優介危機一髪?
海で思う存分泳いだ僕とエリーゼと紗織は、ラウラさんが準備してくれたパラソルの下で休憩を取ることにした。他の皆はまだ海の中で鬼ごっこ的な遊びをしている。
みんなでビーチバレーをしたり深くまで潜ってみたりしたから、すっかり疲れていた。
しかも日差しが暑いもので、かなり喉が渇くのだ。
なんか水分が欲しい……
そう思っていた頃、ラウラさんの元に行くと丁度ラムネを用意してくれていた。
さすがラウラさん、抜かりない。
「ラーウラ~、喉カラカラなのだ~!」
「あたしも~、めっちゃ疲れたよー」
「姫、飲み物は用意してありますよ。紗織くんも、はいどうぞ」
「ありがとね、ラウラさんっ」
エリーゼと紗織にラムネを渡している。僕も貰うとしようか。
ラウラさんの目の前に行くと、一瞬彼女の目がきらんと光った気がした。
「お、少年。お疲れ、君の分はこれだ」
「ありがとうございます、……?」
渡されたラムネを凝視してみる。すると、どことなく泡立ちすぎなように見える。
こんなに炭酸って泡立つっけ……?
「どうした少年? 何か変なものでも入ってたか?」
「い、いや。気のせいかな」
気にせずに飲むことにした。
喉を通り抜けていく透き通った爽やかな甘味。
その後に来る空を突き抜けるような爽快感。
ラムネなんて久しぶりに飲んだけど、やっぱり美味しい。
「ぷはー、ご馳走さまっ」
「うげ、空気が戻ってくるのだ~」
エリーゼが苦しんでる。炭酸って結構苦手な人は苦手なんだよね。
僕も飲み終えてラウラさんに空き瓶を渡した。
「ご馳走さまでした、ラウラさんもこれから一緒に遊びませんか?」
「ん、ああ。そうだな、では私も混ぜてもらおう」
「ラウラ~、無理せんでもよいのだぞ~? 亀のように日向ぼっこでもしているのがよい」
「姫、拳骨がよいですか? それとも拳骨にしときますか?」
「どっちも拳骨ではないか~~~~っ!」
あはは、は……? コントのような二人の会話に笑っていた、そのときだった。
僕の身体に、唐突に異変が起きた。
心臓が一際大きくトクンと鼓動を打つ。
それに伴い身体の奥のほうがじんわりと熱を帯びていく。
呼吸が苦しくなり、ぜえぜえと息切れする。
「ゆう兄……?」
紗織が心配そうに近づいてくる。視界が段々とぼやけてくる。
その顔すら歪んで見える。頭がふらふらして、立っていることが困難になる。
音が遠ざかり、無音の世界に放り出される。
「どうやらやっと効いてきたようだな」
ラウラさんの声がする。エリーゼが何かを訊ねている。
とうとう立っていられなくなり、僕は砂浜に前のめりに倒れてしまった。
「ゆ、ゆう兄っ? どうしたの!?」
「ラウラ、優介に何かしたのかっ?」
「ええ。少年には少し、道化を演じてもらおうと思いまして」
「道化?」
訝しむエリーゼをよそに、ラウラさんは全く動じていない。
倒れている間に少し具合は元に戻ってきつつあったが、まだ身体は疼くように熱かった。
そんな僕に止めを刺す一言を、紗織は叫んだ。
「か、髪っ! ゆう兄の髪、伸びてるっ!?」
「……ラウラ、まさかおぬし」
「そのまさかですよ姫。仰向けにすれば一目です」
エリーゼと紗織が協力して僕の身体をひっくり返した。
その衝撃で目を開けた僕が見たものは、驚愕の表情を浮かべた二人だった。
「ゆ、優介……」
「ゆう兄が、また……」
僕は嫌な予感がして自分の身体に触れてみる。
ふにっ。
…………ふに? なんでこんなに柔らか……
目線を下、自分の胸元に持ってくる。
明らかに男のものではない胸が、そこにあった。
おまけに海パンの下がやけにスースーする。
あるべきものが無くなっているのだ。
状況を受け入れるのにおおよそ一分。
立ち上がるのにおおよそ三分。
そして僕の心からの叫びが、おおよそ十秒。
「いやぁぁぁぁーーーーっ!!?」
エリーゼの血を飲んでもいないのに、僕は再び女の子になっていた。
*
「ほら、さっさと飲み物を取ってきなさい! 下僕の役目でしょう!?」
浮き輪に揺られながら遠くの砂浜の四人を指差して、ユリアは蛭賀に命令していた。
「いつ俺が下僕になったんだよ! お前が行けばいいだろ」
「やーよ。ここで優雅に味わいたいの私は」
「ちっ……まあいいけどよ」
渋々だが一応蛭賀は承諾した。
「あらあら、優しい殿方ですわ。この娘の理不尽を受けるなんて」
