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第二話『日常と、敵』

 目を覚ました遊佐は、布団の中で横たわっている自分に気がついた。いつのまにか眠ってしまっていたようだった。

 ゆっくりと身体を起こしてあたりを見る。枕元で明滅する光に目を凝らせば、LEDが光るスマホが見つかった。

 窓の外から見える外は、まだ暗い。いや、もう暗いのか、と思い返す。

 スマホを手に取り、時間を確認する。すると先に、ポップアップが表示されていた。戦慄しかける心を抑えて、内容を改める。

 表示されたプロフィールはそれぞれ、『ファルさん』『ミスミさん』『タルさん』『アメスさん』とあった。拍子抜けといった具合に大きく息を吐いて、それからようやく時間を確認する。

 時刻は午後九時三八分。睡眠時間はおよそ十時間ほどだ。

 身体をのばそうとして、腹筋に裂けるような痛みが走った。幸い頭痛は無いが、額の裂傷に触れると染みるように痛い。誰か処置してくれたのか、ガーゼが貼ってあることに気づく。

「……はあ」

 SnSのマイページに、保有ポイント数が二に増えている。やはりあれは、夢ではなかったようだ。

 遊佐はゆっくりとした足取りでベッドから降り、部屋を出る。廊下の左手には玄関があり、右手にはリビングがある。玄関にはいつになく靴が多く並んでいて、リビングからは人の話し声が聞こえてくる。

 遊佐は彼らに合わせる顔が無いな、と思いながらリビングのドアを開ける。

 その気配と音に、三人が同時に顔を向けた。

 入った途端に、強烈なカレーの臭いが鼻腔を掠めた。良く見れば、三人が三人、テーブルを囲んでカレーを食べている最中だったようだ。

「またカレーですか」

 思わず漏れた言葉に、ビク、とミスミが肩を弾ませた。

「あ、いや、ね? はは」

「こいつはカレーしか作れないんだ。許してやれ」

 ヤハラが呆れたように言った。そういう彼の皿は、既に空になっていた。

 テーブルの誕生日席、ドア側を向くようにして座るのは見知らぬ少女だった。明るい茶髪にウェーブを効かせた今どきの髪型で、大きくくりっとした目は半眼で黙々とカレーを食べ続けている。

