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今宵、真紅の口づけを  作者: 悠凪
9.溢れた想い
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 人間の住む側の森の傍に、墓地はある。少し迷ったがなんとか探す事ができた。

 エレオノーラは途中で花を摘み、家から持ってきたリボンとレースで飾りを付けて、簡単だが花束にした、いくつも並ぶ墓標を確認しながら、目的の場所を探す。どこか心の片隅で「夢であってほしい」と、分かりきっている現実から目を逸らしてしまいたい気持ちを持ちながら。

 やがて、一人の女性を見かけた。勿論人間だ。エレオノーラは慌てて、帽子を目深にかぶりなおして、その女性の後ろを通り過ぎようとした。しかし近づくにつれて、女性の髪の毛の色に目を奪われる。

 明るい綺麗なシャンパン色。

「アーツ…」

 思わず声に出てしまった。それに女性が不意に振り返った。エレオノーラに向けられた瞳の色は翡翠色。穏やかな雰囲気も、まるで、アーツだった。 

 不思議そうな顔でエレオノーラを見る女性に、赤い瞳を見られたくなくて、少女は俯き加減のまま頭を下げた。

「アーツの、お友達?」

 柔らかい声で女性は話しかけてくる。それにエレオノーラは戸惑った。友人と言っていいのだろうかと。幸い女性はそれに不信感を抱くことなく、ふわりと優しく微笑んだ。

「来て下さってありがとうございます」

 頭を下げたときに、さらりとシャンパン色の長い髪が流れて太陽に輝いた。アーツと同じ色の髪の毛、瞳、話し方、全身に纏う雰囲気がもうアーツと全く同じ女性を見て、エレオノーラは涙を堪え切れなかった。俯いて細い手で口元を覆い嗚咽を漏らす少女に、女性は目を見張り、そしてその翡翠色の綺麗な瞳に涙を浮かべた。

「泣いてくれて、本当にありがとう。でも、悲しまないで下さい。あの子も泣かれると困ってしまうでしょう。人が泣いている姿を見るのが何よりも辛いと感じてしまう子でしたから…だから、笑ってください。あの子のことを思って笑ってやってください」

 優しい声と、溢れる思いに、ますます涙は止まらない。ただ顔を覆って、エレオノーラは泣いてしまった。こんなに悲しいんだと、改めて感じた。

 名前も知らない少女が泣きじゃくるのを見ていた女性が、近づいて、エレオノーラの身体を抱き締めた。

「私の弟と友達になってくれて、本当にありがとうございました」

 そう言って顔を上げない少女に微笑み、その場を後にした。目の前にある、そのお墓に書かれてある文字を見て、エレオノーラはまた一際泣いてしまう。アーツの名前が刻まれていた。そのお墓の前に跪き、何度も何度も謝った。謝るしかできない事がまた悲しくて涙が溢れてくる。

 こんな事になってごめんなさい。ヴェルナを止めることができなくてごめんなさい。私達がいてごめんなさい。

 そう何度も謝った。

 震えて小さくなった肩に、誰かの手が触れた。驚いて思わず顔を上げて振り返ってしまった少女の目の前にいたのは、栗色の髪と瞳の少年だった。

「…………」

「…………」

 互いに目を見開いたまま、何も言わない。言えないといった方が正解かもしれない。交差しあう視線を外す事すらできない。息を飲んでその怖いと思ってしまう沈黙を耐えるようにエレオノーラは、少年、エルネスティを見つめた。黒の上下に身を包んだ少年の手には、花束があった。アーツのための。

 エレオノーラに触れている少年の手が震えている。何を思って震えているのかは分からないが、じっと栗色の目で見つめてくる少年の顔は、複雑な色を見せていた。真紅の瞳を睨むような様子さえ見せているエルネスティが、ふと口を開こうとした。それにエレオノーラ弾かれたように立ち上がり、そのまま走り出した。気づけば走っていた。

「…おいッ!」

 突然走り出した少女にエルネスティは驚きつつも追いかける。あっという間に追いついて、コートの上から強く少女の腕を掴んだ。

「ごめんなさいッ」 

 エレオノーラが泣きながら言葉を零す。

「……何が?」

 その声に、心が震える。大好きな少年の声に、エレオノーラの心は震えてしまってどうにもならなくなる。顔を背けて強張る少女に、エルネスティは無表情のままもう一度といかけた。

「何が、ごめんなさいなんだ?」

 表情はないが、その声は決して硬いものではない。やや柔らかさも持っている。しかし、少年も戸惑っているし、どんな態度を取れば良いのかも分からない。

「ここ…に、来て……ごめんなさい」

 必死に泣くのを我慢しようとしているエレオノーラが、言葉つまらせながらなんとか言う。エルネスティはそれに答えない。ただじっと帽子に隠れたエレオノーラの顔を見ようとしている。決して怒鳴ったり手荒に扱ったりしない。しかしその沈黙が怖かった。

 エレオノーラは、顔を見ることが出来て、そして声を聞くことが出来た。それはたまらなく嬉しいことではあるのだろうが、エルネスティはそうではないだろう。そう考えると、胸が苦しくてたまらない。

 小刻みに震える少女の腕を掴んでいたエルネスティの手がふと緩んだ。それから大きく息を吐いた少年が、目許をほんの僅かではあるが綻ばせて少女に問いかけた。

「元気…だったか?」

「…………」

 想像もしていなかった言葉をかけられて、エレオノーラはエルネスティを見つめてしまった。今なんていったの?そう聞きたかったが、驚きすぎて声も出ない。

 真紅の瞳を見開いて自分を見つめる少女を見て、エルネスティは複雑な色を見せはするものの、でも憎悪とか苛立ちとかといった感情はない。まだ真正面から見るのは少し辛いが、それでも、この子なら。そう思えることに、エルネスティ自身が安堵しているのを、エレオノーラは知らない。

「なんとか言えよ…」

「………くれるの?」

「は?」

「私に、話しかけてくれるの?私の目……見て、くれる、の?」

 涙が溢れすぎて言葉も出なくなった少女は、ただ嬉しくて嬉しくて、何度もしゃくりあげて泣いてしまった。まだ何も解決した訳ではない。でもこうやって目を見て話しかけてくれたことに、何よりも嬉しさを感じた。エルネスティの心についた傷を思えば、こんな事を思ってはいけないのかもしれない。でも少年を思うエレオノーラの心は喜んでしまう。幸せを感じてしまう。

 真紅の瞳から零れる純粋な思いの篭った涙を、エルネスティは見つめて、それからエレオノーラの帽子を取り、大きな手でその艶やかな金色の髪の毛を撫でた。

 互いに言葉はそれ以上なかった。戸惑いもあるけれど、複雑な思いの方が強いけれど、それでも、二人の心は離れていなかった。

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