ゲルダが感心したように褒める。
「俺はこれでも紳士ですから」
蛭賀はゲルダにきらりと光る歯で答える。
変態紳士の間違いでしょ? とユリアがぼそりと呟いた。
「なんか言ったかお嬢?」
「何でもないわよ、全速力でね!」
「はいはい」
人間離れしたスピードで海岸へと泳いでいく蛭賀を見送りながらユリアはゲルダに問いかけた。
「……姉さま、気付きました?」
「……ええ。新たな吸血姫のにおいがしますわ。それも知らない娘……」
「変なことになってないといいんだけど」
ユリアとゲルダは心配しつつも面倒事に首をつっ込まないのが信条だった。
そのまま二人は浮き輪に揺られながら蛭賀を待つことにした。
「……あれれ、ここは一体どこなのかな?」
そんな中、このはは一人島の裏側の海岸まで来てしまっていた。
綺麗な魚を追っかけているうちにみんなとはぐれ、それに気付かないまま潜り続けていたようだ。
「早く戻らなきゃ……。ん、これって……?」
このはの目の前には、海の中から続いている小さな洞窟が口を開けていた。
*
底に足がつくほどの浅瀬になり蛭賀は泳ぐのをやめて歩き出した。
砂浜でなにやらわちゃわちゃと騒いでいる四人の元へと駆けて行く。
「おーい、お前ら休んでるのかよー、折角の海だぞーっ!」
「あっ、蛭賀さんだ」
「妹君よ、間違っておるぞ。あれは"変態"というのだ」
「ひどい言い草ですね姫」
三人娘の容赦ない言葉にも、蛭賀はめげない。
パラソルの下にやってきて、彼はラウラに尋ねた。
「すんません、なんかジュースとかないっすか? あの子らに頼まれたんで」
「ラムネならあるよ。ひとまず君も飲んで落ち着くといい」
「あ、ありがたいっす!」
どうぞ、とラウラはラムネ瓶を蛭賀に手渡した。
片手を腰に当てラムネ瓶に口をつけ、一気にあおる。
温泉などで牛乳を飲む様子を想像してもらえると近いだろう。
「ん、全然飲めないぞ?」
「蛭賀さん、ビー玉で詰まってるんじゃないですか」
「え? ああ、さっすが紗織ちゃん。優介の妹だけあって鋭いな」
「むしろ気付かないほうが大丈夫? というか……」
「将来が不安になるレベルだの……」
エリーゼと紗織の可哀想なものを見る目に、蛭賀が弁解しようとする。
わざと、わざとだって! これはいわゆるジョークという奴で! そんな叫びは空しく消えていった。
息を切らしながら、蛭賀はちらりと、実はここに来たときから気になっていたことを訊いてみることにした。
その視線の先には……
「なあ、ところでこちらの女の子はどなたで? さっきまでいなかったよな?」
エリーゼ、紗織の二人はぎりぎりとまるで機械の様に蛭賀が向いている方向に首を動かす。
ラウラだけは一人ニヤニヤと笑っていた。
そこに立っているのは、黒髪ロングの端正な顔立ちをした美しい少女だった。
和風美人といった雰囲気を醸し出しており、しかしどこか幼げで可憐な印象を持たせる。
シックな黒いビキニを身に着けていて、透き通るような白い肌がより一層強調されている。
派手ではなく、むしろ控えめなその容姿は、蛭賀の心をがっちりと掴んでしまった。
「あ、ああっ。この子は優介の親戚でな、先程島に着いたばかりなのだ。なあ、妹君よ?」
「え? あ、うん。そうなの、いとこのいとこのいとこぐらい? ほんとですから、ほら、自己紹介して!」
二人は焦りながら黒髪少女を隠すように前に出た。
その隙間から顔を覗かせ、少女は答える。
「は、はい……さ、榊原……ゆ、優奈です……」
「やべ……すんごく可愛いじゃん……俺、惚れちまったかも……!」
その言葉に、その場にいた皆が凍りついた。
ラウラは耐え切れなくなったのか後ろで腹を抱えてげらげらと笑っている。
突如現れた謎の少女、その正体とは一体誰なのだろうか。
誰もが予想外の展開に驚いている中、海にぷかぷかと漂っている二人は平和だった。
「あー、日差し熱っつい~……あいつまだ来ないのかしら……」
「頼んだ以上、待つほかないですわ」
「お姉ちゃん~、あいつがどのジュース持ってくるか賭けない?」
「あら、いいですわね。じゃあ勝ったら……」
そして島の裏側で謎の洞窟を見つけたこのはの運命は如何に?
「……私、忘れられてただけだったりしないよね」
彼らの旅行はまだ、始まったばかりである。




