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2:圧倒

 遊佐を中心にして、ただの風だけで皮膚が焦げ付きそうな熱が発生した。

「小手先でぇっ!」

 機敏に動けない鷹上を守るようにヤハラが覆いかぶさる。だがそれも、無意味だ。

 熱が、一瞬にして冷める。後に吹き抜ける痛いほどに冷たい風が、火傷しかけた身体に突き刺さる。

「殺せるわけ、ないだろうが」

 一瞬にして詰め寄る無数の影。刃を構えた数十が、怒涛となって押し寄せる。

 グオン、と義腕の中で何かが唸る。腕が勝手に機動し、腕部装甲から剥がれた数枚の鋼の板が、拳を包む。腕は鋭い切っ先をつけた杭のような形に変形した。

 即座に腕を突き出せば、貫いた一つの影に大穴が開き、そこから徐々に形成を崩して流砂のように散る。

 横並ぶ影が刃を振り下ろす。だが鋼の腕の前では、所詮なまくらに過ぎない。刀を弾いて横薙ぎに払えば、皮一枚程度の些細な傷で瞬く間に消え去っていった。

「増えろ」

 遊佐が呟く。頭の先に雷撃が落ちたかのような衝撃が全身を巡ったその刹那、遊佐の視界は一気に開けたような感覚を得た。

 刀を振り下ろされる位置を、感覚的に悟る。どう躱すか――あるいは、どう動けば先に撃破できるか。

 影は脆弱だ。だから頭数を揃えれば叩けると思っていたが、まさか相手の方が軍勢にかまけた物量作戦で来るとは。

 そう呑気に考えながら、刃が振り下ろされ肌に触れるよりも先に腕を突き立てる。攻撃を受け、影が消える。

 そのまま軽やかな足取りで円を描くように身体を回し、己を取り囲み始めていた十体余りを一息で薙ぎ、かき消した。

 まだ視界は開けない。深く呼吸をしながら、イメージ通りに動く己に身体を重ねようとして……一陣の風と共に影の全てが吹き払われる。その光景を、目の当たりにした。

 遊佐の数歩先に、いつの間にか現れたヤハラが背を向けていた。

「いい具合だな、ミッチー」

 ヤハラは不敵に笑う。遊佐も真似して、ニヒルに笑った。

「お陰様で」

 疲労はまだ無い。無いが、少し負担に感じていた。神経伝達物質の増幅……これは神経細胞を活性化させ、脳の回転速度を跳ね上げさせる。故に常時強化されている直感は、さらに研ぎ澄まされることになる。

 多用は危険だと、初めて使った今に悟った。言わば、違法ドラッグを立て続けに使用するようなものだ。ドラッグ特有の副作用が無いだけだが、確実に負担にはなっている。次頭が良ければ反動も少なく済むのだが、この状況で楽天的に自負できるような頭は無い。

「随分と奇抜な義手を手に入れたもんだね」

 闇の中から來嶋の声が聞こえてきた。

「ああ、お前をぶち殺すには具合の良い腕だ。味あわせてやるよ」

「さすがに遠慮しておくよ。痛いのは嫌いでね」

 ぶおん、と風の切れる音がした。した時には、目の前にそびえる巨大な闇に、大きな風穴が空いていた。

「そっちは任せるぞ。おれはこっちから行く」

 遠くから響くヤハラの声に、遊佐は小さく頷いた。

 だがこの程度で看破される程度の男ならば、そもそもここまでの成長はなく、ここまでの暗躍も無かった。

 最も、並みの相手ならばこの程度でも十分に脅威であるのだが。

 遊佐が走りだす。先手を取られないためにはただ一つ、こちらが先手を取るしか無い――が、

「な、っ!?」

 一つの影が疾走する。単純に腕を突き出して終わる筈の敵は、高く跳躍して遊佐の頭上を飛び越した。

 首筋を冷気が撫でた。怖気がする。本能が、これまでと違うことを認識していた。

 即座に能力が発動するよりも先に、身体が動く。されどその程度で回避できる能力ならば特攻してくる筈もなく、遊佐の背面は瞬間的に凍りつき、氷塊が背びれのように覆い尽くした。

