表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/26

1:同盟

 『ユサさんの半径一キロに”あしあと”を残した方がいます』

 その公園の入り口には、黄色のテープが貼られて封鎖されていた。『立入禁止』のテープは、県警のものだと続いて記されている。

 その中はひどい有り様だった。

 公園の遊具という遊具は全て融解して、出来損ないの飴細工のように固まっている。地面は黒く焦げつき、木々や垣根は余すこと無く燃え尽き灰と化していた。

 まるで爆弾でも落ちたような、そんな様相を呈していた。

「何を、どうすりゃ……」

 つぶやき掛けた時、スマホの鳴らした音を思い出した。

「……やっぱり、説明しなきゃだよなあ」

 鷹上が何かを呟く。遊佐は気にもせず、スマホを確認した。

 紹介されているプロフィールは『アメスさん』とある。長身痩躯で、異能傾向は『強』の『強化』。いかにも強そうだ、と思いながらそれを眺めていると、鷹上はそそくさとテープを跨いで公園の中へ足を踏み入れていく。

「何してんの」

「死にたく無かったらこっち来い」

「はあ?」

「マジだから」

 言いながら、彼はさっさと奥へと進んでいく。遊佐はわけもわからぬまま、その後をついていった。

 焦げた地面は霜柱でもあるかのようにサクサクと音を立てる。濃厚な焦げの臭いにむせそうになりながら、やがて粉々に砕けた何らかの残骸の山の手前で、鷹上は立ち止まる。

 彼は無言のまま、手を前に翳す――瞬間、その手の先から青白い何かがほとばしった。

 それが電流であることを遅れながら認識した瞬間、今度はその数メートル先の何もない空間で、決定的なまでに電撃がはじけていた。

 身長ほどの高さからの落雷。腹の奥底に響く衝撃と、光の明滅、炸裂音、その全てが一挙に押し寄せた。

「な……」

 見上げる空は清々しいほどの晴天。雲間ひとつなく、故に太陽からの鋭い日差しに目を焼く。

「あのゲームを始めると、何らかの理由で一部のユーザーに超能力が与えられるんだ」

「与えられる……?」

「アカウントにログインした状態じゃないと能力が使えない。さらに言えば、ログインした後の静電気みたいな痛みの後じゃないと、だな」

 鷹上は頭を掻きながら続ける。

「オレが思うに、あの電流でなんらかの作用があって影響を受けるんだろ。生体電流の増幅なり、遺伝子の変質なりで」

「あるいは、思い込みで」

 遊佐はそうつぶやいた。鷹上は「それもあったな」と苦笑しながら頷く。

「不思議なもんだな」

 少年は、鷹上からの突拍子もない冗談ともつく話を、疑う余地なく信じていた。

「よく分かる」

 それは鷹上の起こした超常現象に妙なほど現実味を感じられたからか、あるいは自分がそうだからか。

「オレらは、この能力で、このゲームと同じことをしていく。近くのプレイヤーと戦闘し、ポイントを獲得していく。その勝ち上がっていった先は、誰も知らないし、戦闘は辞退も回避も出来る。だが……」

