第一話 『初めての出会い』
ここ十年で、情報に関する技術は飛躍的に進化した。
今では携帯電話のほとんどが不必要なまでに高性能で、ほぼパソコンに近い機能を持っている。そしてその誰もが、それを使いこなすことができている。
ボタンひとつでネットバンクからの振込や引き出しが出来るし、引き出した金銭は端末に蓄積して電子マネーとして利用できる。この世界のほとんどで、共通通貨として利用できるようになったのはこれのおかげだ。
ホログラム技術も大きく進展し、今では様々な技術や装置への転用によってナビゲーションなどの効率化に繋がっている。
日常での他人との関わりも、むしろネット上でのほうが多いくらいになっている。知り合いともわざわざ顔を合わせること無く、手軽なチャットで会話を楽しむことが出来るし、テレビゲームだってオンラインで共有することが当たり前だ。
学校生活も、教科書やプリントもデータ化されているし、面接の際にわざわざ履歴書を紙面で用意する必要もなくなった。
一言で言えば、便利になった。
なりすぎた、と言ってもいい。それほど容易く、あまりにも気軽に個人情報をやりとり出来るようになってしまっているのだ。
遊佐弘充は未熟な頭で、漠然と暗号が飽和しやしないかと心配している。
だから未だにアナログの通帳を使っているし、お金を下ろす時もわざわざ古びたATMまで向かって、コンビニで錆びかけた硬貨で支払っている。
今の時代だからこそ、こういうのが安全だと信じきっている。
半ば思考停止しているのに近い。五十代を越えた、ようやくこの時代に慣れはじめた中年に似た感覚だった。
彼の持つスマートフォンは、唯一の現代機器と言ってもいい。これは最低限のものとして、友人に進められるがままに持った品物だ。
二年前のハイエンドモデルで、防水、防塵など物理的な障害に強く純正の無線LANは微弱な電波すら確実にアクセスする。メモリ三二ギガ、内部ストレージは三テラ。それでもCPUはスマホ用の型落ち品だ。もっとも、五年ほど前までパソコンで前線を張ってたモデルだが。
これのおかげで、遊佐はパソコンの購入を視野に入れない。
ただでさえスマホを使いこなしていないのに、それ以上の機器など豚に真珠だと考えたからだ。
「はは、スマホですら豚に真珠。この化石人間」
鷹上はそういって笑う。
「うるせえな、使いこなしてるっつーの! だからこうして、お前の勧めた怪しいにも程があるサイトに登録してんだろうが」
午前九時。自習時間に、まともに教科書を開いている生徒は居ない。まだ進路が決まっていない生徒は志願書や、履歴書に専念している。それだって、持参のノートPCを広げてキータッチしているだけだ。
今ではデータで先方へ送るのが主流だ。もっとも、出向く際には念の為に紙面としてプリントアウトするのは、まだ悪習として残っている。
そんな連中の後ろのほうで、声を潜めながら騒ぐのがこの二人だ。二月になったばかりの時期だが、さすがに昨日より今日の方が、人数は少ない。明日にはもっと少なくなっていることだろう。
「胡散臭いって」
「そもそもこういうのはあんまり好きじゃないんだよ、騙されんだろ? どうせ」
「慣れだよ、慣れ。見てりゃ業者だってのもわかるようになるし、美人局とかもなんとなく雰囲気でわかる。審美眼を磨くんだ」
「審美眼、ねえ」
言いながら、適当にプロフィールを作り上げていく。出身、身長体重、体型、タイプ、その他もろもろ。
続けて、鷹上がおすすめしていたソーシャルゲーム『サイキックバトル』。ドット絵を彷彿とさせる直球のタイトルだ。
ページにアクセスすると、『専用ブラウザをダウンロードするともっと簡単に遊べる!』とあった。特に迷わず、それをダウンロードする。
「今んトコはこっちがメインだからな。正直、出会いなんて暇つぶしでしかねえし」
「あれ、お前彼女居たんだっけ?」
「い、居ねえけど……気が合う奴が、今まで居なかったし」
「まあお前みたいなヤツと気が合うのなんてのも、稀だよな」
言いながら、データをインストールする。間もなくインストールされたものを起動させた。
ブラウザを立ち上げる際に、三つに別れた画面にそれぞれ美少女キャラクターが、炎や雷、水を纏い構える一枚絵が表示される。数秒のロードがあってから、画面が切り替わった。
瞬間、画面に触れる親指に電流が走る。ビリ、と針で刺されたような鋭い痛みを覚え、遊佐は反射的に顔をしかめた。
まばたきをしたのは刹那と言ってもいいほど短い時間だった。だというのに、その一瞬で彼が感じる世界というものが、全て余すこと無く、様相を変えてしまったように感じられた。
見たもの、触れたもの、気温、雰囲気、感覚的なものから全て、何も変わらない。だがそこには途方もない違和感がある。
何かが変わった――否、自分が変わったのか。
「おい、どうした?」
思考の錯綜を打ち止めるのは、友人の言葉だった。
「あ、ああ……いや、別に」
そういうのは、たまにある。疲れきった時とか、寝ぼけている時とか、調子が良すぎる時とか。その中で言えば、どちらかと言えば三つ目にあたる。唐突に頭が冴え始めている。程度は知れるが、とにかく冴えているのだ。
「ともかく、このゲーム……」
最初に、自分のキャラクターが詳細に表示されるページが出た。
身長、体重、体格――その全ては、コミュニティサイトに記載した全てが転用されている。アバターもそれに反映されたものとなっており、どことなく顔も似ているような気がした。
だが幾つか、見知らぬ項目があった。
『異能傾向』と、『異能タイプ』だ。
それぞれ『弱』と『操作』とある。それをみて、鷹上は一瞬だけ表情を消し――けらけらと笑い始めた。
「な、なんだよ」
「オレのはこれ」
言って、鷹上は自分のスマホを見せた。
彼の異能傾向は『中』とあり、タイプは『雷』。メディア作品でもポピュラーな類だ。
「すげえだろ」
「べ、別に」
「うらやましんだろ」
「そ、操作だってアレだろ? 念力だろ?」
「まあそっから派生して色々種類があるからなぁ。でも弱だし、伸びしろはあるけど、伸びが弱いぜ」
「うるさいなあ」
ランダムで選別されているのだろう。それにしたって、いかにも使いづらそうなものってのもない。遊佐は思いながら、画面に視線を落とす。そこには、
『規定の限定更新があります』
とあった。
いきなり公式からの更新か、と思いながらそこをタッチする。読み込んだ後、文章が羅列したページに飛んだ。
『ユサさんの半径一キロ以内に、”あしあと”を残した方がいます』
その下に、『ファルさん』という青字で表示されるリンクがあった。
「ファルさんって、お前だろ」
「おう。これはな、GPS機能を使って近くの相手を検索する機能だ」
「へえ」
「ステージとかなくて、対人がメインで全てだからな。ま、頑張れよ」
鷹上はそう言って席を立つ。ショルダーバッグを肩にかけるのをみて、遊佐が声を掛けた。
「帰んのか?」
「ああ。昨日近所で爆発があったとかで、公園がえれえことになってるみたいでよ。行くか?」
「まあ……お前が帰れば、暇だしな」
「んじゃ行くか。ついでにメシでもな」
午前十時にさしかかる頃合いで、二人は教室を出る。それをみて、同級生たちは皆一様に大きく息を吐いた。