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1:訓練

 戦闘の口火を切った以上、ヤハラの先手は避けられて当然だった。

 突き出される白刃の一閃を脇に身体を空して避けた遊佐は、短期決戦を望んで一気に飛び込んだ。が、それと同時にヤハラも後ろへ退避するように飛び退く。まるで飛翔するかのような身軽さで、彼はマンション屋上の中央辺りから、身の丈以上のフェンスの縁に飛び乗っていた。

「なん……人間ですか、師匠!」

「なんだ師匠って」

「教えを乞う以上、相手は誰であろうと師匠でしょう」

「まあなんでもいいが……この身体能力は、おれの能力によって作り上げたんだ」

 彼は簡単に説明した。

 ヤハラの能力は『適応』。どのような現象やダメージでも、一度受ければそれに適応する。強化を重ね、電撃にすら適応して無効とする。その先で、単純に肉体を強化した。重いものを持つ。走る。その限界に適応し、それを基準として中央値に引き寄せる。

 それを繰り返した結果、

「本気を出せば」

 彼はそう言ってフェンスから飛び降りる。コツ、と静かな着地音が聞こえた時、ヤハラの姿は既になかった。

「ここまでは動ける」

 次に声が聞こえたのは、向かいのフェンス際からだった。

 驚きを隠せぬまま振り向けば、刀を肩に担いだ姿勢で、タバコを咥えていた。

「み、見えなかった……」

 遊佐の素直な感想に、火を付け、紫煙を吸い込みながらヤハラは頷いた。

「ならこの一本を吸い終えるまでを制限時間にしよう」

「でも、タバコって二、三分だろ?」

「これはもう少しかかるが――充分だろ」

 彼はふん、と鼻を鳴らして紫煙を吐く。その僅かな挑発に、遊佐の闘志は疼きだしていた。

 ぶん、と音を鳴らしてヤハラが刀を振る。

 瞬間、

「のわっ!」

 反射的に横に飛び退けた遊佐のすぐ近くで、音の軌跡を描くようにして刀が空間を切り裂いていた。瞬間移動を再現するような速度で肉薄したヤハラは、少し意外そうな顔で遊佐を見る。

 だがその時間は一瞥と言っても良く、また遊佐が思考し判断から行動へ移すにはあまりにも短かった。

 故に反射的に屈みこむ。その直後に、行動に間に合わなかった数本の頭髪が横薙ぎの一閃に刈り取られて宙を泳いだ。

 立ち上がりざまにヤハラの身体が迫る。立位を諦めてそのまま転がると、激しい勢いで吹き飛ばされた虚空から突風が吹き抜けた。

 ――人間がする相手じゃない。

 そう思いながら、ポケットからライターを取り出す。転がりながらオイルを増幅させて力任せに噴出させ、フェンスに激突する間際で立ち上がり、今度は前の空間に飛び込むように身を縮こめた。

 直後にフェンスがけたたましい音を立てて横に切り裂かれる。まともに回避していても、恐らく大事な首は二つに分かれていたはずだ。就職する前に首を切られていては世話もない。

 くだらないことを思いながら、また立ち上がり――火をつける。ぼう、と突如として暖められた空気が空へと巻き上がる暴風を産んだ。巻き込まれない内にライターを払ってポケットに収める。

 火花が火焔を生み出し、V字を描く業火が屋上で発生した。

「ぬ」

 ヤハラが僅かに動揺する。炎のなかで、ただでさえ黒いシルエットがより映えた。

 その姿と輝きが宵闇の中で、網膜にくっきりと焼きつく。それが仇となる。

 次の瞬間に覚えたのは首に突きつけられる剣筋の鋭い冷たさ。そして後から吹き抜ける暴風。

 燃やされたタバコがぽろ、と落ちて、フィルターまで焼けたタバコを唇で弾いて捨てる。ヤハラはゆっくりと遊佐の首に突きつけた刀を収めてから、短く息を吐いた。

「あと一手。押しが弱い」

「は、はい」

 油断していたわけではなかったが、してやられた、と思った。一瞬だけ気を抜いたその刹那を、この男は読み取ったのだ。

「さらにあの状況で距離をとるのは惜しいな。あそこでもう一撃、確実なダメージを与えられる何かがあればお前の強みになる筈だ」

「はい」

「それじゃあ」

 言いながら、ポケットからタバコを一本抜いて、遊佐の目の前から上がる炎に翳す。紙が僅かに燃えたのを確認してから口に運び、葉を燃やす。

「二回戦目。行ってみるか」

 上がる紫煙の先で極道映画でも中々見ないような笑みを浮かべるヤハラを見て、遊佐は既に失った手の内を、頭のなかで必死に探していた。


     ◇     ◆     ◇     ◆


 突如として地面が隆起する。帯電しバチバチと青白い稲妻を迸らせていた男の顎先に、その固い土の塊がぶち当たった。

「がっ――」

 思い切り宵闇の空を見上げ、脳が揺さぶられる激しい衝撃を体感しながら、鷹上は暗い視界がそのまま何も移さなくなっていく感覚に身を委ねていた。

 辛うじて腰から地面に叩きつけられた鷹上を見て、それからたった一撃で卒倒した男に潮崎は怒りを禁じ得ない。

 隆起した大地がボロボロと崩れていくの眺めてから、数メートル先で仁王立ちするミスミを見た。

 限界を知れ。その一言から、彼女はとりあえずなんでも動かしてみることにした。地続きならばなんでも操作できる。その距離と重量を、彼女はひとまずなんでも試してみることから測り始めた。

 その結果がこれだ。

 ミスミは地面を動かした。少なくとも大の男を一撃で屠る程度の質量と速度を以て。

「……取り敢えず、鷹上こいつが起きてから次の方針を決めようか」

「そうね」

 五分とも経たない訓練は、多大なる財産を与えて一時終了した。

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