 声は消える。鷹上が少年を見る。否、その背後の、先を見ていた。

 思わず振り返れば、視線の先に一つのシルエットを認める。長身のスーツ姿。手袋と、握られる鞘袋を除けば至ってどこにでも居るだろうサラリーマンの風情だった。

 ただこけた頬、疲れきった顔、深く刻まれたクマ、それでも精悍な顔立ちは、そこいらの会社員にはない威圧的な雰囲気がある。

 異能傾向『強』のプレイヤー。胃がキリキリとストレスを訴える。

「飽くまで戦闘特化の超能力だ。大概のプレイヤーは、殺し合いをする」

 その言葉が、あまりにも現実離れしていたのを感じる。だがそれでも、やはりただのアドバイスとして聞き入れている自分があった。

 遊佐は思う。この頭の冴えは、いわゆる順応だ。

 世界が変わったのではなく、自分が変わった。あるいは変わってしまった世界に、自分が入り込んだ。

「殺されんのか?」

「相手次第、としか言い様がないな」

 男、アメスは立ち止まりポケットからタバコを取り出す。黄色の、インディアンが描かれたパッケージはアメリカンスピリットのそれだった。

 咥え、オイルライターで火をつける。

 ゆっくりと紫煙をくゆらせ、彼は静かに、沈み込むほど低い声色で告げた。

「おれに殺し合いの趣味はない。ポイントやらにも興味がねえし、今おっかねえのは銃刀法違反くらいなもんだ」

 そういって、にこやかに笑う。本人はそのつもりだが、不気味甚だしい不敵な笑みにしか見えず、二人はかえって緊張を高めた。

「その刀は趣味かい」

「俺の能力が使えねえから、最低限の護身だよ。こっちは友愛の精神なんだが、相手は狂狗ばかりでな」

「そりゃいい。オレらも、初心者を抱えててね。あんたが、噂のルーキー狩りじゃなくて安心した」

 鷹上はいつものようにリラックスした口調で言った。

 遊佐は未だ緊張と警戒を高めたまま動かない。

「夕べのは、そうだったみたいだがな」

「……そうなのか?」

「ああ。見てたし」

 アメスはそう言って、滑り台だったのだろう残骸に背中を預ける。

「最初はサシで、三つ巴になったかと思えば、そいつが初心者狩りだった。最初の二人は良い奴だったな、惜しい連中だと思ったよ。生きてれば、友達になれたかもしれねえのに」

 思い出し、アメスの口からタバコが零れた。良く見れば、噛み締めた歯が、その力強さでフィルターを噛み切っていたのが見えた。

「だから、おれはあいつらの意思を継ぐ事にした。なんの思い入れもねえ、おれの勝手な行動だがな」

 だから、と彼は言った。

 気がつけば、男は刀に手をかけ、鞘ごと袋を抜き去っていた。

 白刃が、まだ午前の鋭い日差しに煌めくのが目にうつる。

「お前らに、自衛程度の力があるか、試させてもらうぜ」

 男は笑う。それは確かに、自他共認めるニヒルな笑みだった。


     ◆     ◇     ◆     ◇


「お前は下がってろ!」

 遊佐が肘で突き飛ばされる。同時に振り放たれた斬撃は、鷹上の鼻先寸での所を過ぎていった。

 同時に、その刀身に電撃が迸る。それを伝い、瞬間的にアメスの全身に稲妻が炸裂した。

「ぐっ」

 長身痩躯が僅かだけ硬直する。電撃の衝撃から解放された次に訪れるのは驚愕、次いで激痛を覚え、膝がしなるように折れそうになる。当然だ、まともな人間ならば一瞬で気絶できる電流を放ったのだから。

