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5:辛勝

 鷹上は奔走していた。

 電話に応答しない遊佐の携帯電話を諦めて、すぐさまミスミへ電話をかける。彼女は二コール待たずに、電話に出た。

『も、もしもし!』

「ミツヒロはどこに居る!?」

『あ……わからない。でも、多分、駅の方に』

「そっちか……了解。多分あいつは敵と接触してる。さっさと来い!」

『は、はい!』

 それだけで通話を終えると、鷹上はきた道を引き返す。

 遊佐といつもブラブラ歩いているのは駅から学校の方向に向かう道ではなく、そこから北の、寂れた商店がポツポツとあるだけの通りだ。故に人通りもない。鷹上は今回もそちらに向かったと思っていたが、アテが外れたようだった。

「あの、バカ……!」

 どんな能力が判明したか知らないが、単独で敵と接触するなど愚の骨頂。意地やプライドなどで張り合うべきものではないし、これは交渉などかなぐり捨てた連中が集まる殺し合いゲームだ。

 間に合え、間に合え、間に合え。

 祈りながら走る。

 半径五キロまで広げた探索範囲に、遊佐の名はまだかからない。


     ◆     ◇     ◆     ◇


 クニオは拳撃による手応えの無さに顔をしかめた。その一撃必殺ともなる先手は、彼自身でも自慢としている筋肉と経験からなるものだった。それが不発になるのは、相手がまともに構え戦闘態勢に移行した後でなければあり得ない。

(油断していたはず……だろ?)

 拳と、額から鮮血を流す遊佐を見て、男は改めて首を傾げた。

「ってぇ……痛いな、マジで」

 メリケンサックで裂けた皮膚は、幸い傷が浅そうだった。ただ、手で触れただけで血まみれになる程度の流血はあった。

 左目に流れた血が入るのを拭いながら、遊佐は改めてクニオへ向き直った。

「待てよ、あんたが好戦的なのはわかったが」

「だっ、らぁ!」

 滑るような足さばきで距離を詰め、眼下から振り上がる槍のような鋭い一撃。力いっぱい地面を蹴り飛ばして、距離をとることでやり過ごす。

「話を聞け! 俺に、戦う意思は――」

「ダボが、おれにはあるんだよ!」

 クニオは肩で風を切り詰め寄ってくる。走ってこないのが厄介だな、と思いながら遊佐は同じ距離を保ち続けた。

「何でだよ、俺は一ポイントしかないし、欲しけりゃくれてやる!」

「そーゆー問題じゃあねえんだよ」

 勢い良く後ろに下がれば、やがて固い何かが背中を打つ衝撃があった。

 周囲への確認が不足していた。背後にはそびえ立つビルの影。

 目の前に覆いかぶさるように迫るクニオから、早くも拳撃が放たれていた。慌てて身を屈め、横に転がり込む。次いで膝蹴りが虚空を打ったのを横目に見ながら、即座に立ち上がって走りだす。

「はは、面白いな、お前」

 冷徹な声の中、ピコン、とズボンの中で音がした。

 また敵か、とスマホを取り出して横目で確認をする。ポップアップには、

『クニオさんのプロフィール更新のお知らせ』

 とあった。

「な、はあ? なにが」

 言いながら確認する。後ろからクニオが迫ってくるが、到底無視できるようなお知らせではなかった。

 プロフィールを確認する前に、ポップアップからアクセスした先に更新履歴があった。そこには、『異能傾向の弱から中への成長を確認しました』とあった。

 プロフィールを見る。

 確かに、先ほど見ていた『弱』の字は、『中』へと変わっていた。

 そして――遊佐はまた、壁にぶつかった。今度はあるはずのない、路上の壁。見上げるほどに高く、空と結合しているのかと見紛うような巨大さがそこにはあった。

 それに伴うようにして、壁の接地部分の地面は僅かに削られたように他と比べて低くなっている。

 次いで、後頭部に衝撃。視界が、意識が白く染まった。

 さらに腰部への激痛。突き抜けるような痛みに、呻くことすら出来ずに前のめりに倒れこんだ。壁にすがるようにして、ズルズルと地面へ落ちていく。

「お前ほど良く逃げてくれるのは初めてだぜ。おら、もっと逃げてくれよ、なあ!」

 言いながら、そのつもりなど毛頭無いように横っ腹を力任せに蹴り飛ばす。

「ぐはっ!」

 遊佐は肺から無理矢理に吐出された空気と共に、ようやく呻く。

 呻きながら転がり、ポケットからライターを取り出した。彼の中にあるのは生存本能――ではなく、純粋な、クニオへの悪意だけだった。

「ぶっ殺すぞ……てめえ」

 痛みが少年の本能を呼び覚ました、というよりは、露呈させたというのが正しい。それは彼の一面であり、全面でもあるのだから。

「ああ? 出来んのかよクソガキが」

 笑うように言って、クニオは再び近づいてくる。距離を見て、速度を見て、足撃の為に一瞬だけ立ち止まるタイミングで、ライターを着火させた。

「がッ……ああああッ!!」

 足元から噴出する業火の火柱。それは瞬く間に膝の高さを超え、遊佐を見下ろしていたその顔を焼き焦がす。

 クニオは絶叫と共に顔を覆って後ろへ飛び退く。肌が焼け、火が灯る髪を叩いて消化する。サングラスの為、幸い目は無事だったが、

「て、めえ……!」

 それが決定的なまでに、クニオに執念とも言うべき憎悪を抱かせた。

 サングラスを投げ捨て、靴底で踏み潰す。その先でサングラスが靴にへばり付き、その先端で刃の形状に変質した。

 異能タイプ『創造』。物質を再構築するのが、彼の秘めたる力だった。

「ぶっ殺しゃしねえ。生きてることを、おれに歯向かったことを後悔させてやる」

 言う間に、跪くまで姿勢を直した遊佐がライターを突き出した。所詮こけおどしだと侮るクニオへ、ライターから何らかの液体が勢い良く噴出する。その液体が身体にかかった時、妙な臭いからオイルだと判断した。

