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4:独断

「ポイント出しなさい」

 女、タルはそう言った。フルフェイスのヘルメットに、ライダースジャケット姿の少女はとてもビッグスクーターを駆るライダーには見えないほど矮躯であった。

 とても十六歳の少女には見えない。十七の遊佐が思うのだから、それは確かだった。

 精々十二、三。小学六年生か中学一年生に上がりたての子供がいい所。まさか女子高生などとは。

「ちょっと、妙なこと考えてんじゃないでしょうね?」

 タルは少し苛立ったような口調で言った。

 呆然とする遊佐の前に、ミスミが立ちはだかる。

「あたしは三ポイントあるから良いけど、彼は一ポイントの初心者なのよ。見逃してくれない?」

「うーん……」

 タルは腕を組んで首をひねる。「どーしよっかなー」と呟く言葉は、どこかふざけているような声色だった。

「やっぱダメだね」

「くっ」

 ミスミは歯噛みする。

 遊佐はまだ、事の重大性を理解していない。

「最悪、渡していいんじゃないですか。俺が能力者じゃなくても、それ以外の形で協力できるかもしれないし」

「……ねえチビくん」

「はい?」

「本当にポイントを失っただけで、済むと思うの?」

「え?」

「あたしも見たこと無いけど、たぶん、誰も見たことがないと思う。殺害される以外で、ポイントを失ったプレイヤーを……」

 ただ登録するだけで能力を与えられるような技術力だ。それに関わった人間を、ただで野放しにする筈もない。そしてまた、与えられた能力自体が、本部に抗えぬような枷としているに違いない。

 ミスミを含め、ほとんどのプレイヤーがそう考えていた。

 だが遊佐は、それを聞いてもまだ信じられない。そこまでする必要があるのか、と思う。

 思った所で、どうになるわけでもない。少なくともこれに参加している連中は、己に能力が必要であり、それは命を賭してまでも守るものだと動いているのだ。

 だから、と思った。

 遊佐はミスミを押しのけて一歩前に出る。彼はまだ、能力や設定などの理解はしているが、全てに納得しているわけではない。

「――君に訊きたい。答える条件として、ポイントをくれてやる。いいな?」

「はあ?」

 遊佐の言葉に、少女は小馬鹿にしたような笑いを含んだ口調で言った。

「どのみちあんたをぶっ殺せばポイントは入るんだよ。条件とかそういう問題じゃないんだけど」

「ぶっ殺せればな。で? 答えろよ、イエスかノーでしか判断しねえぞ」

 強気の言葉に、ミスミは心底背筋を凍らせた。はったりや度胸で対等な立場まで登り上げるつもりだろうが、相手が好戦的な場合では逆効果になる。

 いわゆる博打だ、と彼女は思う。だから既に意識は、バイクに向いていた。

「初心者風情が調子コイてんじゃねーわよ」

「喚く割には口だけだな。なんのつもりだ?」

 一歩、また一歩と遊佐は前に出る。一方でミスミは、密かにバイクのエンジンを切り、差しっぱなしのキーを地面に弾き落とした。

 タルは何も言わない。表情がわからないため、攻撃の決意を果たしたか、臆しているかの分別が付かない。それに、ミスミは密かに怯えていた。

「俺は納得出来ない。なんで先が知れないのに、戦い、殺し合うんだ。もしこの能力がお前らの思想まで洗脳するに至っているなら、俺は――」

 ぎゅ、と拳を固める。表情を消していた遊佐の顔に、僅かな怒りが灯る。

 彼はまだ戦いという戦いに巻き込まれたことはない。だが公園での惨状、そしてヤハラから聞いた悲劇が想像を膨らませる。

 否応無しの戦闘が、望まぬ死を産んでいる。そして目の前の少女も、後ろのミスミも、そして鷹上も、もしかしたらヤハラも、そんな連中に殺されてしまうかもしれない。

 知り合いが殺される。己が間接的にでもそれに関わってしまったのならば、そしてどうにかしたいと思うのならば、行動するしか無い。

 だから遊佐は、

「お前を力づくでも止めてやる」

 構えもなく、そう言い放つ。ライターの炎を、カップのお茶を増やす程度の能力が役に立つとは到底思えない。だが少なくとも、それが己の力になると彼は信じていた。

 少女は遊佐の問いに迷いを産んだ。

 遊佐は自問自答の中で戦う理由を産んだ。

 二人の間に共通する部分があるとすれば、己のことを己で考え己を信頼して行動していることだろう。

「それで、どうしてだ? 事によっちゃ――」

 ピコン、と音が鳴った。それは目の前と後ろで同時に響いたものであり、遊佐は一歩退いて確認の許可を出す。彼女は小さく頷いて、ヘルメットの側頭部を軽くタッチした。するとスマホの画面が、バイザー部分に投影される。

