第三話『刺客』
「ミッチー、お前は頭数さえ揃えれば、どんな敵だって敵にならないって言ったよな」
初心者狩りとの戦闘を経て一週間、傷が癒えて来たものの、万全だからといって再び初心者狩りとの戦闘を望むことは出来なかった。
寒風吹きすさぶ日中の公園。未だ立入禁止とされている公園の中で、二人は焼け野原然とした光景を眺めていた。
ひと通りのことは、一度全員と集合して説明した。その上で、同盟の解散も告げた。結果としてその前後での関係の改善はなされていないが、それでも初心者狩りの殺害を目的とすることは止めたのだ。
「戦車に、銃は効かないんだ。たとえ頭数を揃えたとしても」
「……でも、ヤハラさんはまだ、あいつを戦うんでしょう?」
「ああ。暫く会いたくはないがな、奴が人を殺し続けるなら、おれはそれを許さない。だが同時に、無謀と知れた連中を引き連れることも許さない。奴には弱点がある。それを補って余りある美点が腐るほどあるがな」
紫煙をくゆらせながら、ヤハラは続けた。
「お前はしっかりと説得させて貰う。付き合いは短いが、強情だってのはわかってる。それに巻き込んだ責任もある」
「いや、俺は別に……ヤハラさんがそう言うなら、特に相手する理由もないんで」
「バカ。俺は学校の先生じゃねえんだぞ。その場限りの言葉を信じるように見えるか?」
「す、すみません」
咄嗟に出てきた台詞が、容易く見ぬかれて少し恥ずかしい。
ヤハラは少し呆れたような顔をしてから、ふ、と息を吐くように力なく笑った。
「本当に数週間の付き合いなのに、お前ほど力の抜ける奴は初めて会ったよ」
「そう思って頂けたなら幸いです」
苦笑する。それから暫くは、他愛もない話をした。
身辺のこと、鷹上との付き合い、今後ミスミをどうするつもりか。潮崎のことだから一人で突っ走ってしまいやしないか。
だから改めて、遊佐は言う。
「俺らを纏めるには、同盟しかないんですよ。誰かの危険を最小限にするには、集まるしか」
確かに戦車は銃で壊せない。だが前方に泥沼を作成したり、地雷を埋めたりすることはできる。人はそうして、決して倒せないような化物までも撃破してきたのだ。
「力対力じゃ到底敵わなくても、頭を使えばわからない。三人集えば、って良く言うじゃないですか」
「使える頭なら、な」
小細工程度ならば通用しない。どう工夫しようとも、打破する程度の実力がなければ意味がない。
來嶋に勝利できるイメージが湧かない。奴は息の根を止めない限り、確実に一手で殺せるほどに強い。奴はなんらかの手段で他者の能力を行使する。今回は最大で二人分までを、そして交互に使用してきたが、それが悪い意味でブラフにしか見えない。限界を見せたようには到底思えない。
「でも、俺は諦めないです」
「死ぬぞ」
「それでも」
「生き残ったとして、苦痛しかない障害が残るぞ」
「構わない」
自覚がないから、決意が揺るがない。どれだけの戦闘を経て痛みを覚え傷を刻んだとしても、自覚がない。あるいは覚悟が出来過ぎているのか――。
「なら、異能傾向を中まで上がってからだ」
それが何よりも、遊佐のリスクを最低限下げる事になるはずだ。
「それは俺も思うところですが……どうやって」
「身近に居るはずだ。お前の経験の中でも……それが、まずはじめの、お前の仕事だ」
◇ ◆ ◇ ◆
弱から中への成長。
それは過去の戦闘の中、ある男が見せた変化だった。
「それで……どういう感じで、成長するんですか?」
自宅最寄りの駅前で、遊佐は雑踏の中壁を背にして通話する。
電波の向こうにいる相手は、なんでもないように言った。
『なんというか……何かの為に強い意思を持ち直す、って感じかなぁ。要は精神的な成長なのよ。自分のためのね。何かを守る為じゃなくて、まず自分の尊厳を守るような、確立する為の成長? みたいな』
明確だが、曖昧な答えでもあった。経験を知るものならば理解は易いが、それを目指す未熟者には到底認知の程に到達できない。
「ミスミさんは、どんな時に成長したんですか?」
『ん? ああ、まあ、そう、ねえ』
歯切れ悪く言い淀んだ彼女は、少しの間沈黙する。遊佐は静かに待っていると、ミスミはようやく口を開いた。
『あたしを踏み躙ろうとする相手がいた時にね、ちょっとね』
「そうですか……」
自分の場合に当てはめてみる。が、少し考えて可能性がないことに落胆する。
どのような敵が居たとしても、己のプライドを挫かれることでそのような成長を望めそうにない。
そもそも好きな仕事が裏方だ。こだわりのある裏方ならまだしも、ただ努力する己が好きなだけだ。
「ともかく、ありがとうございます」
『いえいえ。それじゃね』
「はい」
そうして通話が終える。同時に、ピコン、と音が鳴った。