「ぐ、おおおっ!」

 杭を形作る義腕の、鋼板の一枚を力任せにへし折る。減少の能力で付け根の強度を下げれば、それは溶けたプラスチックのように容易に引きちぎることが出来た。

「たが、みぃっ!」

 受け取れ、と願いそれを投げる。投げた瞬間に頭上で受け取られた鋼板は、鋭い軌跡を描いて影を切り裂く。

「油断してんじゃねえよ」

 キン、と金属の切断音が響く。途端に背に生えた氷塊は瞬く間にして粉々に砕け散る。そうして電気によって熱された鷹上の手が、凍りついたその背を溶かしていく。

「霜焼けになんねえだろうな……」

「壊死しねえだけマシだろタコ」

「だが、マジに来てるってことだな」

 影が無数に散って徐々に包囲し始める。遊佐と鷹上は背を合わせながら、相手の出方を伺うことにした。


 動きが変わった。影が統率をとることなく、個々の力を最大限に発揮するように機動する。それらが相乗効果となり、自然なチームプレーへと変化する。

 だがそれも、全てが無意味だ。

 無数の斬撃が抜刀音に重なるほどの速度で影に襲いかかる。一瞬にして消え去った十を超える影が、視界を開かせる。

「す、すごい……」

 控える二人は、ただ感心する。手を出す余地がない。

 辛うじて、ミスミは振りかかる影を地面の隆起によって斃すくらいなもので、爆破の能力しか持たない潮崎には打つ手もない。

 脅威足り得ない。故に來嶋も敵として認識してすらいないのだろう。固まる二人へ、影が近づくことはなかった。

「僥倖……だが」

 ヤハラが小さく呟いた。己に敵が集中すれば、撃ち漏らす可能性も減る。そして一手で削れる数も増える。

「お前ら、自分の身くらいは守れよ!」

 倒しきれる数ではない。同じ能力が同時に発動するのは、影が複製されている証拠だ。そんなものを倒し続けたとして、いずれオリジナルの一個体に届くわけがない。複製が完了する時間すらわからないのだ。一瞬、刹那にしてそれが可能であるならば、もはや相手にする必要がない。

 振りかかる火の粉を、最低限払えればいい。全裸だとして、やけどしない程度でちょうどいい。

「は、はい!」

 ミスミの返事が聞こえるが早いか、ヤハラは走りだす。初速からトップギアに入れられたかのような俊足は、一瞬にして闇の中に飛び込んだ。

 が、道が開いた。蠢く影がようやく通れそうなほどの細い通路を構築する。見上げる空は、酷く狭く見えるほど小さくなっていた。

 一閃、壁となる影を斬り裂くが、すぐさま他の影が穿たれた穴を埋める。そもそも開けた穴の先に光はなかった。

 ヤハラは警戒して足を止める――筈もなく、猪突猛進とばかりに走りぬいた。その先に現れる一つの大柄な影。その手には刀剣のようなものが形作られている。

 それが瞬間的に膨張した。身の丈を超え、やがて通路を塞ぐ壁のように巨大化する。影は悠々とそれを振り薙げば、分厚い影の壁を両断する。低い位置で、外の光が眩く空間を照らした。

 跳躍しても尚壁の境を確認することが出来ない。遥か足元で攻撃を完結させた影を見下ろしながら、ヤハラは短く嘆息した。

「おれをさっさと潰したいってことか」

 刀を握り直した瞬間、壁から絞り出されるように出た一つの影が、地上で待機している影と同じように武器を持ち、それを巨大化させた。

「っ!」

 予測はし得た。即座に攻撃を受け流す為に刀を構える。

 想像通りに、先ほどと同じ太刀筋が襲いかかる。甲高い衝撃音を響かせ、斬撃が刀ごとヤハラを薙ぎ払った。ヤハラの腕が軋み、筋肉がプチプチと断裂するような音がする。

 弾丸のように弾き飛ばされたヤハラの肉体は、壁に勢い良く叩きつけられた。コンクリートの硬度とほぼ同じような硬さとなったそれは、余すこと無くダメージを痛烈に肉体に浸透させた。

