ツインテ姉妹現る
次の日、ラウラさんが帰国する日がやってきた。
リーゼンフェルト家の本家はドイツにあるらしいので、飛行機で軽い旅行なんだそうだ。
毎回行くの大変だよなぁ、電話すれば良いのにと思う僕だった。
まあ月に一回行くか行かないかなので、あまり気にしてないのだろう。
エリーゼは行かなくて良いのかと疑問に思ったりもするけど。
「ゆう兄~、ちょっと休憩~……」
紗織がテーブルに突っ伏している。
ただいま僕達は絶賛宿題中だった。
残りの夏を目一杯遊ぶために、今のうちに全てを終わらせようという考えだ。
この暑さの中では集中力は五分ともたない。うるさいくらいの蝉の声も災いしていた。
皆尋常でない量の汗を流している。
「……だめだ、我の頭はオーバーヒート寸前なのだ……助けて優介……」
エリーゼが干乾びてる。このままだと干物になってしまいそうだ。
「ここらで飲み物でも持ってきて一休みしようか」
「さーんせー」
「……た、頼んだのだ……がくっ」
「エ、エリーゼぇぇっ!?」
一名力尽きました。……早く飲み物を取ってこよう。
*
冷たいジュースを飲んだ僕達は再び勉強に集中していた。
場が静かすぎて、横に置いてあるコップの中の氷が奏でるカランという音すら部屋に響くようだ。
そんな均衡を破る音が、玄関から聞こえてきた。
チャイムの音だ。ラウラさんだろうか。
「あ、帰ってきたのかな?」
「僕が行くよ。二人とも続けてて」
「感謝するぞ~」
自分の部屋を出て、一階へと階段を下りていく。
玄関の前について、僕はドアを開けた。
そこには予想通りラウラさんが立っていった。
「ただいま、少年」
「お帰りなさいラウラさん。……えっと、そちらは?」
ラウラさんの背後には、知らない女の子がいた。
髪は縦ロールのツインテールに纏められており、いかにもお嬢さま然とした風貌だ。
ラウラさんはその人を前に出して紹介してくれた。
「このお方は、かの名家、リーゼンフェルト家のご息女だ」
「え、リーゼンフェルトって……」
確かラウラさんが集会で会いに行っていた家の人じゃないか。
その息女ってことは、かなり偉い人なんじゃないだろうか。
紹介されたその人が一歩前に出る。
「初めまして。私の名前は、ゲルダ=アウグスタ=リーゼンフェルト。ゲルダでいいですわ」
「は、初めまして。僕は榊原優介です。よろしくお願いしますっ」
「はい、よろしくお願いいたしますね」
妙に畏まった感じになってしまったのはゲルダさんのその雰囲気のせいだった。
可愛らしくも非常に落ち着いた物腰でこちらまで意識させられるのだ。
挨拶を済ませると、ラウラさんがこちらを見ながら首を傾げた。
「少年よ、その様子だと彼女はまだ来ていないのか?」
「……え、彼女って、他に誰か来るんですか」
「私の妹が先に来ているはずなのですが……」
妹さんがいるのか、というか何で別々に行動してたんだ?
「早く会ってあいつをとっちめてやるんだからー、と意気込んでしまって……。先に行ってしまったのですわ」
あいつ? もしかしてエリーゼのことを言っているのだろうか。
まあラウラさんを使いに出してるくらいだし、知り合いなのかもしれないな。
「とりあえずここではなんなので、上がってくださ……」
「にょわぁぁぁぁぁぁーーっ!?」
「え? エリーゼの声……!?」
二階からエリーゼのものらしき叫び声が聞こえた。
紗織と二人でそこにいたはずだが、一体何が起きたのだろう。
「少年、行くぞ!」
「うん、急いで確かめよう!」
僕達は三人そろって二階へと上がる事にした。
到着早々二人には慌しくて大変だとは思うけど。
*
二階に上がった僕達を待っていたのは、エリーゼと対峙する、見たことのない少女だった。
強気そうなつり目、両サイドにリボンで結んだツインテール、背はエリーゼと同じくらいで、要するに結構低い。ゲルダさんとはまた違った意味でお嬢様という感じの、華麗な女の子だった。
女の子はエリーゼに対していつでも攻撃可能なように構えを取っている。
「今日こそはあんたにひれ伏してもらうわよエリー、覚悟しなさい!」
どうやらエリーゼとは何か因縁があるようだ。というか、この子は誰なんだ?
「まさかおぬしが窓から来るとは思わなかったぞ……。完全に不意打ちだ」
エリーゼは相手に集中していてこちらに気付いていないようだ。
一触即発な空気が部屋中に漂っていた。
そんな中、第一声を放ったのが一緒に入ってきたゲルダさんだった。
「おやめなさいユリア! ここは屋敷ではないのですよ!?」
鋭い一声でユリアと呼ばれた女の子は渋々と構えを解いた。
あれ、ゲルダさんが知ってるってことは……
「もしかして、妹って……」
「ええ、お恥ずかしい限りですがその通りです。この子が、私の大切な妹ですわ」
「ちょ、ちょっと待って! 全く状況が掴めてないのあたしだけ!?」
紗織が一人置いてけぼりになっているのを嘆いている。
正直僕もいまいち理解が追いついていないんだけど、とりあえず一つだけ分かったことがある。
この二人が来たことによって、多分非日常な何かが起こるということが。
「……ふん、一応礼儀として名乗っておくわ。私の名はユリア。ユリアーネ=フランツィスカ=リーゼンフェルト。ユリア様とでも呼びなさい? 平民ども」
「な、なんか凄い偉そうだね」
「ゆう兄、この子エリーゼさんと同類なにおいがするよ……」
「失敬なっ! こいつと一緒にするでない!」
「姫はもっと優しいぞ少年」
憤慨するエリーゼをラウラさんが宥める。
でも出会ったばかりのときはエリーゼもこんな感じだったような気がする。
「失礼な妹で申し訳ありません……。私からお詫びしますわ」
ゲルダさんが軽く頭を下げた。
「姉さま、頭を下げる必要なんてないわよ。平民なのに間違いはないんだから」
「……ほう、よもや我まで平民のくくりに入っているのではあるまいな?」
「当たり前じゃない。ミュンヒハウゼン家はあんたの両親の代で没落してるんだから」
「くっ……! というか、おぬしらは何をしに来たのだ! まさか茶化すためだけに来たのか?」
そんなわけないでしょ、とユリアは一蹴する。
ふわりと髪を手で流して、彼女はビシッとエリーゼに指を突きつけた。
「ずばり、観光よ! あんたの様子を見に行くって名目だけどね!」
「――それで、私たちをあなた方の家に泊めてもらいたいのです。夏の間だけで構いませんので」
どうやらゲルダさんとユリアは最初からうちに泊まるつもりでラウラさんに案内されてきたらしい。
ラウラさんの報告でエリーゼの事情は色々と把握していたのだろう。
それにしても、また随分と賑やかそうな人たちが増えちゃったもんだなぁ……あはは……。
「ゆ、ゆう兄……。どうしてこう変なのが増えちゃうんだろうね、うちは……」
「僕にも分からないよ、何でだろうね……」
「我は断固反対だっ! ユリアは腹黒女なのだぞ!?」
居候のエリーゼが言っても意味ないよね、それ。
「あんたたちに拒否権は無いわ。恨むならエリーを恨むことね。そういうわけだから、よ・ろ・し・くっ!」
新たな居候を加えて、僕たちの日常はまた一段と騒がしくなる予感がした。