雑踏の中で顔を上げると、ひときわ目立つ影があった。筋骨隆々とした、頭ひとつ抜けた長身の男。見覚えのある――今回の目的として待っていた男だ。
彼の端末には遊佐は未だ反応していない。だが遊佐が顔を上げたことで気配を感じたのか、視線が交錯した。
男はゆっくりとした足取りで遊佐へ近づいてきた。
「……殺されに来たのか?」
「生きてるとは思ったけど、頑丈すぎるだろあんた」
見上げるほどの男は、筋肉もあって目の前にするだけで威圧的に感じる。既に額に青筋が浮かぶほどに怒りしている男、クニオは苛立たしげな口調で言った。
「暫くは死ぬ思いだったがな。それに以前は油断しただけだ」
「お、俺と戦ってもポイントは発生しない。それがルールだろ?」
「んなもん関係ねェよ。おれは、テメエを殺してえほどムカついてんだ」
飽くまでポイントのやりとりが発生しないだけで、その後のプレイヤーの戦闘が認められていないわけではない。
だが、人の多いこのような場所での殺し合いはしない。する者も居るだろうが、警察に捕まってしまえばもはや戦闘どころではないだろう。最悪、SnSから処理される可能性さえある。それを予感させるのは、ただの個人がこのような能力を得たことにある。
「俺は訊きたいことがあって、あんたを待ってたんだ」
「ああ?」
クニオは怪訝そうに表情を歪める。
お茶でもしよう、と誘いかけて、それにのるような男には見えなかった。
ならば単刀直入に、そう言葉を投げる。
「俺は中に成長したい。あんたの経験を知りたいんだ」
「だったらもう一度、おれと戦え」
「嫌だ」
「ああ? じゃあ交渉は決裂だな」
「あんたは怖い。以前戦って勝てたのは、あんたが俺を侮って油断してくれたおかげだ。もう油断も隙も見せないあんたに、俺は勝てない」
勝てなければ死ぬ。死ぬつもりは毛頭ない。
「舐めんな。んなヤツに倒されて、悔しいから殺してえって事じゃねえんだぞ」
恫喝じみた返答がくるかと思ったが、予想に反してどこか信念の感じる言葉を聞いた。
「そもそも、そんな舐めた野郎におれが斃されると思ってんのかクソガキ」
怒りのこもらない、呆れたような声。
「言いたかねえが……不意打ちでもなんでも、正々堂々とした戦いで、おれは負けた。事実だ」
「……クニオ、あんた」
「同情はやめろ。俺は負けるとも思わなかったし、信じてなかった。だが現に、テメエの手法にやられた……正直悔しかった」
「あんた血の気多すぎだろ。日常生活どう送ってんの」
「やっぱ殺すか」
「や、やめろマジですんません! で、それで、だな。俺が訊きたいのは、成長なんだけど」
振り上げた拳を見て、思わず身を竦める。たとえ能力を使わなかったとしても、この男には敵いそうにない。
クニオは苦笑する。こんな、少し動いただけで腰でも抜かしそうな子供を相手に、本当に己が打ちのめされたのか、と信じがたくなってきた。どこかに頭を打って夢にでも見ていたのかと思いたくなる。
なんにしろ、短い話でも立ってするようなものではない。
「ひとまず茶ァでもしばくか」
「……え?」
予想だにしない誘いの提案に、遊佐は思わずそんなマヌケな声を出した。
向かった先は、駅から五分ほど離れた路地の先にある、怪しそうな居酒屋だった。
ガラガラと戸をあけて、適当な席に座る。まだ若そうな女性店員がにこやかな笑顔で注文をとりに来た。
「なんこつとねぎまを二本ずつ。それとコーラ。お前は?」
「え、ああ……俺もコーラで」
「かしこまりました」
彼女は丁寧に頭を下げて、キッチンへと引っ込んでいく。
暫く待って、テーブルに注文が揃うのを見てから、クニオは串にかぶりつきながら言った。
「お前は、何のために生きているんだ?」
「……何のためって」
不意の質問に、遊佐はどう答えて良いものか言いよどむ。質問自体が漠然としているのもそうだが、問われて初めて、人生を通しての目標というものが存在しないことに気づく。
今はただ卒業を待ち、就職して――その先は、まだ未知でしかない。
「金のため、いい女を見つけるため、権力を得るため、羨望を集めるため。目的は腐るほどあるが、誰もが漠然と生きている。おれは違う」
串をへし折る勢いで肉を引き抜いて、咀嚼する。まるで肉食獣の捕食シーンを目の前にしているかのような豪快さに、ただ圧倒された。
「おれは生まれ持ったこの恵体のお陰で強くあれた。だが同時に、おれよりもさらなる強者の存在も知っていた。だからただ強くなりたいと願っていた」
そしてSnSと出会った。能力を得て、もはや敵など居ないと思っていた。
弱からのスタート。敵など居ないが、己をさらに成長させる楽しみが生まれた。
