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シャーロック部と吹雪恋花  作者: 瀬海
吹雪恋花
8/22

正体

 彼女に連れられて医務室へと赴くと、そこにはベッドへ横になっている伊賀くんの姿があった。わたしと部長は顔を見合わせる。

「……おいおい、どういうことだ、これ? 大丈夫か、伊賀くん?」

 部長は横たわる伊賀くんと、伊賀くんの彼女さんの方を交互に見て訊ねる。伊賀くんはその問いを受け、決まり悪そうな顔をした。

「いえ……朝から調子は悪かったんですけど、先程、そちらに向かおうとしたら意識が遠のいちゃって。……軽い日射病、らしいです」

 それで、伊賀くんは携帯電話を教室に置いてある鞄に入れっぱなしにしてしまっていたため、わたしたちに連絡する手段がなく、仕方なしに、介抱してくれていた彼女にわたしたちを呼ぶよう頼んだのだという。

 言われてみれば、前に見た時よりも顔が青白い。体調が悪いのだから当然だが、それよりもわたしたちへの申し訳なさが勝っているように思われた。構う事なんてないのに。そんな伊賀くんの様子を彼女さんは心配そうに見ていたが、「ごめん、ちょっと話があるから、ちょっと外に出ててもらってもいい?」と伊賀くんに言われると、彼女さんは名残惜しそうに医務室を出て行った。

「あの子が君の女神か。実物を見ると本当に可愛……いや、何でもない」

 わたしの攻撃の予備動作が目に入ったのだろうか。部長はその後の言葉を続けるのをやめる。惜しい。あともう少しで、わたしの拳が火を吹いたというのに。

 そんなわたしたちを力ない笑顔で見ながら、伊賀くんは口を開く。

「ありがとうございます。それで、突き止めてくれたんですよね。『吹雪花』の正体」

「あぁ。念のため、ここにも持ってきたぜ」

 部長は手に持ったレジ袋を掲げてみせる。もちろん、先日ホームセンターで貰ってきた例の袋である。

 そしてその中から部長はおもむろに、というよりは慎重な動作で、時間を掛けて完成させたであろう「吹雪花」を取り出した。それを見て、伊賀くんの目が点になる。初めて見せてもらったとき、わたしですら点になったのだから仕方ないだろう。

「……薔薇?」

 伊賀くんが驚くのも無理はない。部長が掌に乗せているのは、茎がないことを除けば何の変哲もない一咲きの薔薇だったからだ。未だにわたしだって、これが「吹雪花」であるようには思われない。

 部長は伊賀くんの驚きを目の前にして、いつものごとく得意気にニヤついてみせる。

「ただの薔薇じゃない。大切にすれば数年は保つ、魔法の薔薇だ」

「数年も? 造花ってことですか?」

「それに近いが、少しだけ違う」

 困惑する伊賀くんの質問に部長は勿体ぶって答えると、ここぞとばかりに「吹雪花」についての推理を披露し始めた。

「別に推理とかそういう次元の話じゃない。単純なことだ。要するに、君の彼女の些細な勘違いだったんだよ」

 わたしと伊賀くんの頭に、早くも疑問符が出た。「よくある間違いだよ」と部長は先を続ける。

「この前の土曜日に、君にメールで質問をしただろう? その中の一つで、『彼女は、吹雪花について他に言及していなかったか?』と訊いたはずだ。その質問に君は、『和名にしたと言っていた記憶があります』と答えた。それが第一の勘違いだ」

「第一の?」

 わたしは思わず口を挟んでしまった。勘違いが複数あったというのだろうか?

