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金色の吸血姫Zwei!  作者: 杞憂
Summer Dream
14/14

忘却の夢の中で

 鉄鎖に繋がれた牢獄のベッドの中で、

 冷たくても逃れられない僕らは、

 きっと幸せな夢を、見ていたんだ。



 目覚めよ――――

「――――――……」

 ここは、どこだ。


 目覚めると僕は、真っ白に染められた小さな部屋の中、窓際に添えられたベッドに一人横たわっていた。ゆっくりと身体を起こすと、微かに風が流れているのが分かる。窓は全開になっており、純白のカーテンがひらひらと軽やかに目の前を舞っている。外を見ようとしたが、逆光が眩しすぎて雲ひとつない晴天しか目に入らない。ベッドの他には何もない小さな部屋、僕は何故、そしていつの間にこんな所で寝ていたんだろう。


 ……何も、思い出せない。考えようとすると耐え難い頭痛が襲ってきた。僕は仕方なく部屋の中を見渡す。 よく見ると、ベッドの置いてある反対側の壁に扉があった。ドアノブまで白く塗りつぶされていて気付かなかったのだろう。出入り口があるのなら、早くここから出なければならない。僕には帰らなければならない場所があったような、そんな気がする。今すぐに。


 そう思ってシーツから抜け出そうとすると、唐突にドアノブがガチャリと音を立てた。

 部屋の中に入ってきたのは、一人の見覚えのある少女。優奈だった。

 自分と対面しているその異様な状況に、されど心は酷く落ち着いていた。それが元々予想できていたかのようだ。


「おはよう、優介くん。ぼくのベッドの寝心地はどうだった?」

「まあまあ、かな」

 不思議な感じだ。目の前にいる彼女は、僕が吸血姫になってしまった時の姿だったはずなのに。

 まるで別人だ。彼女は僕じゃない、僕は彼女にはなれない、そんなことが頭をよぎる。


「……聞いていいかな」

「うん、なんでもどうぞ」

 彼女が手をかざすと、いつの間にかベッドの横に椅子が一つ現れた。彼女はそこに腰掛けて、僕のほうを見つめて問いを待っている。


「……ここは、君の部屋なの?」

「そう、大当たり。ここはぼくの部屋、細かく言うとキミの心の中に出来た、ぼくの唯一の居場所」

「ってことは、ここは僕の心の中でもあるの?」

「そうなるね、キミはぼくの許可なしにここに入ることは出来ないけれど」

 僕の心なのに、自由に出来ない部分。そんな感じだろうか。


 なら一体どうして、優奈は僕をここに入れたのだろうか。

「ぼくはね、キミにお別れを言いたくて、ここに呼んだんだ」

「お別れ?」

「そう、ぼくはキミに迷惑かけたくないんだよ。キミだって、急に女の子になっちゃう体質なんて、嫌でしょう?」

「ちょっと待って、というか一番聞きたいことがまだあるんだけど」

「なに?」

「君は、優奈は僕のもう一つの姿……なんだよね? どうして今は他人のように話すことが出来てるの?」

「…………へ?」

「へ? じゃなくってさ! え、僕が間違ってるの?」

「うん」

 あれ? あれれ? 優奈は僕が吸血姫になっちゃったときの仮の姿で、だから僕と彼女は同一人物で、いやでもそしたら今のこの状況はあたかも……


「だってぼくたち、他人じゃない」

「――――――ぇええええっ!!?」

 衝撃の展開過ぎて、思わず絶叫してしまった。


「た、他人て、どういうこと?」

「そのまんまだよ。ぼくはキミの中に生まれた、もう一人なんだ。キミだってなんとなく分かってるんでしょー?」

 いやいやいや、初耳ですそれ。


「全然分からないよ! ……じゃあ、君は誰なんだ……」

「だから、キミが優奈って名付けてくれたんじゃない。吸血姫(おんなのこ)のぼくを」

「吸血姫……エリーゼと同じ……?」

「そう。一つの身体に二つの心。ゲームやマンガだとよくあるでしょ、もう一人のわたし! みたいな。要は二重人格だね」

 呆気なく彼女、優奈は語る。いきなり自分の中にもう一つの人格が出来たなんて言われて、しかもその人格が目の前に現れているんだ。驚きを通り越して、もはや言葉が浮かんでこない。


「……はぁ~。随分と驚いちゃってるねー。エリーゼちゃんを受け入れられたくらいだから、ぼくのことも大丈夫かなって思ってたのに」

「さ、さすがにエリーゼと一緒にしてもらっちゃ困るよ……自分の問題だしね……」

「ふぅ~ん、そんなもんかなぁ」

 優奈は口に人差し指を当てながら、何かを考えているようだ。


 僕は少し頭が混乱しかけていたので、彼女の言葉を待つことにした。

「で、だよ優介くん。ぼくに聞きたい事はもういいのかな? 次はぼくの番ってことで」

「う、うん。色々聞きたかったけど、全部吹っ飛んじゃったから」

「そ。じゃあね、優介くん。一つお願いがあるんだけど……いいかな?」

「な、なに?」

 優奈は指をくるくると弄びながら、少し頬を赤らめて僕に近付きつつ言った。


「優介くんの身体……ぼくに頂戴?」

「ひゃいっ……!?」

 仰天して思わず変な声を出してしまった。

 突然何を言い出すのかと思ったら、耳元に近付かれて身体を求められました。


「あはは、可愛い声ー!」

「うぅぅ……」

 もちろん、それがどういう意味を指しているのか、分からない僕ではない。

 言葉の通り、おそらくは身体を操る主導権の話だ。

 今の主人格は僕だが、優奈は自分が主人格になりたい、と言っているのだろう。

 でも、そうなると僕は、僕の意識はどうなってしまうんだ?


