ワンワンパラダイス
そんなこんなで、ホームセンター。
ちなみに、わたしたちが訪れたホームセンターにはペットショップも併設されている。最近はこんな店が多いが、時代の流れというものだろう。そういうわけで、部長はホームセンターに、わたしはペットショップにと役割分担をすることにした。……独断で。
部長は、「ペットショップに用はねーんだよ。お前がワンワンを視姦したいだけだろうが」と人聞きの悪いことを言っていたが、無視した。買い物だけであれば部長だけで事足りるし、何より可愛いものが好きで何が悪い。
ペットショップの自動ドアをくぐり抜けると、そこはまさに別世界。
最近流行の異世界に迷い込んだ気分である。ケージの中で可愛らしい仕種をしているワンちゃんたち。ちっちゃく丸まって眠っているハムちゃんズ。ぴーちくぱーちく囀るインコ……癒やされる。
とりあえず店内を一通り見なくては! と決心したわたしは、まだ小さなワンちゃんたちがラブリーなオーラを放っている中を歩いていく。決して浮かれているわけではない。これも依頼のためなのである。
この依頼はなかなかの苦行だ。こんなに可愛さMAXの店を探索しなければならないとは……笑顔を噛み殺して歩いていると、少ししてから奥の方に「ふれあい広場」なるものを発見したわたしは、一目散にそこを目指して走り出す。辿り着くと、そこではチワワや柴やジャックラッセルテリアなどの子犬たちがじゃれあっていた。
「よかったら、ワンちゃんたちとふれあいますか?」
そんな声が聞こえたので振り向くと、そこにはニコニコ笑顔を浮かべている店員さんの姿。その笑顔が天使のように見える。「是非!」とわたしが答えると、店員さん、もとい天使さんは、わたしをワンちゃんたちの楽園へと入れてくれた。
あぁ……どうしてこんなにも人懐っこいんだろう。肉球がふあふあしてる……。この柔らかさはもはや凶器だ。だめだ、萌え死ぬ……わたしがここで死んだら、ペットショップの近くに埋葬してもらえるかな。
そこで一匹のミニチュアダックスがわたしの方へと歩いてきた。ぶんぶんと振り回される尻尾はこの世のものとは思えないほどに愛嬌たっぷりだ。
「にゃーにゃーにゃ?」
話しかけてみると、その子はわたしの足下にすり寄ってきた。……素晴らしきミニチュアダックス。素晴らしき胴長短足。この調和のとれた体型がアナグマを狩るために発達した実用的な形状だとはにわかに考えにくい。この可愛さもまさに凶器だ。全身凶器だらけ。推理小説なら、誰が犯人なのか議論するまでもなくこの子が犯人だろう。
「にゃんにゃにゃーにゃー♪ にゃーにゃにゃにゃん、にゃににゅにぇにょ……」
「どうせ話しかけるなら『ワン』とかにしとけよ……なんで猫なんだ……」
「にゃにゅにゅ……はっ!?」
幸せ時間を遮る無粋な声が聞こえてきたかと思うと、いつの間にか背後に部長が立っていた。わたしの周りのワンちゃんたちが一斉に威嚇行動をとる。嫌われ方が半端ではない。
わたしは自分の血の気が引く音を確かに聞いた。
「あの……えっと……これは依頼のために致し方なく……」
「ワンワンに用はないって言っただろうが。……ていうかお前、いい年して『にゃににゅにぇにょ』って……」
「い、いやぁぁぁぁぁ! 言わないでください! っていうか、いつから居たんですか!?」
「思いの外早く必要なものが見つかったから、お前がふれあい広場に入るときにはもういたぜ」
「いやぁぁああああああ!」
さ、最初から見られていたの? 恥ずかしさのあまり、顔が火照って湯気を噴出しそうだ……。
そんなわたしに構わず、部長はホームセンターで手に入れたとおぼしきレジ袋を掲げながら口を開いた。
「おら、もう行くぞ。用は済んだからな。帰るぞ」
「へ、もう? もう全部解決したんですか?」
わたしが涙声でそう言うと、部長は得意そうに言う。
「あぁ、もう『吹雪花』は俺の手中にある。……お前が『にゃににゅにぇにょ』とか言ってる間に買い物は全部――」
「言わないで! お願いですからもう言わないでください!」
部長は溜息をつくと、そのまま出口へと向かっていく。
その後ろ姿は、少しだけ頼りがいがありそうに見えた。
「……? どうしたんだ? 早く行くぞ、おい」
「え、あ、もうちょっとこの子たちと遊んでから……」
「うるせぇ」
戻ってきた部長はわたしから子犬たちを引き離すと、そのままわたしをずるずると出口まで引きずっていく。この人でなし!
……依頼の解決(?)を尻目に、わたしの頭の中では「ドナドナ」が流れていた。