「大概の敵は、能力も使わずに一撃で斃してきた。だが、避けられたのはお前が初めてだった」
好奇心、興奮。そしてささやかな恐怖心。
己を高める為に何が必要なのか。それを理解した瞬間、自分の中で何かが変化した。
能力を使う戦い方。能力をどう上手く使うか。それが自身にどのような進化をさせるのか。
「お前は、なんの為に生きている?」
今までの想像とは裏腹な、知的さすら伺える静かな問いに、遊佐はまだ答えられずに居た。
「テメエはまだ、法律や常識に縛られているみてえだな」
「何を……」
クニオはコーラを煽る。しかめた顔は、まるで度数の強い酒を一息に飲み干したように見えた。
「金が欲しけりゃ襲やいいし、溜まってれば女を犯りゃいい。やりたいことをやれよ、たかが一度の短い人生で、誰が道を作ると思ってんだ」
「法律は、そんな傍若無人から弱者を守るんだ。常識は、欠如した知性の上辺を固めて補填するんだ」
「そいつはお前の言うところの、弱者の言葉だろうが。お前は強くなりてえんだろ?」
「だけど……」
クニオはスマホを取り出し、テーブルに置く。それを拳で叩きながら言った。
「こいつは殺し合いのゲームだ。常識や法律なんぞ通用しねえ」
「……俺は、あんたを誤解してたみたいだ」
自分なんかよりずっと知性と理解があり肝を据えている。ただ腕力だけの強さではない。覚悟もあり、なによりも自分というものを良く知っていた。
何をすべきで、何が出来、何が足りないのか。
ならば自分に置き換えて考えて見ればいい……が、何も浮かばない。居酒屋に蔓延する酒の匂いに、少しやられたのかもしれない。
心中で嘯く遊佐に、クニオは鼻で笑った。
「死ぬまで誤解してやがれ。おれは、テメエが思うような善人でもクソみてえな悪人でもねえ。おれは、おれだ」
遊佐はそこで、ようやく自分のコーラを一口含んだ。すっかり気の抜けたコーラは、それでもまだ冷たく、味覚が鈍るような甘さがあった。
「それで、お前はなんで強くなりてえんだ。生き抜きたいからか? ただ強くなりてえ……からって、おれを待つわけじゃなさそうだが」
「……ああ。倒さなきゃいけない相手がいるんだ。仲間がいるけど、そいつですら倒せなくて」
「そうか。どんな相手だ?」
「初心者狩り、と呼ばれている」
遊佐の言葉に、クニオは目を丸くした。彼は気にせずにコーラを一気に飲み干してから、残り少ない液体を増幅させる。コーラはすぐさま縁までかさを増した。
「便利だなそれ」
「俺もそう思う」
差し出された空のコップにコーラを注いで、同じように増幅させてやる。
そうしてから、クニオはようやく言った。
「見た目に反して怖いもの知らずだな、お前は」
「知ってんのか?」
「ある程度やってりゃ誰でも知るさ。タチの悪いことで有名でな、ポイントの少ないヤツを狙う……そこから始めたばかりの何もしらねえ奴が容赦なく狩られることから、初心者狩りって呼ばれてるからな」
それで、とクニオは続けた。
「あいつ相手に、中じゃどうしようもねえだろ」
「仲間が解散した。再び集結するには、俺が成長しなければただのリスクにしかならないんだ。どんなヤツ相手でも、頭数がいれば、結果は違う」
「なんの為に倒すんだ?」
「他の誰かが被害にあう。それが俺の仲間かもしれない。仲間になるやつかもしれない。そんなやつを、みすみす放っとけるかよ」
「お前は聖人か何かかよ」
クニオは苦笑しながら、タバコに火をつける。一息吸込めば、ジリジリと焼けていくタバコは半分ほどを灰に変えた。
それでも遊佐は表情を変えない。
もしかすると不器用なりの冗談かと思っていたが、その真剣な眼差しにクニオは返す言葉を失った。
誰かのために命を賭す。クニオの中では戯言か気狂いとしか思えないその信念は、どうやら少年にとっての全てらしい。
短く嘆息して、クニオは自分の経験からできるだろうただ一つのアドバイスを告げた。
「自分の戦う理由を明確にしろ。それがおれができる助言だ」
「明確にって……だから、俺は」
「どうして誰かが被害にあうのが嫌なのか。なんで仲間が死ぬのが嫌なんだ? テメエは何が怖いんだ。何に強くて何に弱い? 戦う理由を、明確にしろ」
クニオは繰り返す。明確にしろ。子どもじみた「なんで」を続けろ、と。
彼はそれだけ言うと、財布から一万の札をテーブルに置いて席を立った。
「じゃあな。テメエみてえな甘ちゃんとは二度と会わないことを祈るぜ」
「……ありがとう。助かった、クニオ」
「ちっ」
捨て台詞にも動じず純粋に答えた少年に、クニオはバツが悪そうに舌を鳴らして居酒屋を後にした。
会計の後、残った釣り銭を財布に入れながら、遊佐は既に路地から消えたクニオの背を思い描く。
「いつかこの借り、返すからな」