「はぁ……っ!」

 呼気一拍、アメスはそれだけで耐え忍んだ。姿勢は揺らぐこと無く、眼光は鋭く鷹上を捉える。

「良い反射神経だな。お前の自衛は認めた」

 視線が、鷹上の後ろに向く。それを遮るように、男の前に立ちはだかった。

「やめろ、こいつはまだ」

「問答無用!」

 鷹上は戦慄する。こいつの身体能力は伊達じゃない。能力を行使していないと考えれば、それだけで尋常でない脅威だ。そこに『強化』とする能力が加われば……。

「やめろっつってんだろうが!」

 静止も聞かずに横をすり抜けていくアメスに、激高混じりの電撃をぶん投げる。槍のような鋭さで奔流と化した閃撃が、刹那にして男の背中をぶち抜いた。

 瞬間、男の動きが停止する。だがそれも、やはり一瞬の出来事だった。

 戦闘に関する全てが未熟である彼らに、アメスの全てがあまりにも早すぎた。

「おれに」

 ゆっくりと首を後ろへ回す。己の肩越しに、彼は鷹上を睨んでいた。

「同じ技が効くと思ったのが間違いだな。言っておくぞ、おれの能力ちからは――」

 聞く前に鷹上はさらなる電撃を額の一寸先から噴出した。溜め込んだ電撃を、一点に集中させて力任せに弾き飛ばす最大火力の雷撃だ。

 が、それが触れる遥か以前に、アメスの肉体は速度に順応していた。

 手前で迸る一閃。炸裂する筈の雷槍が縦二つに別れた途端に、それは力の行く場を失い霧散した。刀身に流れた激しい電流も、それによって発する伝熱も、男へと伝うダメージとならない。

「適応の強化だ」

「……っ」

 化物だ、と思う。鷹上は、心底己が恐怖してしまったことを理解する。

 これまで三度ほど戦闘はしてきた。だがどれも、相手が力を発揮する前に稲妻で蹴散らしてきたのだ。殺し合いの前に相手が降参し、戦いは終わってきた。

 だが今回は違う。純粋なまでに、この男は殺せない。少なくとも超能力では対等に戦えない。

「だから――」

 ガン! と軽快な音が響いた。少なくとも男の頭のなかではそう響いたように感じた直後に、目の前が暗転する。

 どさり、と音を立ててアメスが倒れた。その先に、何らかの残骸なのだろう鉄パイプを握った遊佐の姿が現れた。それも溶けかけた、刺々しいシルエットだったが。

 遊佐はおもたげなそれを投げ捨てる。アメスの横に、転がること無く重い音をたてて落ちた鉄パイプは、それだけで尋常でない重量を感じさせる。

「はぁ……だったら、一撃で葬ればいいんだろ」

 額に浮かべた汗を拭い、遊佐は後味が悪そうに表情をしかめる。

「ひでえ音だったぞ。鈍すぎて……死んでねえだろうな」

 失禁しかけた鷹上は、それを感じさせぬ足取りでアメスに近づく。同時に、スマホが音を鳴らした。どうやら己のものではなく、遊佐のものらしかった。

 彼は何気ない所作で画面を確認する。鷹上は口を開いた。

「なんだって?」

「勝利おめでとうございます、だってよ。アメスさんから一ポイント獲得しましたって」

 その後には、簡単な説明があった。

 『初戦の勝利おめでとうございます。

 今後はこのポイントを失わぬよう、戦闘勝利の継続をお祈りします。

 またこのポイントですが、完全に消失してしまうとゲーム参加の権利を剥奪させていただきますので、ご了承頂ますようお願い致します。

 この戦闘の経験を糧に、益々のご発展をお祈り致し申し上げ、簡単ではございますがお礼まで申し上げます』

 と、まるでビジネス文書のような文章が続いていた。

 つまり、戦闘に勝利すれば無尽蔵のポイント発生ではなく、対戦相手からポイントを受け取ることになる。ポイントが無くなれば能力もこのゲームのログイン権も喪失し、全てが元通りになる。

 逆に言えば、ポイントがある限り、この戦闘は半永久的に続くわけだ。

「戦闘中は、お前自身が設定してる”あしあと”の範囲から逃げることで一時戦闘は休戦になる。その先で、範囲外からの攻撃で死んでも、事故で死んでも、ポイントはそのまま消失だ。もっとも、相手の範囲内ならそのまま加算されるがな」

 鷹上は辟易したような口調で言った。まったく参った事に巻き込まれた、と愚痴るようだった。

 そのまま屈み込み、アメスの頭を少し高くするように腕を入れてやる。気道確保だ。それから、自身のブレザーを上にかけてやる。

 脈も正常、呼吸もある。後遺症さえ心配しなければ健康だ、と鷹上が言った。

「もちろん、リタイアもある。戦闘中にあしあとのページから、『敗北認定』のボタンを押す。これでポイントは自動的に相手へ譲渡され、相手はお前を狙う理由を失う」

「また殺せばポイントが貰えないのか?」

「無理だ。同じ相手からは、二度は獲得できない――が、相手を斃した状況によってポイントの付与が異なるんだよ」

 アメスのポケットを弄り、タバコを取り出す。一本だけ抜き取るとそのまま火をつけて、ゆっくりと紫煙をくゆらせた。

「今回のように気絶させれば一ポイント。殺害すれば、持ってるポイント全部。もちろんバトルロイヤルでも、やったやつに加算される。戦闘中の事故とかに関しちゃしらねえが、多分ノーカンだろ」