「……鷹上、ですか?」

 少しずつ後ろに下がって、ミスミに訊いた。彼女は残念そうに首を振る。

「お前の身内か?」

 表示されているウィンドウを確認して、タルは小さく首を振った。

 彼女を信じれば、第三勢力ということになる。ここでのバトルロイヤルは避けたいが……。

「半端ないね、今日のエンカウント率」

「そんな日もあるんでしょう」

 ともかく、と遊佐は考えなおす。今タルを掴みかけている。問いに即答しないということは、己の中で迷いがあるということだろう。

 つまり、彼女が得たポイントは巻き込まれてしまった戦闘の中で獲得したものだと思ってまず間違いはないはずだ。そして何かが契機となり、狩猟じみた事を始めたのだ。

「おい、タルさん」

「っ」

 呼ばれて、彼女は小さく肩を弾ませた。力量差は見ずとも圧倒的とわかるはずだが、何故か彼女は何かに怯えていた。

「さっきの問いに答えなかったな。条件を変える」

「な。何に」

「敵が交渉に応じなかった――つまり戦闘状況に陥った――場合、手を貸してくれ。死ななければポイントを渡す」

「し、死んだら損じゃないのよ」

「死んだ時の事を言うんじゃないよ、縁起でもない。ねえ?」

 調子よくミスミに切り返す。彼の会話のノリについていけず、ただ相槌を打つだけになった。

「ねえ君、テンション高いの?」

 袖を引っ張り、意識を自身に向けさせる。

 彼は苦笑したような顔で、小さく首を振った。

「あげようとしてるんですよ。テンション上げないと、他力本願になっちゃいますから」

「君は、根が暗い人なの?」

「……はは、さあ、どうだか」

 ややあって、彼は頬を引きつらせて笑顔を見せる。そうして短く息を吸い込んで、今度は彼がミスミの手を引っ張った。

「タル、答えを聞かせてくれ」

 矮躯の頭に合わせて拳を固める。遊佐はそのつもりはなかったが、胸の辺りまで腕を引き上げると自然とそうなっていた。

 脅しに見える。タルはそう思った。事実脅しであり半ば偶然で今は故意による構えだったが、それも彼自身の真摯な視線によって中和されているようだった。

「私は、自衛の為に戦ってるだけ。これもそう」

 彼女はそう言って、ビッグスクーターのシートを叩いた。そのついでにいつの間にか落ちていたキーを拾い、挿し直す。

「あんたら知らないの? ここらへんは都心直結の国道と路線がある上、駅も近いから人通りも多い。だから比較的、エンカウントも多いんだよ」

「じゃあなんで、お前はわざわざ突っ走って俺たちに?」

「……人探し。でも、あんたらは違った。違ったけど……出会ったからには、狩るしか無い。そういう日々だった、最近は」

「ご苦労さん。詳しく聞かせてくれるなら、また時間がある時にお願いしたいんだが」

「ああ、いいよもう。面倒だね、あんたって……ともかく、協力してくれるんならこちらとしてもありがたい」

「それじゃあ」

 言って、遊佐はミスミを押し出す。

 彼女はわけもわからぬまま、タルの前で立ち尽くした。

「この人と一緒に、学校の方に車走らせて。あとは適当に逃げまわって、接触しなければそれでいい」

「……あんたが一緒、ってわけじゃないのね」

「ちょっと、チビくん!?」

 驚いた顔でミスミが口を挟む。押し寄せてくる彼女の両肩を掴んで、押し戻した。

「俺じゃタルの力になれない。協力関係を結ぶ上で大切なのは信頼です。ミスミさんなら、助力に慣れるのは確実でしょうし、俺では足手まといでしかない。俺たちにとって必要なのは、信頼できる仲間を増やすことです。俺が何よりも許せないのは、このゲームを楽しんでるヤツだ。だから」

