君は女の子に助けられる
「【助ける】……そうか、息子ならできるかもしれないのか。……かすかな希望でもあるけど、むしろそれが逆効果になるかもしれないな」
「人の死を【助ける】……男の子なら確かにできそうだけどそれは禁忌じゃない?」
「……やってみるだけの価値はありそうね」
亡くなった姉を……【助ける】?
そんなの……無理だよ。だめだよ。
すでに死んでいる人を蘇生させるなんて人間には無理だ。倫理としてもだめだし、方法も確証されていない。
第一、そんなことをして君が無事である保障がない。却下だ、却下。
今は君が一番大事なんだから。故人のことは忘れてしまおう。
「ぼく、やってみる!」
え?
「やってみないとなにもわからないもん!」
だ、だめだって!! 危険だし、君の身が危ない!
……いや、私の呼びかけは君に届かない。届いたとしても君はやめないだろう。
「おねえちゃんを……【助ける】!!」
【みんなを助けることができるちから】その力の使用方法は公にはされていない。ただ、なんらかの詠唱を唱えて発動させる、というのが正しいことだと推測されている。
君は。難しい顔をしながらなにかを唱えようとしている。
冷静に語っている場合じゃなかった。
やめるんだ、今すぐ。死者蘇生は倫理として禁忌であり、タブーである。成功方法はなく、被験者となった人々が犠牲になるだけだ。
「われ、もとめるは、なきあねのそせい。たいかはぼくの――」
対価? だ、駄目だ!! それは君の生命を減らすことになってしまう。
「こたえよ、わがしもべでありぬし……? なにもおこならない?」
……? なぜだろうか。君の呼びかけに答える存在はいなかった。とりあえず、良かった。君が傷つくことがなくて。
君が無事なら【人を助けられない】ちからを持つ女の子を【助ける】ことができる。もう亡き姉のことを気にせず、目の前の女の子に集中してほしい。
って先ほどから同じことばかり言っているな。私は私の役目を果たさねば。
「われもとめるはなきあねのそせい――」
君はなにかにすがるように必死で詠唱を紡いだ。その様子は必死であり、君の父親と母親は見つめていた。その瞳にはどこか後悔の念をにおわせた。
「こたえよ……こたえよ!」
「……もうやめよう」
そう声をかけたのは女の子だった。
「でも……」
君が意地を張ると、君の父親も静かに告げた。
「お姉ちゃんは息子が傷ついてまで生き返らしてもらうのを望んでいない、多分な」
流石は君の父親だ。どんな状況であれ、人の心情を理解している。
君は思わず黙り込んでしまった。
「われもとめるはなきあねのそせい、こたえよ、わがしもべでありぬしよ」
最後の悪あがきなのか、君は早口で言いきった。
しかし、なにも起こらなかった。
……。
期待はしていたんだけどな。残念だ。これからもいつも通り、ということだな。
「しつこいぞ、小僧」
「っ!?」
どこかから声が聞こえた。歳を感じさせる声だが、その雰囲気からすると壮年といったところだろう。
「そこまで死者の蘇生を求めるか。ならば、結論を述べてやろう、無理だ、以上。わかったならもう蘇生にちからを使うでない。それと、知らなかったとはいえ、禁忌である死者の蘇生を行ったペナルティを課させてもらう。では、さらばだ」
畳み掛けるように告げられた言葉を、理解した君の父親は顔を真っ青にして君の身体の状態を心配している。
女の子は心配そうに君を見つめていた。でも、その目には君を尊敬するような感情が宿っているような気がした。
君は自らの身体の異変に気付いたのか、急激に身体を縮めて外へと走った。
「ま、待って!」
反射的に女の子は君について行った。呆然としていた君の母親は、女の子の様子を確認すると、あわてて追いかけようとした。
君の父親がその右手を後ろからつかんだ。
なにか言いかける君の母親に、君の父親は言った。
「女の子だけで十分だ。本当は女の子も行かせたくなかったのだけどな、しょうがない」
君の父親にしては不十分な言葉だったが、君の母親はなにかを感じたのか、くちびるを軽くかみしめてうなずいた。
「可愛い子には旅をさせろ、そうだったわね」
「……大人になったな。切り替えが早い、あのころがなつかしいな、はは」
君の父親は君の母親を見つめてほほ笑んだ。君の両親の若いころはどんな感じだったのだろうな。
君を追いかけた女の子は君の背中をさすっていた。なぜなら、君が歯をくいしばってうめき声を漏らしていたからだ。
普通なら身体をかきむしって思いっきり叫ぶであろう。この痛みは気を狂わせる。
君は強い。ほかの人に嫉妬されてしまうほどに。でもそれは君が普段から痛い思いをこらえて行動しているから、痛みをこらえることが出来ているのだろう。
かといって何の才能もない凡人はここまで成長しないだろう。君に才能はある。
それにしても……君はなぜ痛みをこらえられているのだろうか。いくら才能があるといっても人は人。痛覚があり、痛いものは痛い。声をだしていないということは痛みを発散していないから、ごまかされていない。
そしてなにより、この痛みは与えられた痛みであることだ。ペナルティ、というほどだからかなりの痛みを味あわせているだろう。人生を長く生きていても縁がないような痛みを。
それをなぜ君が耐えているのか。
……考えても仕方ないだろう。答えはでないのだから。
「い、痛いの痛いのとんでけー!」
女の子は顔を青くさせたり赤くさせたりして、そう叫んだ。無垢で可愛らしいが、君あいかわらず痛みを――
え?
君はつらそうな顔を不思議そうな顔に変えていた。
それはそうだ。急に痛みが消えたのだから。
「え?」
原因であると思われる女の子も不思議そうにしていた。
本当に痛みがとんで行ってしまったのだ。