君は目覚める
「やっぱり……ね」
女の子は悲しげにつぶやいた。
君は理解してしまった。この女の子の事情を。幼き頭でも君はわかっただろう。
この女の子は【人を助けられない】と。
【人を助けられない】それは【すごいちから】に恵まれなかった人を指す言葉だ。【すごいちから】に嫌われている子は無力であり、不幸である。
【すごいちから】が全くない、なんて人はめったにいない。君ほど珍しい存在ではないけど、ふつうの人よりは珍しい。
そして嫌われる。女の子のような無力な存在は人から差別を受ける。
君はお父さんとお母さんから聞かされてきた、【人を助けられない】女の子をもう一度見た。
女の子は君のおどろいている様子にやっぱり、とつぶやいた。君にはその言葉が聞こえたみたいだ。
だからなのかもしれない。
君が女の子の手を握ったのは。
「っ!?」
突然君に握られた手を見つめて驚く女の子に、君は言った。
「だいじょうぶ! ぼくがかわりに【人を助ける】から!」
そう言った時の君の笑顔は、さっきとは違って、どこかかっこよかった。ギャップ、というのもあるかもしれないけどね。
女の子は顔を赤くしていた。もしかしたら君に惚れたのかもしれないね。君の容姿はいい方だしさ。
君は鈍感なのかもしれない。君は、女の子の様子を見て、首をかしげていた。どうやら女の子が顔を赤くしている理由がわかっていないようだ。将来苦労しそうだね。
実は気付いていないふりをしているだけかもしれないけどさ。君は食えないやつだから読めなくて困るよ。
女の子は、しばらく固まっていたけど、しばらくしてポツリ、とつぶやいた。
「……なんで。なんでわたしなんかを……?」
助けるの、とでも言いたかったのだろうね。でも、言っている途中涙がこみ上げてきたようだね。
君はよくわからないまま、女の子の手をぎゅっとにぎった。
そうすると、女の子は君のことを理解したようだ。
「君はそういう子なんだね。ふふっ。……ありがとう」
本当に君のことを女の子が理解してくれたのかはわからない。でも、今の君にとってその言葉は安心できる言葉だったのだろう。
君は笑っていた。君がまだまともに歩けなかった、あのころのように。なにも知らないような笑みだった。けど、その笑みの裏には君の苦労が詰まっているのだろう。
もう君は無力ではない。その事実が君をさらに強くさせていた。
君と女の子が話していると、男の人が我に帰ったようで、他の子たちに水晶玉の前にならぶよう、呼びかけていた。
男の人の言葉に、他の子たちはぞろぞろと水晶玉の方に向かった。なので、君たちを見つめる人はさっきよりだいぶ少なくなった。
突然だった。
女の子が君に抱き着いてきたのは。君はわけがわからなかったけど、とりあえず女の子を離そうとした。
君と女の子では、君の方がかなり力が強かった。だから、君は女の子に気をつかいながら、優しく離そうとした。
君の手が止まった。
「……あり……がとう」
女の子は泣いていた。声を押し殺すようにして、小さく君の胸の中で泣いていた。君の一張羅ともいえる服に、女の子の目からあふれる水分が吸収されていく。だんだんと重くなっていく服の重さと、女の子の涙の重さを君は感じていた。
静かに泣きじゃくる女の子の頭を、あやすように君はなでていた。君のなで方は、君が親になでられているときとほぼ同じだった。親の遺伝なのかもしれないね。
ほかの子たちがワイワイと騒ぎ立てる中、君たちの静かさは珍しく、声をかけようとしている子が何人かいた。けど、その子たちは君の背中を見ると、おびえた顔をして去って行った。
しかし、それは君の背中で行われたことだったので、君は気付いていないようだった。
君たちは長い間そのままの体勢を保っていた。君の顔はいつの間にか優しそうになっており、ときどき頭を上げた女の子と目が合うと互いにほほ笑みあうようになっていた。
女の子の涙が乾きはじめたころ、女の子は君から離れた。ゆっくり、名残惜しそうに。
「君は強いんだね。私とは大違い。……君に助けてもらっても……いい、かな?」
大人っぽい女の子は君に訊いた。落ち着いた印象と反対に、その目はどこか不安そうだった。君は、笑顔を絶やさないで、答えた。
「うん!」
君の純粋な笑顔を見た女の子は、どこか疲れがとれたような顔をしていた。人の視線にまいっていたと思われる女の子はきっと、君の純粋さを見ていやされたのだろう。
いつの間にかほかの子たちは【すごいちから】についての説明を受けようとしていた。優しそうな男の人は、君たちの触れ合いをじっと見ていた。けど、その視線にさっきのようなねばっこさはなかった。まあ、その目はさっきとあまり変わっていないのに君は気付いているのだろうけどね。
優しそうな男の人は、君たちが気付いた様子を確認すると、話し始めた。
「えーっと、まずは【すごいちから】の使い方について教えるよー!」
【すごいちから】が使える方法を教えてもらえることを知ったほかのみんなは、再び、わー! と歓声を上げた。
優しそうな男の人はその反応に満足したようで、話を進めた。
「君たちが守りたい人、その人の姿を思い浮かべてー!」
この言葉に対する反応はさっきよりうすかった。守りたい人、というイメージが曖昧であり、すぐには思い浮かばなかったのだろう。
君は考える。
きっと君の頭の中にはたくさんの人が思い浮かんでいるだろう。
君は自分と親交がある人はみんな助けようとする、わがままな子だからね。
君の頭に浮かんでいるのは、両親、親友、目の前の女の子、が主だろう。たくさんの人を思い浮かべた君だったけど、その瞬間君は頭をかかえてその場にうずくまった。
「うっ……うわあああっっ!!」
そして痛みを感じさせる、ひどい叫び声を上げ始めた。