 鷹上はカレーを喉につまらせたか、水で飲み下してようやく口を開いた。

「おい、大丈夫なのかよ?」

「ああ、お陰様で。あれから、他のプレイヤーは?」

「特には無えな。ま、油断出来ないのは相変わらずだが――」

 言って、彼は振り返る。目配せされ、食後の一服にありつこうとしていたヤハラが小さく咳払いをした。

「ここでおれからの提案だ」

 彼は言った。

「まともに対人戦をしたことがあるのは、おれと鷹上、タルだ。意外にもミスミはほぼ未経験らしい」

「えへへ、恥ずかしながら」

「まあ一方的に襲ってればそうなりますよね」

「は、はは」

 ミスミは渇いた笑いを上げる。ヤハラは苦笑したように口元を歪めてから、本題に戻す。

「戦闘訓練を行いたい。もっとも、ミッチーが望むなら、だが」

「戦闘訓練?」

 遊佐の言葉に、ヤハラが頷く。

 彼が続けようとする言葉を遮って、タルが口を開いた。

「あんたが弱いからだよ。まともに戦えないのに出しゃばってんのが目に障るんだ」

「ああ?」

 タルの発言に、遊佐は豹変したように眉間にシワを寄せた。

「おい態度悪いぞエセ善人」

「燃焼系がなんか言ってるが聞こえませんなあ」

「人をアミノ式みたいにゆーな!」

 挑発的な遊佐の言動に、タルが食って掛かる。

 無論、遊佐はふざけている。鷹上はそれを見て微笑ましく見守っていた。遊佐はこの上なくテンションが上がっている状態に見えた。

 彼が無闇に相手をおちょくるような事はしない。するとすれば、ハイになっている時だ、と鷹上は経験で知っている。

 そして彼を見守る二人も、笑いながら言い合う二人を見てそれを悟った。

「燃焼系」

「なによっ、私はねえ――」

「改めて。俺は遊佐充弘。お前の通り確かにここでは足を引っ張ることになるが、よろしく頼む」

 遊佐は小さく咳払いをしてから言った。まるでこれまでの悪ふざけが歓迎の証であるように終止符を打つ。そしてタルは唐突に落ち着いた声色に、少し戸惑う。

 彼女は困ったように眉をしかめてから、短く深呼吸をした。

 立ち上がり、遊佐を含めた全員に頭を下げる。

「私は、潮崎しおざきゆうき。見たものを燃焼させる能力で……学生服の、同じ年頃の水使いを探してる。何か知ってることがあったら、教えてくれない?」

 タル、改潮崎の言葉に、ヤハラははっとする。水使い――そのキーワードが、記憶の中でひっかかる。

 頭のなかで回想されるのは、一撃で粉々に切り刻まれた学生服の少年。彼もまた、水使いだった。

「潮崎、その水使いというのは、いつ頃から連絡がつかなくなった?」

「そうだね……三日くらい前からは特に。一日に一度くらいは連絡があって、かれこれ二週間以上探してるんだけど」

 ユーザーネームを知っているのはヤハラだけ。だが彼からの情報で、遊佐と鷹上も、それについて察してしまった。思わず息を呑み、ヤハラを見る。その事態に気づかぬ潮崎ではない。

「知ってるの?」

 潮崎は気づかぬふりで問う。

 隠しても意味は無い。だが事実を伝えた先にあるものは、幸か不幸かでしかない。

「……ナナオ」

「っ、やっぱり知ってるんだね? あいつ、なにしてるの? 生きてる? このゲーム辞めてるの?」

「そいつは殺された。おれたちが追っている男にな」

「ころ……」

 潮崎はへたり込むように腰を抜かす。彼女はヤハラに顔を向けているも、見ているのは虚空だった。虚空の先にあるのは、彼女の中に刻まれる記憶の回想。そこに彼らが触れることは出来ない。

 ヤハラは動揺すること無く、毅然とした態度で告げた。

「おれたちはそいつを殺す為に同盟を組んだ。おれも、お前も、ミッチーも、鷹上も、ミスミも、いつ知れぬかわからない。それでもいいなら、もしお前にナナオの意思を継ぐつもりがあるのならば、協力してもらいたい」

 改めて、ヤハラは彼女を勧誘する。確かに今のままではなし崩し的についてきたようなものだ。彼女の本意でなく、またヌルい慣れ合いを想像されていては協力する上で危険が伴う。

「協力するよ」

 彼女は一も二もなく言った。

「しないはずがない。殺されたのだって、薄々感付いてた。でも信じたくなかった。今でも実感なんてない。多分、ずっと無い。だからこの答えだって、きっと未来の私が後悔するものかもしれない」

 その瞳に力はない。独白に近い言葉は、四人の胸に重くのしかかる。

 だが、光は灯っていた。瞳には確かな炎があった。殺されたのならば仇討つのが人の常。それがたとえ人の悪癖だとしても、悪癖として残るほど根付いたそれは人故の情があるからだ。

 潮崎は人だ。まだ思春期まっただ中の、どうしようもなく純粋で幼い人だった。

「多分、一人でもやる。みんなが居るなら、心強い」

「心強いどころじゃねえだろ」

 遊佐は沈み込んだ空気の中で、一人それを感じないように言った。

「俺たちは最強だ」

 一瞬、その場に居る誰もが黙りこみ、

「ふっ」

 鷹上が腹を抱え、大きな声で笑い出した。

「あっはっはっは! 自分が弱えって自覚してるくせに、なーにをお前は言っとるんだ!」

「あ? 何言ってんだ」

「もしかして、伸びしろが半端ねえとか自分で言っちまうのか?」

 目の端に涙を浮かべながら鷹上が続ける。それを受けて遊佐はようやく理解したように、「あー、違う違う」と手を振った。

「数だよ。少なくとも敵は一人だろ? 今回は俺が一人で行っちまったが、最終的にここにいる全員でタコ殴りにすりゃ相手は為す術もない。数が正義で、数が力だ。どんな強いやつでも、軍勢には太刀打ち出来ない」

 だろ、と当然のように言ってのける遊佐に、くつくつとヤハラが笑う。

「まあ正論だとは思う。ミッチーという男を、おれは勘違いしていたみたいだが」

「え、どういうイメージだったんすか」

 少し虚をつかれたように遊佐は言った。ヤハラは少し考えるように腕を組んでから、

「もっと正義の味方らしいヤツかと思ってた。思ってたより現実的で、狡いヤツだったんだな」

「へへへ」

「褒めてないんだが」

 照れたように笑う遊佐に、ヤハラは辛辣にそう言葉をかけた。

 正論を地で発想する。それは遊佐の中の代えがたい直し難い歪であり、そして決して崩れぬだろう巨大な真柱であるのだろうと、ヤハラだけがそう確信していた。

 年の功だろうか、と思いながら周りを見る。ミスミを始めとして、その発言の全てを「しっかりしている」だの「理屈っぽい」だので片付けてしまう女子供を見て、やはり自分がここでタバコを吸う環境ではないな、とソフトパッケージを手の中で静かに握りつぶした。


