表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シャーロック部と吹雪恋花  作者: 瀬海
吹雪恋花
5/22

Iboza riparia

「『和名にした』ってどういうことなんでしょうね、部長」

「文字通りの意味だろ」

 スーパーを出たわたしたちは、ホームセンターに向かっていた。その道中である。

「吹雪花の学名は『Iboza riparia』という。これじゃ発音も覚束ないし、伊賀くんに伝えてもピンとこないと思ったんだろうな彼女さんは」

「どこのサイトの受け売りですか?」

「植物図鑑」

「まぁ、そうでしょうね」

 部長は携帯を閉じて、わたしの先を歩き続ける。

 それにしても、部長が何を考えているのか分からない。

 何故、ホームセンターなのだろう。分からないが、きっとそれなりの必要性があってのことだろう。部長は基本面倒くさがり屋なので、例外はあれど、無駄に体力を使うような真似はしないはずだ。セクハラ発言をブチ込んでくるクズではあるが、要領はいい。要領のいいクズなのだ。質が悪い。

「ところで部長」

 歩きながら、わたしは部長に訊ねてみる。

「もしかして、『吹雪花』の正体、部長にはもう分かってるんじゃないですか?」

「あん? どうしてだ?」

「だって」

 正体も分かっていないのに、花とは一見関わりのないホームセンターなどに向かいはしないだろう。先程からちらつかせている余裕な態度も気に掛かる。

 わたしがその考えを口にすると、部長はやる気のなさそうな瞳で(もともと死んだ魚のようではあるが)何もない空中を見つめる。昨日はあんなに張り切って依頼を受けていたのに、ずいぶんな落差だ。

「……まー、大体は分かってるけどさー」

「どうしたんです?」

「悔しいじゃん」

「は?」

 わたしは自分の耳を疑った。――悔しい? 何が?

「だって伊賀くん、あんなに可愛い彼女がいるんだぜ? 俺にだってまだいないっていうのによー。リア充この野郎。なんでお前らの恋路を手助けしてやんなくちゃならないんだよ……って気にもなるだろ」

「完璧に僻みじゃないですか!」

「僻みじゃないもん! ちょっと羨ましくて嫉妬してるだけだもん!」

「それを僻みって言うんです!」

 部長……自分の感情が最優先事項か。利己的にもほどがあるだろう……。

 いや、まぁ、依頼はこなすけどね? と後付けで言う部長だが、別にイメージが回復するわけではない。一度受けた以上、依頼をこなすのは探偵として当たり前だ。

 まぁ、いつものことか。わたしは気を取り直す。

「で、ホームセンターに何を買いに行くんです?」

「ん。あぁ――」

 部長はしばし考え込むような表情になる。掌を上に向けて出すと、指を折ってなにやら数え始めた。

「トレーシングペーパーと――」

 人差し指を折る。

「着色料と――」

 中指を折る。

「……アルコール?」

 薬指ではなくて、小指を折る。

 そこまで指を折ったところで、掌が夢に出てきそうな不思議な形になった。その形状を維持するのだけで大変そうだが、本人は気にしていないらしい。わたしも試してみるが、全然できない。

「無駄に器用ですね……ってか、買うものに統一性がないんですけど。それにアルコールはまずいでしょう。自分に彼女がいないからって、家でやけ酒でもする気ですか? お母さん、許しませんからね」

「誰がお母さんだ誰が! それにやけ酒じゃねーよ!」

 悔しいけどな、と部長は寂しそうに呟いてから、続ける。

「……あともう一つ、『ペグ』ってやつも買わなきゃいけないんだったか」

「パグ? ワンちゃん買ってどうするんですか。あっ……! まさか、自分がもてない日頃の鬱憤を、か弱い小動物に向けて晴らそうと……!?」

「『ペグ』だっつーの! そろそろ泣くぞ!?」

 本当にそろそろ泣いてしまいそうなので、部長をいじめるのはそこで止めにする。

 というよりも、『ペグ』? わたしは首を捻った。……工具か何かかな?

 ……いや、ちょっと待て。

「部長」

「なんだねワトソンくん」

「亜里紗です。……トレーシングペーパーに着色料って、まさかそれで花吹雪の代用にしようとか考えてませんよね?」

 いや、無理だろ、と部長は続ける。

「一般的に花吹雪ってのは、満開の桜が散る様子を表す言葉だ。今の季節的に、桜の花びらを使うのは難しいだろ」

「まぁ、そうですけど。でも、依頼に対してあんまりじゃありません?」

「この物語はコメディです。実際の人物――」

「言わせませんよ?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