 言っている間に、タルはスクーターに乗り込んでいた。

 彼女は少し苛立った様子でミスミへ顔を向ける。

「話は分かったし、あいつは今話がわかるような奴じゃない。あんたもわかるでしょ?」

「だ、だって」

「あー、うるさいな。見てなかった? 聞いてなかったなんて言わせないわよ。あいつはどうあっても自分を貫くし、今はあいつなりの考えがあるんでしょうよ。あいつは人の心を理解してそうだけど、思いやりには欠けてるみたいだし」

「それでいいです。だから、早く」

 無理やり押しのけば、彼女は横座りでシートに腰掛ける。今しかない、とばかりに動き出すビッグスクーターに、ミスミは慌てて座りなおしてタルの身体を抱きしめるように掴んだ。

 疾風のような速度で歩道から車道に飛び乗って消えて行くビッグスクーターを見送りながら、遊佐は一息つく。

「タルは味方になってくれそうかな……これは良い事、だけど」

 遊佐は考える。

 自分の戦う理由。戦わなければならない状況ならば、それをより強固にしなければならない。そしてなにより、

「俺は、駒として動かなきゃ」

 集団の中で最も弱い個体は、盾か囮など、最大限に活用しなければならない。

 己が最弱ならば、最弱らしい働きをしなければならない。

 自己犠牲の精神や、そうしている勇猛な自分に酔っている、というわけではない。

 大切な何かになりそうな彼らを守るために、自分は戦う。いつでも自分はそうだった、と彼は思う。

 だから、今回も――。


     ◆     ◇     ◆     ◇


 増幅させられるのは、『流れ』と『液体』だと認識していた。

 試しに駅前に来るまでに色々なものを試していたが、やはり現時点ではそれだけだった。

 遊佐は一つ息を吐く。白く煙る吐息が、澄んだ空気の中に溶けていく。

「それだけじゃ、ないだろ……これは」

 ジャラジャラと様々な装飾を身に付ける一人の男が居た。男はしきりにスマートフォンを確認しながら、辺りを見渡している。その長身は、雑踏の中で頭一つ抜けていた。

 そして既に、遊佐のスマホはポップアップを表示させていた。

 名前は『クニオさん』。身長一八六センチ、体重一○二キロの筋肉質、年齢は二二歳とある。

 異能傾向は『弱』の『創造』。ポイントは十八。

 このプロフィールに見合う男は、彼しか居ない。

 人通りの多いロータリーから、繁華街へ向かう。その先は、遊佐のマンションだ。

 彼は記憶した男のデータを反芻しながら、能力と、対処を考える。思いの外早く見つけてしまった事はともかくとして、相手がこちらを見つけられるとは限らない。

 少年は、クニオを背後にして道を先行していた。繁華街の雑踏に身を隠しながら、仮に存在が露呈した時の事を考えて人通りの少ない場所へ向かう。

 クニオはサングラスを掛け、ニット帽を被っている。肌は健康的に焼けていて、デニム地のジャケットがはち切れんほどの隆々とした筋肉がよく目立っていた。

 今はまだ、ポップアップの表示はない。つまり最低五○○メートル以内に、能力者は遊佐とクニオ以外に居ないことになる。もっとも、表示されても確認はできない。背後に敵を控えている現状で、リスクは最低限に収めなければならない。

「絶対に、感覚が冴えてる」

 困ったように彼は呟いた。

 直感や危険に関して、少しは鼻が利くと思っていた。だがクニオを見つけられたのは、とても偶然とは思えない。

 つまり自発的に増幅出来るものとは別に、自分自身の感覚的なものは、デフォルトで増幅されているのではないか、と思う。

 繁華街を抜ける。人通りが少なくなる。

 殺風景な、ビルだけが立ち並ぶ道路。遊佐は緊張に耐え切れず、向かい側の歩道に渡るために横断歩道の前で立ち止まった。押しボタンを押して、信号を待つ。

 クニオがすぐ近くを通り過ぎる。それと同時に、ピコン、と音が鳴った。

 全てがミスだったと自覚しながらも――全てのミスはそれだけだった、と遊佐は願う。

 反射的に後ろを向いた。クニオは遊佐に顔を向けた。彼らには、それだけで充分だった。

 やはりポイントを利用して何か利となるものがあると遊佐が確信したのと、

「オラァッ!」

 メリケンサックが握られた拳が問答無用で遊佐の額をぶち抜いたのは、ほぼ同時の事だった。

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