 その時には既に、遊佐はライターの着火装置を力強く摩擦させていた。

 散った火花が、空気中に散布されたオイルに引火する。そこから導火線のように伸び、瞬く間にオイルで濡れた総身が炎に包まれた。

 ぼう、と目の前が赤く輝く。暖められた空気が風を起こし、火の勢いを強める。

 クニオは言葉にならない絶叫を上げながら上着を脱ぎ捨て、ズボンを脱ぎ捨て、そのまま地面に転がる。肌着と下着は未だ燻り肌を焼く。その中で、彼の側頭部に固い何かがぶつかった。

 見上げた先には、先程まで見下ろしていた少年の顔があった。

「や、やめ」

 革靴の先端で、力の限りクニオの頭を蹴り飛ばす。ゴン、でもドス、でもなく、ゴツをより鈍くしたような音が響き、クニオはもう何も言わなくなった。

 頭を蹴り飛ばされた彼はそのままうつ伏せになったまま動かない。やがて、ポップアップを知らせる電子音が響いた。

 近くで壁が崩壊し、ボロボロと崩れ落ちるアスファルトの塊が、轟音を立てて地面を振動させた。

『戦闘に勝利しました。クニオさんからユサさんに、一ポイント譲渡します』

 この前とは違い、今回は簡単にそれだけのメッセージだった。

 また、ピコン、と音がなる。だがもう、それを確認する気力はなかった。

 遊佐は短く息を吐く。吐き捨てると同時に、ひどい嘔気がこみ上げてきた。頭もガンガンと脳内でドラを鳴らし続けるような痛みがするし、身体の節々も痛い。腹部など、筋肉が微塵に裂けてしまったかのような痛みだ。

「か、風邪かな」

 一人冗談でも呟いてみるが、虚しいだけで、

「んなわけねえだろ、馬鹿か」

 だから瓦礫の向こう側から聞こえた声に、遊佐は膝から崩れ落ちそうになるほどの安堵感を覚えた。

「……はぁ。遅いぞ、バカ野郎」

 死ぬかと思った。心底実感する。相手が己を侮り、用心深く無く、激高し易いタイプだったのが幸いしただけで、今回色々な意味で生き残ったのは奇跡としか言い様がない。

 瓦礫を飛び越えて鷹上が駆け寄ってくる。背後から、バイクの駆動音も聞こえてきた。

「馬鹿野郎はお前だ馬鹿野郎。とっくに死んでるもんだと思ったぞ」

「うるせえな、はあ……マジでもう、今日学校行けねえわ」

「とっくに行かなくって良いんだよ! ったく……どんな能力かしらねえが、ともかく今回は無事で済んだ。だがな、もう二度と単独で行動すんなよ? どういう理由でミスミを遠ざけたか知らねえが」

「俺の為、だよ。誰かと居れば強くなれない。弱いなら、相応に動かなきゃ……」

「また、そんなことを……」

 鷹上は呆れたように呟く。もうかれこれ三年の付き合いになるが、ここぞといった時の遊佐は、いつもこの調子だった。裏方で必死こいて努力し、その旨味を他者へ献上する。それが最上の喜びであるように。

 事実、そうだった。努力するのは嫌いではなく、その努力が実り身につく己に充足感を覚える。持ち上げられるのも、褒められるのも、賑やかなのもあまり好きではない。

 だがそうして、そういう行動が周りに認められては居た。だから自然に溶け込み、友人も多かった。

「不器用なヤツだな、お前は」

 一言で言えばそんな男だった。共に努力すれば、その充足感は跳ね上がる。彼もそれを知っている。そう出来ないのは、彼の人付き合いが不器用だからだ。

「うるせーな。お前は、器用すぎんだよ」

「ともかく帰るぞ。しっかり傷の処置して、ミスミに面倒見てもらえ。おっさんにはオレが連絡入れとくから」

「ああ、頼む。はぁ。疲れた、体中いてえよ、死にそう」

 答えるが早いか、彼のすぐ隣にビッグスクーターが停車した。

「チビ君大丈夫!?」

 そこから飛び降りたミスミが、頭の奥底まで響くような声で遊佐に駆け寄った。

「ああ、大丈夫です。何の問題も、無いです。怪我も大したこと無いんで――」

 大丈夫です。再度そう口にする最中に、鷹上は力強く彼の背中を叩いてみせた。小気味よくバン、と音が響き、遊佐は苦悶の表情を浮かべて倒れそうになる。ミスミは慌てて少年を支え、次いで鷹上を睨みつけた。

「なにすんの!」

 そう言うも、鷹上はニヤニヤと笑みを浮かべたままで何も答えない。

 遊佐は弱々しい動きでミスミから離れ、引きつるような笑みを浮かべた。

「大丈夫ですから。帰りましょう」

 瓦礫で道を塞がれた道路から逃げるように、遊佐は歩き出す。数歩ごとに転びそうによろめく彼を支えてミスミは共に歩みを進める。

 残されたタルと鷹上は、そこで初めて互いを認識した。

「あんた誰」

「お前こそ誰だよ」

 二人の背を追うようにして、彼らは互いの素性を明かしながら遊佐の自宅を目指した。

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