     ◆     ◇     ◆     ◇


「訓練以外で目的もなくログインしないこと」

 それが彼らの同盟『軍勢レギオン』の第一の決まりとして記された。その次に、

「ログイン時は最低二人以上で行動すること」

 というのが決定した。それ以下は随時、必要に応じて決めていく方針だったが、少なくともそう何ヶ月もの同盟になる予定ではなかった。

「わかったな?」

「はい」

 空に藍色の影が伸び始めた午後五時。ヤハラと遊佐は、マンションの屋上で対峙したまま言葉を交わしていた。

 ヤハラは遊佐を、潮崎と鷹上はミスミを鍛えることになっている。鍛えるといっても戦闘に於ける基本的な優先事項と、立ち回り、思考展開を教えるだけだ。その基本さえ築くことが出来れば、後は当人の実力次第で戦闘で死ににくくなる。

 死なないというのは良いことだ。次があるということは、まだ可能性があるということ。特に成長性や応用の利くこの『超能力』というものを使える彼らには、生きているというだけで強さを得る道に辿り着ける。

 戦闘の全てが経験になる。

 少なくともヤハラと潮崎は、その中で生き抜いてきた。

「特に筋力トレーニングや軍人さんマラソンは必要ない」

「ファミコンウォーズが出っるぞ! ってやつすか?」

「イメージとしてはそれだ。必要ない。だが訓練にはのめりこめ」

「のめりこめ!」

「のめりこめ!」

「のめりこめ!」

「大事なのは――」

 奇妙なノリから逸脱した、真面目な声色に遊佐は息を呑む。出会った過程がなんであれ、最年長者であり確かな実力者であるということが、彼を尊敬させていた。

「ガッツだ」

「……ぜ?」

 拍子抜けしたように遊佐が一文字を漏らした。

「クニオとの戦闘。それにおれとの戦闘で、お前の自衛能力は理解した。少なくとも喧嘩慣れしていないようではないし、命を賭けることに臆しているようにも見えない。狂っていることだが」

「はぁ」

「これはいい傾向だと思う。お前の感性をおれの教えで歪める理由はない。だから」

 彼はそう言って、手に握っていた長細い袋から何かを抜いた。それは月夜にさえ輝く漆塗りの鞘だった。

 さらに続いて、鞘を腰のベルトに挟んで固定する。そのまま、まるで流れるような見惚れる動作で、その透き通るような刀身を抜いてみせた。

「お前は限界を知ることを覚えるんだ。いいな」

「え?」

「マジで殺し合うんだよ。おれは死なねえし、お前は能力を行使しておれを殺しに来い。もちろん死ぬまではやらねえが」

 正眼で刀を構えるヤハラの眼光が、鋭く変わった。その瞳に捕らえられた瞬間、突如として遊佐の背筋が凍りつく。蛇に睨まれた蛙とはこのことか、と改めて恐怖を感じた。

「殺すつもりで行く」

 その言葉を契機に、戦闘が開始した。



「あんたのは戦闘向きじゃないでしょ」

 同じ時、別の場所でそんな会話があった。

 潮崎は馴染みのライダースジャケット姿で、鷹上は着慣れたコート姿で夜の、立入禁止のテープが貼られている公園の中に居た。

 遊佐から貰った小遣いでダウンジャケットを手に入れたミスミは、寒空の下で身を抱くようにして震えながら頷いた。

「たしかに」

「強みを知ろうというコーナーってわけか」

 鷹上は紫煙をくゆらせながら言った。

「それに、瞬間的に状況を認識、理解、把握してそれに適応した行動をとれるようにすること」

「まあつまり、だ」

 鷹上は顔の位置まで引き上げた拳の先から、青白い火花を弾けさせた。ビリビリと、渇いた空気に乗って電流がミスミの肌を叩く。

 同時に、潮崎の吐く息が、淡い白色から熱気を伴う湯気に変わる。

 ミスミは緊張の余り一瞬だけ身をこわばらせたが、即座に構えて臨戦態勢をとる。

「経験を積むのが一番」

「だな」

 二人は言って、同時に飛びかかる。

 ミスミは辺りの利用できる全てを把握することに努めながら、遁走を開始した。

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