリューシアの存在も相まって急速に信徒を増やしており、大陸最大宗教と化しているのだ。

結果として連合という組織の上での権限は無いに等しいが、組織を支える民衆に与える影響力が絶大である為に誰もが無視できないという連合の政治力学の特異点とも言えるべき場所に立つ事になってしまった勇者エウリューシア。


そして魔王を打ち滅ぼしたという事実で持ってその名声を絶対の物としてしまった彼女はその名を冠した都市、聖都ユラシャーロム=エウシアの北部にある病院にて意識を取り戻した。

痛む体を強引に起こさせ、黄金の眼を開いた彼女は知ってしまったのだ。

——世界はまだ滅亡の危機の最中にいるという事を。



第二話「リフィルタニア憲章<前編>」



聖都北部にある病院、ユラシャーロム大病院。

隣に位置するユラシャーロム大学の医学部生達の実習の場として作られたこの病院の奥深くに位置する隔離病棟の一室にて十数人の男女が集まっていた。


「——。————!!———」

「——!!———。———」

「———————!!」



室内にて二つのグループに分かれていた彼らは罵り合いにも見える程の活発な議論を行っていた。

行っているのは連合国軍最高軍事評議会の面々だ。

エウリューシアからの呼び出しを受けた彼らは臨時理事会を中断し、戦場跡から救助された彼女が眠っていた場所であるこの病院に来ていたのだ

無論、連合国最高軍事評議会理事である前に国家の重鎮でもある彼らが一斉に司令部から病院に来たら間違いなく騒ぎとなるので、一人ずつ極秘にこの病院へと移動していた。

そうして最後の一人まで集められた彼らはこの会議室へと案内され、呼び出し主であるエウリューシアの到着を待つ間、同様の立場である理事達との議論を行っていた。

その議題は一つに尽きる。

ヴェルリヴァス計画。

突然とも言っていいエウリューシアの呼び出しによって次回の理事会で実行の是非を決めるという決定は下されていないが、それでも今後のこの計画の是非が各国の間での争点となる事は間違い無い。

最高軍事評議会は多数決によって意見が決まる事から、当初は他の理事達の計画に対する意見について探りを入れる程度の閑談だったが、互いの意見が分かるにつれて会話はやがて計画賛成派と反対派に分かれた議論となってしまったのだ。

レヴァ=リフィルタニア大陸に住まう全ての人類の命運を決める計画なだけあり両派とも意見を簡単に譲る事は出来ない為、口角泡を飛ばす、激論となっていた。


「…………」


そんな部屋の中でただ一人、両派に組する事なく沈黙を維持したまま、ただじっと扉を見つめる一人の人物が居た。

椅子に座り、伝令役から手渡された神気を放つ羽を大事そうに握りしめている女性。

最高軍事評議会理事長、セレスティア・アストレア。

所属する国家を持たない事から、勇者と共に絶対の中立者として寄り合い所帯の連合を纏めてきた実績を持つ若き才女。

そんな彼女はその周囲にて加熱していく議論を尻目に、閉まったドアを、やがて勇者エウリューシアが開くのであろうドアを見続けていた。


「……エウリューシア、貴女は何をしようとしているの?」


セレスティア・アストレアは勇者エウリューシアがこの世界に「召喚」された時から魔王討滅という偉業を果たした今に至るまでの8年という歳月全てを共に過ごしてきた唯一の人物だった。

召喚された直後、目の前で起き続ける惨劇に呆然とし泣き喚いた勇者が自らの両親、親族全てがその命を代償に救おうとした国民を見捨てて逃げ出した時も、剣の握り方さえ知らない勇者を守りながら帝国軍の迫撃から逃れ続けた時も、そして勇者エウリューシアいや、その中のいる魂、橘薫という少年が心を寄せた少女が帝国軍の手によって残酷にその命を奪われた時も——そして、橘薫がその名を捨て、勇者エウリューシアになった時も彼女は共に居たのだ。

幾たびもの死線を共に掻い潜ってきた絶対の信頼を置く戦友であり、万を超える人々をその手や指示でもって殺したという大罪を背負う勇者の共犯者でもあり、そして勇者が捨てた橘薫という少年の本当の願いを知る唯一の人物である彼女。

そんなエウリューシアの最大の理解者とも言っていい彼女だったが、今回の呼び出しの意図を完全に掴めていなかった。

彼女が知る「勇者エウリューシア」は権威や伝統について尊重すべき場所では尊重するようにしているが、それ以外の場においては基本的に実利を重んじている。

故に意味がない行動はあまりしない。

そんな彼女が連合における実質的な最高権力集団である最高軍事評議会理事達全員を呼び出すといった行動に出た以上、それに見合った目的があるのだ。

セレスティアにはその目的については予想がついていた。

無論、それはこの危機的状況に関する提言を行う事だ。

最高軍事評議会は各国の実質的な代表者の会議でもある為、そこに対処方を伝えるのが最も効果的なのは間違いない。

だからこそヴェルリヴァス計画の実施の是非についてが最高軍事評議会に持ち込まれている。

軍や行政機関に命令する権限はないが、連合に関しての情報を全て知れる立場にあるエウリューシアは間違いなく現在の世界情勢やヴェルリヴァス計画について知っているだろう。