「かはっ」

 一瞬、力が抜ける。ヤハラはそのまま高い空中から、地面へと真っ逆さまに落下した。

 初めての体験に、力の入れどころがわからない。困惑が、混乱を増幅させた。

「く、そっ」

 大きく息を吐いて、深く吸い込む。脳に酸素を送る。それだけで、ヤハラは何事もなかったかのように二本の足で着地した。

 だがそうして動きを止めた瞬間を狙って、巨大化した刃が肉薄する。逆袈裟気味に刀を沿わせるように当てる。触れた瞬間に刀ごと腕が吹き飛びそうな衝撃が叩きつけられた。

「がぁっ!」

 両腕にのしかかる尋常じゃない重量。いつ血管が破裂し、筋肉が断裂し、骨が砕けてもおかしくない。だがそれにさえ、対応する。

 頭の中で、何かが外れたような音がした。カチン、とギアが入れ替わる。新たなトップギアが追加され、勝手にギアチェンジが行われた。そんな感覚だった。

 刀に触れる己よりも遥かに巨大な漆黒を、渾身の一振りで弾く。瞬間、まるで重力が上方へ転換されたようにその影は勢い良く上空へ撃ちだされた。その過程で影は粉微塵になって消える。

 腕に痺れはなく、その身を満たす充足感だけが確かにあった。

 残る一体は、突如として脇の壁から湧いた。その瞬間に即座に突き立てた刃が、頭部を貫く。

「ヌルい……、なっ」

 不意に冷気が肌を撫でる。その出処を察して顔を上げれば、ただでさえ狭い空が無数の何かでうめつくされているのが見えた。凄まじい速度で降り注ぐ、数える事すら容易ではない物体。近づくにつれて冷えていく空気に、理解が及ぶ。

 氷柱だと認識した瞬間、空を埋め尽くしていた筈のそれは既に伸ばした刀に触れるほどの距離にまで肉薄していた。

 氷柱の軌道を捉え、速度を感じ、位置を把握する。頭上に迫る氷刃の時を一瞬だけ止める。無論それは感覚なもので、刀が届く範囲のものだけを選定し、一閃。同時に、破壊しようと思った全てが瞬く間に砕け散った。

 同じように、次の瞬間に来るものを砕く。砕く。砕く。

 連続する衝撃。触れた瞬間に砕ける指先ほどの小さな氷塊が、全身に振りかかる。それはさしたる問題ではない、が。

「ふっ、はっ」

 氷の刃が絶えることはなく、僅かな時間を置くこともない。僅か一つ呼吸をする間に数十の氷を砕く。空は黒く染められ、腕ほどの太さもあるそれらを一つとてまともに認めることは出来ない。さらにそれが一定の数ならまだしも、徐々に増えていると来た。

 地面は既に剣山など目ではないほど針の山が出来上がっている。

 頭上で砕け続ける氷。砕き続ける刀。既に動く影すら消えた腕。

 だが、それでさえも間に合わない――。

「っ!」

 撃ち漏らしたうちの一つが顔面に迫る。咄嗟に身を翻すも、頬を過ぎた刃は薄皮一枚を切り裂いた。

 身体を動かしたことにより、己に振りかかるだろう氷柱の位置も、数も、速度も異なる。破壊する対象を再認識するが、到底最小限というのは不可能だった。単純に間に合わない。

 不要な分までを破壊して、返しの刃で同じく破壊する。それを繰り返す。既に破壊音で聴覚は麻痺し、消耗する体力は桁違いに増大する。冷気で手先の感覚さえも失せてくる。

 おそらくは単一の能力者を、数千として増殖させて行っているから可能である猛威。

「野郎、舐め、やがって……!」

 数は増え、氷柱はやがて形を細く短くする。腕ほどの大きさが、間もなく指ほどのサイズに変化した。

 行動数が増える。精細さも要するようになってきた。体力の消耗は増大になり、神経すらも削られる。既に撃ち漏らした数は数千を超え、衣服はズタズタに切り裂け、全身は赤く染められた。

 その最中に、不意に頭の中で新たなトップギアが出現した。刀を振るう速度が増す――が、サイズが指から爪程度に変わった時、集中力、握力、そして体力の低下により、刃に打ち付けられる連続する衝撃に、ヤハラは負けた。

