君はその力で女の子を助ける
完結しました。
もしかしたら後であとがきをあげるかもしれません。
「――ここにいるよ」
私の声が君たちに届いた。
君と女の子の言い合いを静かに見ていたお父さんとお母さんも、驚きの目で私の居る方を見つめた。
私の姿が見えている? 私の声が伝わっている? 【語り手】としての役目を果たすだけだった……私が?
君が生まれてから幾度となく試したけどできなかった会話が……できる?
博士と呼ばれた私の頭脳でも答えを導き出せなかった答えが、自然的な現象で解決された。
「お姉ちゃんは……ここにいるよ」
もう一度……この事実が事実であることを確認するため、そして、君たちに本当の想いを伝えるために声を発した。
私は――お姉ちゃんはけっして君の傍を離れない。君がきちんと育ってくれるまでは。
そして君のために、私のために……【語り手】を続けるのだ。
「おねえ……ちゃん?」
いつの間にか泣いているお母さんとお父さんが視界に入ったが、今は呆然としている君の方が気になった。
「私は……お姉ちゃんだ」
これが儚い夢でないように。消えてしまわないように。確かに私は存在したのだと、今まで私にかかわってくれた友たちに告げたい。
これが夢でありませんように。
信じていなかった神様も今は私の方を向いてほほ笑んでくれている。このチャンスをなにかに生かさなければ。
軽くあせっている私の心をまとめたのは、他でもない、君だった。
「おねえちゃん……おねえちゃん!」
私はその言葉を聞いただけで思わず泣いてしまいそうになった。君のその言葉ひとつに、君の想いすべてが込められていたのだ。
だから私はこの場に残りたい、なんて思ってしまったのだろう。
……そろそろ認めないといけないかもしれないな。君の成長を見守るという口実で現世にしがみついていることを。
「どこにいるの……おねえちゃん!?」
「男の子……本当に君はすごいよ……」
私は……ここに……
いや、だめだ。
「お姉ちゃんを【助ける】よ」
女の子は見えてもいない私を真剣な目で見た。
その視線に射抜かれた私は思わず、すでに存在していない身体を抱きしめようとしてしまった。
全てをわかっている、そんなことを感じさせる女の子の様子はどこか――だった。
貴女はなにもの……そう口を開こうとしたが、押し寄せてくるナニカの感情によって口は開かなかった。
ここにいる、視線をさまよわせる君に伝えたかったが、女の子を見るとその思いを消え去った。
「お父さん、お母さん。聞こえていますか?」
最期の言葉を伝えるため、決めた決意が鈍ってしまわないうちに。私は語り始めた。
「私は死にました。面白かった人生でしたが、しょうもないことで終わってしまうのですね」
場が静まり返る。君はなんとか口を開こうとするが、私はその言葉をかき消すように言葉を続けた。
「後悔は……こうやって死にきれないほどしてます。でも、死人に口なしとも言いますし、見たかった弟の成長した姿も見れました」
遺言ともとれる言葉に、お父さんとお母さんは深刻な顔をしながら聞いてくれていた。
「おねえちゃ――」
「だからもう……満足とも言えます。私がこうして言いたいことを言える環境にしてくれた方には感謝しなければなりません。……本当ならお別れの言葉なんて伝えることが出来ませんからね……」
言いたいことを言えなかった君は、私が言ったお別れという言葉に身体を震わせて、うつむいた。
「さっきまでの私は、このあいまいな立場をたもって弟を見守っていく、なんて思ったりもしていました。でも……それはだめなんです」
「……そうかもしれませんね」
女の子は私の言葉を聞いて深刻そうな顔をした。
「義妹ちゃんにひとつ、伝えることがあるんだ。聞いてくれるかな?」
突然の私の言葉に、女の子――義妹ちゃんは驚きながらも、はい、と返事をした。
「あなたは愛されていると思う。確かに【人を助けられない】なんていうちからを持っているけど、それが本質いや、真実ではないと思うんだ。そう、例えるなら義妹の愛され具合に嫉妬した誰かのいたずら、って感じかな」
一つ一つの言葉を噛みしめるように私の義妹は聴いてくれていた。こうして真剣な姿を見せてくれると……なんか照れる。
いや、近づいている最期に備えよう。
「だから義妹ちゃんはきっと【人を助ける】ことができると思うんだ。確かに辛い事や苦しいこともたくさんあるかもしれない。でも、私みたいに命の危機に襲われることはないはずだよ。だって私の弟が義妹ちゃんを【助ける】からね」
存在しない身体が震えている。どこかの深い海の底に引っ張られて堕ちていってしまいそうな不安を感じる。
でも、大丈夫だ。大丈夫。
「だから……弟の傍には義妹ちゃんがいてほしいんだ。それが弟のためにもなると思うしね……おっと、感傷にひたりすぎていたようだな、失礼した。……まあ、それぐらいか」
独りごとになってきた。そろそろもたないかもしれない。この世に跡を残す時間も、悲しみの象徴である涙をこらえるのも。
「お父さんとお母さんには感謝している。こんな私をここ――死ぬ前まで愛情こめて育ててくださったことに。欲をいえばあと百年くらいともに生きたかった」
「うっうっ……」
お母さんは泣いていた。お父さんも目の端に液体をにじませている。
「出逢ってまもないが……義妹。君はこれからもっと成長して立派な子になることを私は知っている。だから私はこれからを君に託すよ」
「……はい……お姉ちゃん」
視界が暗く、そしてにじんできた。
「最期に……弟」
「ひっく……」
「ありがとう。がんばれ」
私は水の流れに身を任せた。
【語り手】としては全然だめだった。
でも、一人のお姉ちゃんとしての役目は果たせたのではないかと思う。
……最期まで生にすがっていた女が言っても説得力がないな。
狭まっていく視界に対抗しながら、私は最期にみた。
君は泣いていた。
泣かなくていい。その言葉は君に伝わったのだろうか。
でもこれは決して不幸ではない。
確かに今君は。
その力で私を助けたのだ。
そう、君は――
「君はその力で女の子を助けた」
その事実だけが私の胸の中に残っていた。
……ありがとう。
最後まで読んで下さりありがとうございました。