彼女が行う提言として最初に考えられるのはその計画に対する賛意や反意を伝えるといった事だが、セレスティアはその可能性は低いと考えていた。

それなら理事達全員をわざわざ呼び出す必要がないのだから。

それこそセレスティア一人を呼び出して伝えればいいだけの話だ。

司令部から理事達全員をわざわざ自分の所に呼び出すなんて非効率的な事をする必要がない。

理事全員を自分の所に呼び出すというのはすなわち、理事たち全員に彼女が直接説明を行わなければならない事があるという事なのだ。

従ってエウリューシアはヴェルリヴァス計画とは違う、別の救世計画の提案を行おうとしているとセレスティアは推測していた。

だが、エウリューシアが提案するだろう対処方法についてセレスティアは皆目検討がつかないのだ。


「…………」


現状において最上の方策がヴェルリヴァス計画なのは間違いない。

世界という大きさの変えられないパイが小さくなった以上、それを食べる人を減らすしか方策がないのは自明の理。

それはセレスティアのみならず、現在の世界情勢について分析を行った世界中の知恵者達全員が出した共通の結論だった。


(……世界?)


セレスティアの真っ暗闇だった思考に一つの亀裂が走った。


(エウリューシア、召喚、汚染、食料危機……)


それを皮切りに彼女の脳裏にいくつものキーワードが浮かび上がり、亀裂を広げていく。


(足りないから起こる問題、それを足りるまで減らすのがヴェルリヴァス計画。

それとは違う解決策、つまりそれは……)


そして広がった亀裂の先へと、真実へと彼女の思考が至ろうとした瞬間だった。


「っ!!」


彼女が行っていた思考全てを吹き飛ばす存在が現れたのだ。

セレスティアが最後に感じた時とは比べ物にはならないほどに弱ってはいるが、この世界ではまず感じない超高密度の純粋魔力、神気と呼ばれる物を放つ存在。

そんな存在が彼女達がいる部屋へとゆっくりと近づいてきていた。


「ふむ」


僅かに身を震わせた彼女から数秒遅れて大天皇国の老宰相も自らの耳をピクピクと動かし、彼らの待ち人が近づいている事を察する。

その変化の波はやがて部屋全てを覆っていった。

エルフの筆頭書記官やドワーフの将軍、リザードマンの部族長といった評議会理事達全員が言葉を発するの止め、緊張の糸をきつく張り、その存在の到着を待つ。

そしてその瞬間は訪れた。


「やぁ、久しぶりだね、皆」


ゆっくりと開かれた扉から入ってきて、言葉を放ったのは一人の少女だった。

三対六枚の純白の翼を背より生やし、頭上に幾何学的な模様を描く光輪を輝かせ、腰程まである白銀の髪を揺らし、他者を惹き込む強烈な意志の光を灯した黄金の瞳を持つ彼女、勇者エウリューシアが彼らの前へと姿を現したのだ。