「ねぇ、優介くん。この部屋がどうして存在しているのか知りたい?」

「え? 急にどうしたの」

 優奈の不意打ち気味な問いかけに迷った僕だが、優奈はそのまま話を続けた。

「ここは、ぼくを隔離するためにあるの。真っ白で空っぽの部屋、実際は何もない窓の外、内側からは開けないドア、何だか退屈でしょ? そんなところにずぅっと一人で閉じ込められていたら、どうなっちゃうと思う?」

 ……なんとなく、優奈が何故今その話を振ったのか、分かった様な気がした。しかし話の腰を折ることはせず、最後まで聞くことにする。


「退屈ってね、人を殺せるんだよ。心をね。何もしなくてもいいから、楽なの。ここにいるだけで、自分が消えていってしまうのが分かるんだ」

「…………君は」

「言わないで。優介くんは悪くないよ、だってぼくのことさっきまで知らなかったんでしょ? 知らなくてもいいように、気付かないように、隔離されてたんだから」

 心の自浄作用、と彼女は言った。イレギュラーに発生した第二の人格によって起こりうる問題を回避するため、早いうちにそれを取り除こうと。

 まるで病原菌扱いじゃないか、彼女は彼女の意思を持っているのに、淘汰されるなんて。


「ぼくの事心配してくれるなら、優介くんが代わりにこの部屋に入ってくれる?」

「それは……」

 無理な要求だった。自分の心が死ぬか、彼女の心が死ぬか。どちらを選んでも、正しい答えではない気がする。


 僕が悩みあぐねていると、優奈は首を振って僕の方に柔らかく微笑みかけてきた。

「……うぅん。今のウソ、安心してよ。ぼく、ちょっと意地悪しちゃった」

「意地悪?」

「うん、ホントはもうこの部屋にい続けて消滅を待つ必要もないんだ。キミがぼくを認識してくれたから」

 互いが気付きあっていれば、認め合っていれば、心が死ぬことはないと優奈は言った。

 だけど、と彼女は続ける。

「ぼくは、もうここから出ないことにしようと思う」

「え? それって、どういうこと?」

「簡単だよ。キミはもう、吸血姫(おんなのこ)にならなくて済むってこと」

「それは……」


 優奈の自由と引き換えに、僕は元の体質を取り戻せるってこと……? でも、彼女もまたこうして僕と同じように意思を持っているって、もう知ってしまったのに。それは、卑怯じゃないか。


「大丈夫、ぼくなら平気だから。ほら、ちょっと見ててよ、えいっ」

 優奈はそう言って、ぱちんと指を鳴らした。すると、無機質で何もなかった部屋が一変してカラフルな装飾やファンシーなぬいぐるみなどに彩られる。如何にも女の子の部屋といった感じのパステルカラーに染められた。そこにはあの白一色の何もない部屋の面影はどこにもない。

「凄い……一瞬でこんなに」

「えへへ、そうでしょー! これなら退屈しないし、優介くんが心配する必要もナッシング! ぼくは気ままな引きこもりライフでも送るとするよ」

「……それで、本当にいいの?」


 僕は、一体どうしたいのだろうか。身体を譲り渡すことは出来ない。だけど、彼女を心の片隅に追い込んで封印してしまうというのも、何かが違う気がする。もちろん、吸血姫になってしまう体質が元に戻るなら、それはとても願ったり叶ったりなんだけど……


「…………いいわけないよ」

 沈黙していた優奈が、急に低いトーンで発した。予想していた通りの答えだが、返す言葉が思い浮かばない。


「でも、迷惑かけられない。……好きな人に、わがまま言って困らせたくないよ……」

「好きな、人?」

 何故か気になったそのワードを繰り返すと、彼女は慌てて腕を横に振った。

「あ、い、今のなし! なしだから!」

「う、うん?」

「とにかく! これでぼくたちはもうお別れだからっ! いいね、優介くんっ!?」

「ちょ、ちょっと待って! 早すぎ……」

 言うが早いか、優奈は僕を無理やり部屋の外へと押し出してしまった。部屋の外は内側とは違い、何もない広大な空白がそこを埋めているだけだった。それとほぼ同時に、自分の身体が粒子となって上っていくのを感じた僕の意識は、そこで現実での覚醒へと向かう。



 一人明るい部屋に残された優奈は、ベッドに身を投げ出しクッションを抱き枕代わりにしてぎゅうっと抱きしめた。目には僅かに涙がにじんでいる。

「報われない恋なんて辛いだけなのに……ぼく、バカだなぁ……」

 そのため息は、誰にも聞かれることはなかった。


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