 手の内から刀が零れ落ちる。その瞬間、時間が遅延した。目に見える何もかもがゆっくりと動き出した。

 まずは右腕を貫いた。鮮血が飛び散る。次に肩。腿。つま先――痛みはそこまでだった。

 上空に華が咲いた。次の刹那に認識したのは頭上での凄まじい衝撃だった。

 そうしてヤハラの身を包み込むように、地面が隆起し半球状のシェルターが瞬く間に出来上がる。

 ばしゃばしゃと降り注ぐのは豪雨のような雨滴であり、爆破によって氷柱の全てが余すこと無く溶融しているのだと知る。爆発はまるで連鎖するように鳴り止むことはなく、手の感覚が戻り、呼吸が落ち着く頃には雨天も轟雷の音もすっかりと消え去っていた。

「あなたは一人じゃない」

 刀を拾い、手渡すミスミはそう言った。シェルターはボロボロと崩れて姿を消し、彼女は次いで用意していた包帯で傷口を圧迫するようにして覆った。

「ああ……すまない」

「謝らないで。あたしもここに来るのに、少し躊躇ったから」

「はは」

 ヤハラは渇いた笑いを上げる。

 それを漏らした瞬間に、影は湧いて出て二人の間を割った。それはヤハラの喉元を締め上げ、能力を試行する。絞殺するにはその力はあまりにも脆弱すぎたが、

「……っ」

 大きく息を吸い込む。空気は肺を満たすが、酸素は満たされない。

 血流を止めるように、氷の塊が血管を塞いだ。しかしヤハラはそれを認識できない。即座に影を斬り裂くが、能力の影響が消えないわけではない。

 爆発で溶かすわけにはいかず、血の持つ熱で溶かすには時間がかかる。

 こんなところで、こんな終わり方などと。

 ヤハラは何も口にすることが出来ぬまま、指先の痺れを覚えながら膝を崩す。落とした視線の先で、近づく影が実体を伴って、目の前で停止した。

 カチン――頭の中で、ギアが入れ替わる。無酸素状態に、順応する。

「自分で、戻れるか」

 吐き出すだけ吐き出すヤハラは、ゆっくりのらりと立ち上がる。悪鬼のような顔の彼に、ミスミはこくこくと頷いて一目散に逃げ帰っていった。他の影も、追う気配がない。

「悪ぃなミッチー、助けてもらうぜ」


「まったく、理不尽にもほどがある!」

 遊佐は都合数百体目の影を切り裂いた後、酷く呼吸を乱してそう叫んでいた。

 背中を守る鷹上も満身創痍で、まったくもって強者足りえる動きを始めた連中に手間取っている。一体減らした先から、一体増える。このチキンレースの終わりは、果たして俺たちの敗北でしかなかった。

 逃げ出そうにも逃げ出せない。そもそも逃げ出す理由はないが、現状を打破する手段も無かった。

 ないない尽くしで欲しがりのようだが、確かに彼らには遊佐の憧れるヤハラのような、圧倒的な強靭性と何であろうとも一蹴出来てしまう力が欲しかった。

 付け焼き刃は、研ぎ澄まされた刀にはかなわない。いくら名工の品だろうと、血を吸ってこそ真価を発揮する妖刀は新品時代こそ無名のナマクラだったはず。

 氷の刃が四方から降り注ぐ。遊佐は意識し、瞬間的に空気を沸騰させた。

 途端に溶融した熱湯が頭からかかる瞬間に、熱を減少させ、冷水に変える。その意識、集中だけでも疲弊する。だからその最中にさえ迫ってくる無数の剣士たちへの対応は、杜撰そのものだった。

