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今宵、真紅の口づけを  作者: 悠凪
10.つながる過去
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4

 走った末に行き着いたのは、結局いつもの川のある場所だった。森の半ばほどに近いそこに戻ってきた二人は、大きく呼吸をしながらその場に座り込んだ。何も考えずに走ったせいか、エレオノーラの着ている喪服もすっかり汚れてしまっている。息が苦しくて何度も咳き込みながらも、少年を心配する少女は問いかける。

「大丈夫……?」

 その言葉にエルネスティは返事をしない。ただ呼吸を整えているだけなのか、それとも何も話したくないのか分からないが、視線を伏せたまま黙り込んでいた。エレオノーラはそれ以上何も言えなくなって、同じように視線を伏せて澄んだ川の流れを見つめるしかなかった。

 エルネスティの心の中を図り知ることなんて出来ない。きっといろんな感情がせめぎ合っているはず。

 エレオノーラとしてはそれを分けてほしいと思うが、エルネスティの本当の辛さを分かる事など出来ないし、少女自身も知ったばかりのことを受け入れることに、困難だと思ってしまうくらいに衝撃を受けているのも確かだった。

 頭を抱え込み、まるでその場にエレオノーラがいることも忘れたかのように、エルネスティは両腕で視界を遮っている。時々肩が震えるのは何かを我慢しているのだろうか。

 心配そうに見つめているエレオノーラの前で、エルネスティは声を絞り出した。

「なんでだよ……」

「え?」

「なんでおまえの周りにあいつらがいるんだよッ」

 怒鳴り声に近い声で言い放ったエルネスティは、視線は上げない。頭を抱えたままで、それでも我慢できないように言う。

「俺の家族を奪っておいて、あいつらはおまえに笑いかけてたのか!?平気な顔しておまえと話してたのか……なんなんだよ……あいつらなんなんだよッ!」

 その声が震えてくる。必死に耐えようとしている心の代わりに滲む涙の気配を、痛いくらいにエレオノーラは感じてしまう。

 フェリクスとは仲が良いとは言いきれなかったが、リクとは確かに楽しい記憶しかない。穏やかで聡明な青年はエレオノーラもヴェルナも双子達も皆大好きで、良く話をしたり、幼い頃は遊んでもらったものだった。明るい赤の瞳が綺麗で、憧れでもあった。

 いつの記憶も思い出されるリクは、笑っていた。

 その裏で、エルネスティは泣いていた。

「ご……ごめん、なさい。ごめんなさい…」

 決してエレオノーラが悪いわけではないし、エルネスティもそれを責めている訳でもない。でもエレオノーラは謝るしかできなかった。長い金髪を地面につけるようにして、蹲ってエレオノーラは何度も謝るしか出来なかった。涙がまた溢れてくる。少年の気持ちを思えば自分の痛みなどたいしたことではないが、涙を我慢で出来なかった。

 震えて泣く少女を、エルネスティはどうにもしてあげられない。自分のことで精一杯だった。気持ちを落ち着かせようとしても、やはり逸る鼓動は嫌な刻み方をするし、頭に浮かぶのはあの二人の吸血族の男達。どちらも憎くて憎くてたまらない相手だ。それを知らなかったエレオノーラを責めるべきではないと分かっていても、言葉が口から放たれるのを止める事ができなかった。零れた言葉はどうにもならないが、それを繕うことも出来ないでいた。とにかく今は、自分の中にあるこの嫌悪感と憎悪をなんとかしないと、もっと少女を傷つけてしまいそうだった。

 でも、それでも離れたくない気持ちだけはしっかりと根底にある。だから、言葉も出ないこの重たい空気の中、身じろぎ一つしなかった。

 真っ赤になった瞼が重たくて、少女は何度も瞼を擦りながら泣きじゃくっている。少年は時々大きな呼吸をして、自分を治めようと懸命だった。

 川の流れていく音が遠くに聞こえる様な感覚の中、二人はかなりの間黙り込んでいた。

 次第に日が傾きはじめ、一緒にいられなくなってくる。視線を重ねないまま、エルネスティは幾分落ち着いた様子でエレオノーラに言った。

「送ってく」

「え、良いよ。暗くなっちゃうから、エルネスティが危ない」

 暗くなれば、この森の中は下等な魔物が出没する。そんな中を一人で人間の少年が歩いていては危険すぎる事だった。

「俺なら大丈夫だから。送らせて」

 エルネスティも泣いていたために、その綺麗な目が腫れていた。それがエレオノーラにはまた心の痛むことである。

 またうちの近くに行ったら、この人は嫌な思いをするんじゃないだろうか。

 もう何一つ少年を傷つける事を排除してしまいたい少女は、それを考えると躊躇ってしまう。魔族側に近づくべきではないと思い、エルネスティとここで分かれることを決めた。

「また明日、会える?」 

 渋々ながら納得した少年にそう言うと、少しだけ微笑んでくれた。

「さっきも約束しただろ。会いに来る」

「うん……じゃあここで、また明日」

 キュッと、エルネスティの大きな手をその細い手で握り、エレオノーラは目を閉じた。少年らしい感触を忘れないように、刻むように感じながら願う。

 明日も、今日の私でありますように。

 いつ変わるか分からない自分の体に不安を感じるが、また明日という約束は少女を強くしてくれる。瞼を持ち上げて真紅の瞳を笑みの形に変えたエレオノーラは、エルネスティに向かって花のような笑顔を見せた。

「大好きだよ、エルネスティ」

 単純で、でも一番伝えたい言葉を口にする。鮮やかな愛情を湛えたその笑顔にエルネスティは目を見開き、それからまた少しだけ泣きそうな顔になった。そのまま繋いでいるエレオノーラの手を引っ張り、思わずよろめいた少女の身体を受け止めて頬に唇を寄せた。

 感謝と愛情を含んだその頬の熱に、エレオノーラは目を丸くして驚く。何が起きたのか一瞬分からなかった。ただ温かくて優しいものが、肌を通して心を満たしてくれたのを理解した時には、それはもう離れてしまったのだが。

「じゃあ、また」

 エルネスティは恥ずかしいのか、ちらりとエレオノーラを見てそのまま背中を向けて歩き出した。

 背筋の伸びたその後ろ姿に、エレオノーラは顔が綻んでしまうのを止められなかった。

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