「……えぇ、そうね、エウリューシア。

私もまた貴女と会えて嬉しいわ」


現れた彼女にいち早く返答を返すセレスティア。

その彼女の返答を皮切りに理事達も次々に勇者に対して言葉を返していく。

それは魔王の討滅への感謝であったり、彼女が生還した事への祝い言であった。

理事達は彼女が行った賭けを知っている、そして彼女が受けた地獄もまた知っているのだ。

最終決戦の跡地から虫の息状態で見つかった彼女の姿はそれこそ本当に生きている事自体が奇跡とまで思える程の有様だったのだから。

それほどの扱いを受けながらも、決して屈する事なく魔王を滅ぼすという偉業を成し遂げた勇者エウリューシアに対して彼らは本気で尊敬と感謝の念を抱いているのだ。


そんな理事達によるエウリューシアへの労いの言葉がひと段落した所でセレスティアが口火を切った。


「……エウリューシア、そろそろ私たち、連合国軍最高軍事評議会を呼び出した本題の方を教えて貰っていいかしら?」


それと同時に和やかな雰囲気が漂っていた部屋は一気に緊張に包まれた。

理事たちは一国の代表として理事会に参加しているのだ、決して無能な人間ではない。

彼らもエウリューシアが自分たちを呼び出した目的が現状の世界危機に対する何らかの提言であるという事ぐらいは察しがついている。

問題はその内容なのだ。


「あぁ、そうだね。

皆にわざわざ来て貰ってのは勿論、魔王が最後に残してくれた厄介ごとについての話がしたかったんだ」


そう言ったエウリューシアに対してセレスティアは質問を返した。


「エウリューシア、貴女はどこまで現状について知っているの?」

「急いで資料を読んだから完璧に全ての事態を把握している訳ではないけど、大まかな状況は。

現状維持を続ければ連合は、いやこの大陸に住む人類は滅亡するという状況で、あいつが考えた計画、ヴェルリヴァス計画がその救済策として検討されている事は知っているよ。

……もしかして今日開かれていた理事会はその審議を?」

「いえ、今日は……」


勇者の質問に答えようとしたセレスティアだったが、そこで言葉が止まる。

エウリューシアの呼び出しによって有耶無耶になってしまっていたが、ヴェルリヴァス計画の審議を行うという決定を下す直前だったのだ理事会は。

今、その事についてセレスティアが言えばもうそれは次の理事会で計画の是非について多数決が取ると宣言したと同様の意味になる。

しかし、計画に対して賛成か反対かという理事達の立場が分かってしまった今、その決定を下す事自体が連合の崩壊という人類滅亡の引き金を引く事と同意義なのだ。

老宰相やセレスティアが想定していたより遥かに計画反対派の数が多い。

どちらかが一方的に優勢であればよかったが、若干賛成派が多いというだけの実質的な均衡状態であるという現状では審議を行ったとしても、どちらも譲る事はしないだろう。

結果として人類は遠からず滅亡の日を迎える事になる。


「…………」


それが分かっているセレスティアは答える事が出来ない。

それは彼女だけではない。

彼女以外の理事達も、誰一人として答える事が出来ない質問なのだ。

答えてしまえば、それは間違いなく絶望の未来を決定してしまう行為なのだから。


「なるほど……ぎりぎり間に合ったという感じかな」


そんな最高軍事評議会理事達の姿を見ていたエウリューシアは納得したかのように頷き、呟く。

それにいち早く反応したのはエルフ共同体の筆頭書記官、エフィルディス。

彼女はエウリューシアへと質問した。


「……その、エウリューシア様。

私たち全員を呼び出されたのは、貴女様にはあの計画以外でこの状況を解決なさる方法をお持ちだからなのですか?」


エフィルディスの言葉には期待が籠っていた。

彼女とて、現状維持を続ければ滅亡する未来が待っている事は分かっている。

加えて全種族が生き残る為にはファンが主張するヴェルリヴァス計画の実行のみが救いとなる事も理解しているし納得もしているが、彼女の母国たるエルフ共同体がその計画の実施を認める事がない事もまた分かっていた。

なぜなら、その計画の実施はエルフという種の衰退を招く事になるのは間違いないのだ。

エルフの出生率は極めて低い。

ヴェルリヴァス計画が完遂され、全種族が生き残ったとしてもエルフという種が大陸において再び今と同様の状態に戻す為には数百年という歳月がかかるのは明白。

その間に出生率が高い獣人、人間といった、他の種族が大陸を覆い尽くしていくだろう。

現在の連合が計画遂行後のエルフの勢力圏を約束してくれたとしても、次代、次々代の連合構成諸国がその約束を果たしてくれるかわからないのだ。

そして筆頭書記官として長年各国と折衝をしてきたエフィルディスにはその約束が破られる可能性が高いと見ている。

結果としてエルフは間違いなく、その頭を他種族へと下げなければ生きてはいけない存在になるだろう。

いや、下手をすれば他種族との混血が進み、現在のエルフという種自体を維持できなくなる可能性もあるのだ。


そもそもエルフ達が何百年と住んできた本土失陥を許容し、ベルクリア・トルクスラインへの主力の派遣を決める事が出来た要因の一つは帝国製の強力な魔道兵器が多数配備された要塞群にいち早く拠点を設けられる優位性に気づいたからだ。

加えて、多数の連合国本土への最終防衛ラインという事もあり連合各国から「最後まで」優先的に補給を受けられるという点もある。


類稀な容姿と魔術に対する豊富な知識と力を持つが故に、虐げられてきた過去を持つエルフ達はどこまでも狡猾に立ち回り、自らの尊厳を守ろうとしている。

そんな思惑を持っている本国の利益代弁者としての立場と、万を超える人々を人類文明を守るという名目で殺してきた連合の指導者の一人という立場に挟まれた彼女からすればヴェルリヴァス計画以外の解決策を持っていそうな態度のエウリューシアに期待を寄せてしまうのは仕方なかった。

それは彼女だけではない。

彼女以外の理事達もまたエウリューシアに期待をしていた。

彼らはヴェルリヴァス計画の是非については話し合っていたがこの外道の極みともいうべき計画の実行を本心から喜んでいる人物なぞ一人としていないのだから。


エウリューシアはそんな期待と不安に満ちた表情を浮かべている理事達に向けて、穏やかな笑みを浮かべると言ったのだ。


「あぁ、その通りだよ、エフィルディス。

僕はあいつが残した計画以外にこの大陸に住む人類を救う事が出来るかもしれない案を持っている」


——その一言が全ての始まりだった。

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