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シャーロック部と吹雪恋花  作者: 瀬海
吹雪恋花
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吹雪恋花

「部長」

「あん?」

 医務室から部室に戻る道中、わたしは部長に訊ねた。

 校庭から野球部の響かせている、快音が聞こえてくる。

「リア充だの何だの言ってた割には、結構世話焼いてましたよね、部長」

「……あー、なんだ」

 部長は不本意そうな顔をすると、これまた不本意そうな声で続けた。

「だってさー、伊賀くんが善良な人柄過ぎて、手を抜くわけにはいかなかったんだよ。手を抜いたら、罰が当たりそうで。倒れたっていうのに、今日からプレゼント作り始めるぜ、あの子」

「知ったような口ききますね。部長は伊賀くんの何を知ってるんですか?」

「初対面で全て見抜いてたよ、ワトソンくん」

「亜里紗です。……ってか、エスパーか何かですか? 足音で女子生徒だって判別したことといい……」

 まぁ、色魔である部長からすれば、足音の件はさもありなん、といったところではある。女子生徒の足音を判別できたとしても、不思議はない。ドン引きはするが。

 やがて、我らが舎六部の部室へと到着すると、部長はいつもの例に漏れず、お手製のベッドの上に寝転がる。

「…………」

 このいい加減な人が、そんな類い稀な能力を持っているのが不思議で仕方ない。

 もっと他の人がこの能力を持っていたならば、もっと社会に貢献できていただろうに。言っても詮無き話ではあるが、そう思わずにはいられない。

 そんなことを考えていると、「あ、そうだ」と部長はむっくり起き上がり、わたしに見えないように何やらゴソゴソし始めた。その髪型と服装のせいで、やはり浮浪者か何かのように見えてしまう。

「……何してるんですか、部長?」

「ちょっと待ってろよ。……よし、できた」

 と、部長はいつもの気怠さからは想像もつかない、妙に俊敏な動作でベッドから飛び降りると、わたしの方へ迫ってくる。思わず身構えた。

「な……何ですか?」

「ほら、これやるよ」

 そう言いつつ、部長はわたしへ左の掌を差し出す。そこには、先程のプリザーブドフラワーが綺麗にラッピングされて落ち着いていた。

 わたしはきょとんとする。

「折角作ったのに、捨てるのも忍びないしな。プレゼントだ」

「あ、」

 部長はわたしの掌の上に薔薇を置いた。

 薔薇の花弁が醸し出す精緻な美しさに心奪われながら、わたしは辛うじて呟く。

「……ホームズは、確か女性嫌いなんじゃないでしたっけ」

「残念ながら、俺は女性が大好きだ。可愛ければ尚大好きだ」

 それにな、と部長は付け加える。

「ホームズは、助手を大切にするんだよ」

 顔を逸らしてそう言うと、部長はわたしに背を向け、再びベッドの上に横になった。それからはもう、わたしの方を見ようともしない。

 似合わない。――あまりにも、似合わない。でも、

 わたしは両手で薔薇を包み込むようにすると、何だか嬉しくなって、考える。

 部長。

 初対面で伊賀くんの性格が分かっていたって言うのなら、わざわざこれを作る必要なんてなかったじゃないですか。自分で苦労なんかしなくても、制作キットを渡せばそれで済む話だったのに。……この花、誰に向けて作ったんです?

 わたしは心の中で部長に話しかけた。薔薇から目を上げると、目に入るのは相変わらずのひねくれた髪の毛。

 ――「吹雪花」。名前とは裏腹に、それはとても温かく優しく、掌で微笑んでいるように思われた。部長の言う通り、大切にしておけばきっと、数年経っても色あせないのだろう。

 手入れの仕方、今度調べてみようかな。

 花を抱きしめながら、わたしはゆっくり微笑んだ。



「……ぜんっぜん依頼が来ないな、ワトソン君」

「亜理紗です」

 放課後の校内で、わたしたちは暇を持て余していた。どのくらいかと言えば、日本が国債を持て余しているのと同じくらいだと表現すれば伝わるだろうか。

 部長であるはずの須川在貴は、いつものように机をに並べてその上で横になっているし、わたし、蓮山亜理紗は適当な椅子に腰掛けて、お気に入りの小説を読んでいる。

「あれから一週間は依頼が来てないよ、ワトソン君」

「だから亜理紗です」

 そんなぐだぐだとしたやりとりをしながら教室にたむろしているわたしたち二人が、今まさに部活動の真っ最中だと聞けば、大半の人は「え? 君たち、ナマケモノの兄妹じゃなかったの?」という反応をすることだろう。かれこれ一時間近くは今の位置から微動だにしていない。

 わたしは活字から目を離し、お手製のベッドに寝そべっている部長をちらっと見る。

 他に例を見ないほどひねくれた相変わらずの無造作ヘア、たまにしか鋭くならない無気力な瞳、前衛的なアートと称しても違和感がないほど着崩された制服。そのあまりの魅力は人間のみならず、可愛らしいワンちゃんたちからも絶大な反感を買うほどだ。流石としか言いようがない。

 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。わたしが部活に入ったら無為であった。そう、無為ではあるが、実はあまり後悔していなかったりする。

 今日も我らが舎六部には依頼は来ない。平和な日常が過ぎていく。

「この学校では事件は起こらないのかねぇ、ワトソン君」

 実際ナマケモノではないのかと疑いたくなるほどダラダラしながら部長は言う。いや、ナマケモノにも失礼にあたるだらけっぷりかもしれない。

「平和はいいことじゃないですか。あと――」

 わたしは読んでいた小説に栞をはさんだ。この物語も一時中断、新たな物語、新たな依頼をこの人と共に待つとしよう。

 窓の外からは威勢の良い掛け声が聞こえてくる。まだまだこの空間も青春から隔絶されているわけではないらしい。

 今にも廊下から足音が響いてくるような錯覚に陥る。

「――亜理紗です」

 いつかまた誰かが、依頼を運んでくるのだろう。


 そんな予感が、わたしの中で尽きない。

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