~たより~
感傷に浸る。
カーテン越しの秋空を見つめ、昔みた物悲しい風景と香りを思い出す。そして胸に穴の空いた様な気がして、そこへ深呼吸で空気を詰め込む。
そうすると幾分か気持ちが紛れた。
気温は随分高いのに、空だけが秋めいていた。
やけに周りの音が聞こえる朝である。郵便屋の挨拶や妙に高い学生の話し声、別館から娘…紫月の声がする。
嘉織は手持ち無沙汰に眉墨や棒紅を並べていた。
「奥様にお客人が。」
扉越しに若い使用人が声をかける。
嘉織は一つ息をついて立ち上がり
「支度をするから少し待っていただいて。」
客人の元へ向かうと、若くはあるが身なりのきちんとした青年だった。
「突然ご自宅へお伺いして大変申し訳ありません。」
「いえ、構いませんのよ。どうぞお座りになって。」
嘉織は立ち尽くしたままの青年に座るよう促した。
「奥様にお会いしたかったのは、私が女性から奥様あての便りを預かっていまして…その事でお話に参った次第です。」
青年は懐から手紙を出し、嘉織に手渡す。
「蝋封の紋は見たことがないわ…」
青年がうなづくのを待たず嘉織は封筒から便箋をだした。
『嘉織 様
どうか見知らぬ方に文を預けた事をお許しください。火急の用ですので無礼を承知でこのような手紙になっております。』
「……これは何処で…?」
「はい、県境の宿町で三、四十の女性からお預かりしました。」
「そう…宿町ね……」
嘉織は手紙の内容に驚き、青年への返事は上の空だった。
『嘉織様の身の回りのお世話をしておりました、紗陽子です。
火急の用とは、嘉織様と岳様の事です。詳しくお話しとうございます。
突然のお呼び立て申し訳ありません。
○○市○○○町○○
藤川 紗陽子』
「誰か!今すぐ旅支度を!克寛さんには数日で戻って来ると伝えて!乳母には紫月を頼みますと…!」
嘉織は急に立ち上がり廊下に向かって使用人に叫ぶ。
突然の事に慌てふためく使用人たち。
おいてけぼりの青年。
「あ、あのっ。宿町への車なら私が出しましょうかっ?」
「あら、助かりますわ!では少しお待ちいただいても?」
「はい。」
青年からの願ってもいない申し出を断る余裕もなく、嘉織は慌ただしく自室へ戻った。