「何の変哲もない『吹雪花』なら、その学名は『Iboza riparia』となる。シソ科の常緑多年草に過ぎない。花屋にまで行った君なら、それでなくともインターネットがあれば、それくらいはもう分かっているだろう。でも、彼女の言う『吹雪花』は、『Iboza riparia』ではなかった」

「はい。……どうにも、彼女が言っていた条件とは合わない気がして」

「そう、条件には合わない」

 部長は独演を続ける。

「だから見方を変えてみたんだ。『吹雪花』は君の彼女が和訳した名前。必ずしも、花の名前であるとは限らない。逆に英訳してみな? ……簡単だよな。『ブリザードフラワー』だ。君の彼女は、それを勝手に和訳した言葉を君に伝えてたんだ」

 だからややこしかったんだ、と部長は苦笑いを漏らす。

「最初から『ブリザードフラワー』で誰かに訊いていれば、すぐに答えが分かったかもしれないのに。カタカナ表記なら、こんな風に読み間違える人はよくいるからな」部長は手元の薔薇を見る。「ただの読み間違いだったんだろう」

「読み間違いって……何を『ブリザードフラワー』なんて読み間違えるんです?」

「『プリザーブドフラワー』だ」

 伊賀くんの疑問に、部長はあっさりと返す。

「直訳すると、『吹雪花』なんかじゃなくて『保存された花』。まぁ、分類としては造花に入るのかもしれないが、この材料には生花を使う。

 製法としては、生花を低級アルコールが主成分の脱色液に漬け込んだ後、ポリエチレングリコール、通称ペグ(PEG)ってやつで水分を置換。あとは着色料――インクとかだな――の中に入れて色をつけたら、何日か乾燥させて出来上がりだ」

「……部長、難しくてよく分かんないです」

 わたしが訊ねると、身も蓋もない答えが返ってくる。

「簡潔に言うと、制作キットの手順通りに作ればいい。俺もそうした」

 …………。

 なら最初からそう言えばいいものを。

「つまり、君の探していた『吹雪花』は――」

 そして部長は、長ったらしい推理に幕を下ろす。

「――この薔薇っていうことだ」

 少しだけ、医務室の中に静寂が降りる。

 鮮やかな推理、というよりはあまりにも単純すぎる真相。『この物語はコメディです』という部長の戯言が脳裏を過ぎった――確かにこれをミステリと言うには、あまりにも、くだらない。

 しかし、わたしではその真相にすらたどり着けなかっただろう。

「まぁ、とにかくこれで依頼は完了だ。伊賀くん。何か質問はあるか?」

 やがて部長は静寂を破ってそう言った。

 と、伊賀くんがそこに口を挟む。

「――あの、」

 得意気な部長に向かって、何故か申し訳なさそうな様子で伊賀くんは声を掛ける。どうしたのだろう、とわたしが言葉を待っている内に、伊賀くんは相変わらずの青白い顔で、意を決したように口を開いた。

「つまり、その花って手作りなんですよね」

「そうだぜ。メイドイン俺だ」

 伊賀くんは言いにくそうにしているのに、部長は何故か上機嫌になる。満足気な表情だ。これが狙い通り、とでも言わんばかりに。

 やがて伊賀くんは言う。

「……折角時間を掛けて作っていただいたのに、申し訳ない。手作りだって言うのなら、やっぱり自分で作ったものを彼女に渡したい。自分で苦労した上で作ったものを、彼女に渡したいんです。でないと、心がこもっていない気がするから。だから……」

 そこまで伊賀くんが言ったところで、部長は持っているレジ袋を伊賀くんに投げて寄越した。伊賀くんは目を白黒させながら、それを受け取る。

 部長はニカっと笑った。

「そう言うと思って、制作キットはもう一つ余分に購入しといた。あ、花は自分で買ってくれよ。新鮮なやつの方がいいみたいだからな」

 こともなげにそう言うと、部長は一枚のレシートを伊賀くんに手渡す。

「その分の制作キット代はきっちりと請求するぜ。きっちりとな。また後日、元気になってから返しに来て貰えばいい」

 そこでビシッと決めれば良かったものを、部長は「あ、それとな」と制服のポケットに手を突っ込み、なにやらもっさりとしたものを取り出した。伊賀くんが思わず身を引くのが視認できる。

「万が一推理が違ったときのために、トレーシングペーパーを桃色に染めた紙吹雪だ。花吹雪の代用な」

「あ、ありがとうございます……」

 伊賀くんは顔を引き攣らせながら、それを両手で受け取った。

 もっさりとした紙吹雪を、どうしたらよいか所在なさげな様子だった。

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