「誰が見てんだよ」

「知らねえよ、お知らせの判定からして、どっからかリアルタイムで監視できるんじゃねえのか」

「それで……」

 なかなか減らないタバコを味わう鷹上に、遊佐は立ち尽くしたまま、恨みが篭もる目つきで言った。

「なんで俺を巻き込んだんだよ。お前も能力が使えるってことは、全部知ってたんだろ?」

 問いかけに、鷹上はただ紫煙を吐く。口から、鼻から、白く染まる吐息がなお白くなるのを、遊佐はただ眺めた。

 たっぷり五分ほどの間があって、一本のタバコを吸い終える。そのまま落として、靴底で火種を消す。

 アメスの指が、足が、ぴくりと痙攣した。意識を取り戻す兆候のように見えた。

「初めは、単純にポイント目的だった。紹介で一ポイント、さらにお前からの譲渡で一ポイントの予定だった」

「……ああ」

 まだ納得できる、と思った。恐ろしい思いはしたが、結果的に無傷のままだ。チビって下着の心配もないし、トラウマとして残るほど繊細なタチでもない。

「今ならまだ、その予定が遂行できる。足を踏み入れる前に、元に戻れる。正直オレの認識が甘かったとしか、言い様がないんだ。今回のことは……だから、その鉄パイプで、オレも思う様殴り飛ばしてもいい。最後の一服も済んだしな」

 遊佐はしばし考える。否、考えるふりをした。

 答えは決まっているが、鷹上には少し仕置きが必要だと思った。アメスとの戦闘を見て、甘い所もある。無論、その火力や先手の速さは充分な強みだが、このままでは彼自身が危うい。

 彼が事故でこの戦いに巻き込まれてしまったなら。

 そう、なら己も、半ば事故で巻き込まれたようなものなのだ。

「じゃあ」

 遊佐は握りこぶしを作って鷹上に歩み寄る。彼は意外そうな顔をしつつも、痛みを覚悟して目をつむった。

 勢い良く引き上げたテレフォンパンチは、柔らかく青年の胸を叩いた。また、鷹上は驚いたような顔をした。彼らしくない、余裕も緩さもない顔は、久しい感じだった。

「くれるのも癪だからさ、お前のポイント全部もらってから辞めるわ」

「な……おい、いいのかよミツヒロ」

「今が考えなしの発言で未来の俺が怒ったとしても、俺は今そう思ってるんだ。これも何かの縁だ……なあ、アメスさん?」

 声をかければ、それを契機にゆっくりと身体を起こし始める男があった。

「……ああ、良い正義だ。お前の自衛も見事だな」

「タイミングが良かっただけだよ」

「そのタイミングを見極める力だよ。それにおれ好みの二人だ……なあお二人さん、こいつも何かの縁だ」

 痛みは無いのか、何事もなかったような足取りで二人に近づく。

 アメスはそうして、両手を二人に差し出した。

「おれと友だちになろう」

 アメスが笑う。それは確かに、自他共認めるにこやかな笑みだった。

 この男の腹はしれないが、表情に嘘をつけない性質なのだろう。二人は顔を見合わせてから、力強くその手を掴み、握り返す。

 その場で、三人きりの同盟が作り上げられた。

 プロフィール欄に友達の数、そしてアメスを筆頭にするグループが自動追加されているのを知って遊佐が戦慄するのは、その夜のことだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