 左腕の義腕で受け、受けた腕そのまま落として斬り裂く。テンポが悪く、受ける分だけ疲弊も倍以上になる。

 続けて受け、切り、切って受け、受け、受け。

 けたたましい金属音の衝突。連続する音が頭の中を支配する。狂ってしまいそうな音に、遊佐は改めて咆哮した。

「うざってえってんだよ!」

 一歩大きく踏み込んで影に刺突。そのままなぎ払うように一閃。遊佐の唐突な行動に動きを止めた影が、ただ一度の行動で無数に消えた。

 肩で息をして、思わず膝に手をついた。汗が額から伝い、顎から滴る。服の中が蒸れる。呼気が純白に染まった。

「鷹上ぇ……生きてるか?」

 そのまま倒れこむように背中を預ける。応える広い背中から、破裂しそうなほど拍動する鼓動が聞こえた。

「テメエより生存確率たけえわ」

「良く――」

 言うぜ、と吐き捨てようとしたその時、汗さえ一瞬にして乾きそうな一陣の風が吹き抜けた。

 己らを囲んでいた影が、まるで波の泡のように儚く消えた。

 視界が開けた。己の世界は、こんなに広かったのかと思う。大きく息を吸い込んで、終わりが微かに見えたような感覚が全身に満ちた。

「ミッチー、助けてくれ」

 一瞬で敵を蹴散らした英雄は、力なき少年の前で跪いていた。懇願するような声に、うろたえずには居られないが、その奥の背景から蠢く影を見て、その余裕すらないのを悟る。

「どうしました」

「呼吸はできるが酸素が届かない。相手は氷の能力者。血管が詰まっている可能性がある」

「……荒業ですが、ヤハラさんを沸騰させます。溶けた瞬間に冷却するので、耐えられますか?」

「オーケイ、頼んだ」

「一瞬です」

 言いながら、跪く男の頸部を掴む。瞬間、手のひらが焼け付きそうなほど細胞が熱を発し、肉体が炎になったのかとさえ錯覚する爆発的な暴風が発生した。

 そしてまた一瞬で、男の肌が元の温度を取り戻す。常人でなくとも即死レベルの熱の発生だが、ヤハラにはそれさえも通用しない。

「……ふう。すっとした、胸のつかえがとれたようだ」

 むくり、と起き上がり、立ち上がる。肩を回す彼は晴れやかな表情で言った。深呼吸をして、異常がないのを確認して、僅かに手に残る痺れを握って隠す。

「油断ならないとはこの事だ。おれたちは間に合わせのチームプレイ。連中は、たった一人の統率者によるチームプレイ。どっちがダンチかは言うまでも無いが、だからといって負けを呈するわけにもいかないんだ」

「もちろんです」

 改めて、意思を持ち直す。

 來嶋を殺す。どんな状況に置かれたとしても、これに変わりはない――のだが。


「矢原征一郎。君の強靭さには驚愕を禁じ得ない」


 声が、確かに空気を震わせた。

 影が収縮する。爆発の前兆を思わせるように、巨大な壁のように展開していたそれらが、やがて一つのシルエットの中に収まった。

 影が消え、姿が現れる。綺麗に切りそろえられた黒髪。利発そうな幼さの残る男の顔。拍手をしながら、來嶋一はまるで無力を提示するかのようにそこに居た。

「大地を砕く力にさえ順応し、諦めが先行する莫大な数にも対応する。パワー、スピード、テクニック。全てを兼ね備えている。いやはや、君ほどの人間は恐らくこの世には居ない」

「だから、おれと戦うのが厭になったなんて言わせねえぞ」

「まさか。僕はただ、君の弱点を見つけただけだ。君が、僕の能力に対してそうしたようにね」

 くつくつと、肩を震わせるように來嶋が笑う。広げるように右腕を払うと同時に、その右腕が鋭い漆黒の刀剣に変化した。

 それを認識した時には、既に來嶋の姿は消えていた。

 消えた、というのは正しくない。追い切れなかった。彼は音を超越する速度での移動術を用いて、誰もが知覚する間もなく肉薄していた。

 そしてもう油断はない。躊躇いはない。そこに理由はなく、義理はない。

 変化した右腕が、つまり鋭い闇の刃が、気がついた瞬間にはヤハラの胸を貫いていた。そして音速による衝撃がその一点に打ち込まれ、激しい風圧と共にヤハラが後方へと吹き飛んだ。弾丸を思わせる速度で、人形を思わせる無防備さで、肉塊を思わせる無力さで。

 幾度も地面に衝突し、その度に幾度も弾んで肉体を傷つけた。やがて路地を抜け車にぶち当たりながら減速し、息を呑む間もなく対面のビルの壁を破壊して、その中に倒れた。

「君の弱点、それは」

 來嶋が笑うように言った。

「君より強い個だ」

 頭数。それぞれの実力。全てを圧倒的に上回った男が、同盟の支柱を破壊した。

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