表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/26

プロローグ

「知ってる?」

 授業も終わり、帰り支度を整えている時にふと声を掛けられた。

「知ってる?」

「うるせえよ、なんだよ」

 少年はうざったそうに乱暴に言葉を返す。横を見れば、見飽きた男の顔が少し高い位置にあった。

 もはや白がかっている金の長髪を後ろで束ねた、ブレザーの制服を着崩している素行が悪そうな学生だ。

「この出会い系、すげえ流行ってんだって」

 言いながら、彼はスマートフォンの画面を少年に見せる。その画面は妙に健全そうな男女のデフォルメキャラが笑顔でいるものだった。隣に大きなロゴで『SnS』とあった。小さくサイキック・ネットワーク・サービスとある。

「なんでも、サイコパワーっていう設定でやってる出会い系だってよ」

「お前出会い系なんかやってんのかよ」

「いやいや、食いつくのそっちかよ!」

「そこしかねえだろ」

 少年は少し鬱陶しそうに返した。そもそもこの男とは、それほど親しいというわけではない。

 卒業を来月に控え、教室での座席指定も登校も自由になったこの時期に、敢えて窓際を選んで座っていた所に隣に並んできたのがこいつだった。

「まあ出会い系っていうより、そっちに近いコミュニティサイトなんだけどね」

「鷹上はそういうのが好きなのか?」

 鷹上たがみ 暁生あきお。彼は既に大学への進学が決定している。自由登校の期間に学校へ来ている理由は、少年も知らない。

「ああ、兄貴がオタクでさ、オレもこーいうの教わってケッコー詳しいぜ」

「へえ、人は見た目によらないってのはこの事だな」

「お前もそうだろ。クールぶって、友達も来てねえのに真面目にガッコーなんか来ちゃってさあ」

 高校三年のこの時期となれば、全体の一割程度しか学校に顔を出さない。

 その内訳としては、友達と会いに来ている者や、まだ進路が決まっていない者になっている。そう見れば、友達も居ないこの二人の存在は奇特とさえ言えた。

「頭良さそうに見えて成績は中程だし、モテそうに見えて女と話してる姿すらねえと来た。お前は変態か?」

「うるせえな、趣味は人間観察か? ヤンキー崩れがよ」

「口も悪いし斜に構えて。でもオレが生真面目にガッコーに来てる理由は、お前なんだよな」

「はあ?」

 少年はあからさまに動揺したような声を上げた。

 鷹上はそれを楽しそうに見て、続ける。

「とっつきにくくて付き合いの悪い野郎だけど、一回仲良くなればお前ほど気の合う奴も居ねえんだな、これが。意外と物知りで、オタクだし」

 クールな言動と印象づけられている少年は、その風貌こそ爽やかだ。短く切りそろえられた頭髪に、切れ長の目は大きく眼光も鋭い。その体つきも、部活を引退するまでバスケットで鍛えられたお陰で充分な筋肉と体力を内包している。

 それ故に、言動のお陰で近寄りがたい。

 だからこそ、鷹上との組み合わせはある意味で最適というか、お似合いだった。

「なんなんだよ、結局なにが話したいんだよ」

「悲しきひとりぼっち遊佐くんに良い出会いをって教えたかったんだよ。ひいてはこの革新的なソーシャルゲームをお供に」

 遊佐ゆさ 弘充ひろみつは辟易したように息を吐いた。

「出会い系じゃなかったのかよ」

「このサイトの中のゲームがおもしれえの。GPS機能で、近くでこのサイト登録してるヤツのアバターとバトれるんだよ」

「携帯ゲーにありそうだな」

「勝てばポイントゲットでアバター強化も、コミュニティサイトの通貨に変換も自由にござれ。バトって気が合えばそのまま出会いに繋がるってのもあるしな」

「へえ、ただのオンゲっぽいな」

「まあ所詮はソシャゲって所があるしなぁ。それでも、ネットの掲示板でパートスレできる程度には人気らしいぜ」

「どうでもいいよ、興味ないし」

 そういっている内に、気がつけば教室内から人気はすっかり失せていた。廊下の外からの活気も、今では無い。

 どこかの窓が空いているのか、思わず身がすくむような寒風が差し込んできた。身震いし、吐く息が白く染まるのを見る。

 スマホを取り出し時間を確認する。自習で終わる午前限りの自由登校だったはずが、気がつけばもう一三時を回っていた。

「帰ろうぜ」

 遊佐が提案する。鷹上も頷き、それに重ねて言った。

「じゃあ帰りになんか食ってこうぜ、学食じゃ肩身が狭いしな」

 そう言う男のポケットから、ピコン、と音がした。

 彼はスマホを取り出し、頬肉を釣り上げる。どこかニヒルな笑みを見せた後、続けてスマホの画面を遊佐に見せた。

 そこにはポップアップで、

『規定の限定更新があります』

 とあった。


     ◆     ◇     ◆     ◇


 ピコン、と電子音が響いた。ポケットの内にある、スマホから発された音だった。

「はぁ、はぁ、はぁ――」

 乱れる呼吸の中で、遅れてからその音を認識する。舌を鳴らし、男は血まみれの手で頭を掻きむしる。

「ふざけんなよ……」

 ピコン、とまた音がした。

 今度はびゅん、と風を切る音がして、

「――っ」

 ピコン、と音が鳴った。

 苛立ちにまた掻き毟ろうとした頭に、目的の感触はなかった。右腕は肩口から綺麗に喪失し、切断面からは途方もない量の血液が噴出していた。

 もうダメだ、と思う。思うずっとまえから、その確信はあった。

 もう戦えない。逃げる暇も無い。

 だから負けるしか無い。

 スマホを残った腕で取り出す。暗転した画面に『規定の限定更新があります』のポップアップ。それを無視して、即座にブラウザを立ち上げた。

 目的のページに飛び、『退会』のボタンを押そうとして、

「……出来るかよぉ!」

 そのまま握りしめたスマホを投げ捨て、それが地面を叩く音を響くより早く、けたたましい音をたてる爆発音がした。

 スマホが爆ぜて、破片が飛び散る前にそれらが融解する。吸い込む息で肺が焦げ付きそうな熱気の中、一瞬にして闇を払拭した炎が、また一瞬にして切り裂かれた。

 灼熱を背にして迫る影が一つ。

「てめえらに」

 男は吐く息と同時に照準。影の土手っ腹にあたる空間に爆発を起こす。

 途端に、その影が上下の二つに別れて吹き飛んだ。

 ピコン、と音が胸に響く。

「殺された連中の為にもォッ!」

 怒りに任せて腕を振り下ろす。それと同時に彼を中心として盛大な爆発が、灼炎が空間を、宵闇を焼き焦がした。

 激しい爆発音の臨界点を超えて、全ての音が喪失する。

 男はそのまま後ろに飛び退こうとして、自分がただ後ろに倒れようとしていることに気がついた。ふんばろうとして、その足さえ切断されていることを認識した。

 無様に背中を打ち付け、それを契機に無数の影が炎の中に集まりだす。

 その中で、ただ一つだけが男を覗きこむように近づいてきた。

「これで満足かよ、くそったれ」

 影は何も言わない。ここまで接近して、その影はなお漆黒だった。

 男はここに来て、ようやく理解した。なるほど、こいつは影だ。

 影だが――。

「臭えんだよ、てめえ」

 その言葉を最後に、男の意識は消失する。喉元から綺麗に通った斬撃が、瞬間的に頭部を刎ね飛ばしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