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今宵、真紅の口づけを  作者: 悠凪
6.揺らぎの中ですすむ現実
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6

「いらっしゃい」

 ヴェルナは明るくエレオノーラを迎えてくれた。その顔も雰囲気も、全くいつもの、普段の幼馴染だ。エレオノーラは気を張っていただけにそのヴェルナの様子に毒気を抜かれたようになった。

 そんなエレオノーラを見て、ヴェルナはくすくすと笑う。

「私だよ?いつもと同じでしょ」

「…うん」

「普段は何も変わらないの。あの時は自分が自分じゃないみたいに気分が違うんだけどね」

 ふと、長い睫毛を伏せたその表情は戸惑う様子も見せていた。ヴェルナ自身も、やはりこの急激で黒い変化にどうしようもなく不安を感じている。それを感じたエレオノーラは、泣きそうになりながら頭を深く下げた。

「ヴェルナ、ごめんなさい。ひどい事言って…本当にごめんなさい」

「謝らなくていいよ。私もエレオノーラの立場だったら、きっと同じこと言ってるもん。誰だってあんな私見たらびっくりすると思う。ほんとにね…」

 頭を下げ続けるエレオノーラに、ヴェルナは優しく笑ってその金色の髪の毛をなでた。細い指で何度も撫でながら、にっこりと笑う。

「だからさ、私とエレオノーラの間でそんな他人行儀な謝り方しないで。そっちの方が寂しいよ」

「ヴェルナ…許してくれるの?」

「許してなかったら、ごまかしてあげないと思うけど?」

 悪戯っぽく微笑んだ赤い瞳に、エレオノーラはまた泣きそうになってヴェルナに抱きついた。それを優しく受け止めたヴェルナはクスクス笑って、幼子にするようにエレオノーラの背中を叩いた。

「私と、ずっと友達でいてね。エレオノーラが大好きだよ」

「私も、ヴェルナが好き。赤い瞳でも、ヴェルナだけは大好きなの…本当だよ」

「ん。ありがとう」

 二人で顔を見合わせて、何となく恥ずかしくて笑ってしまう。

 どんなに自分達の環境が変わっても、やはり幼馴染の絆は変わらない。今度もし、またあのヴェルナを見たら、同じように怖くなるかも知れない。でも嫌ったり憎んだりは出来ないと、エレオノーラは思う。

 同じ時間を過ごしてきたから、それだけ少女達は互いを信用している。根底にその信用がある限りは離れる事はないと、青と紅の瞳は感じあった。

「おやつ、食べる?」

 ヴェルナは気分を入れ替えるようにエレオノーラに笑う。それに少女も微笑んで頷いた。穏やかな時間に、少しだけではあるが、エレオノーラは心が癒されていくのを感じた。



 夕方になり、家に戻ってきたエレオノーラは家族で食事を取る事になる。

 みんな赤い瞳…。

 自分以外の家族の赤い瞳を順番に見ながら、エレオノーラは違和感すら感じるようになっていた。こんなに血の色をしていたのかと。それぞれに違う微妙な色合いではあるが、共通する事は、「赤」。

 父と母は明るめの赤。エーヴァとカトリネも双子なのに少し違う。そして自分は青。

 私って、すごく異質なんだ。

 改めてそう感じたエレオノーラは、食事をしながら黙ってその家族を他人事のように見ていた。その時ドアが開いて、フェリクスが入ってきた。

 黒髪に暗い濃い赤の瞳の従兄弟は、一見すると端整で気品がある。黒とグレーを基調にした上下の服も長身によく似合っている。しかし、その赤の瞳の奥には底冷えするような冷たさを感じる。これが自分の婚約者なのかと思うと、エレオノーラは気分が塞いでしまって仕方ない。

「こんばんは。お邪魔します」

 丁寧に頭を下げて、エレオノーラの両親に挨拶をしたフェリクスは。それから青い瞳に視線を移して、小さく、そして蔑むように溜息をついた。

 まだなのか。

 そう言わんばかりの赤い瞳に、少女はムッとした顔で睨み返した。それを受けたフェリクスは小ばかにしたようにくすりと笑う。それがまたエレオノーラの癇に障った。

 やっぱり、合わないと思う。私とフェリクスは。

 心の中で嘆息したエレオノーラの耳に、突然父親の言葉が届いた。

『フェリクスと結婚するのは、エーヴァにする』と。

 誰もが納得しているような雰囲気の中、エレオノーラだけは驚いてその目を大きく見開いた。何を言っているのか分からなかった。そんなエレオノーラの前で、エーヴァが少しだけ微笑んでフェリクスを見ていることにも気付かない。

 私は、役に立たないと思われたの?

 真っ黒な感情がどろりと少女の中に垂れ込む。家を継ぐことに固執している訳ではない。継ぎたいとは、正直言えば思わないし、元々興味もなかった。ただ長女として生まれて、当たり前なのかなと思っていた。

 でも、もう関係なくなってしまったんだ。

 本当なら肩の荷が下りたはず。自分にとってフェリクスよりも大切な人がいる、何よりも守りたい気持ちがある、だから、本当なら喜んでいいはずなのに。

 お前ではいつ結婚できるか分からない。

 そう蔑んだ、この目の前の従兄弟の言葉が現実のものになったのが、妙に痛かった。

 その日の夕食はエレオノーラだけが知らないままに、結婚に関して話の進んでいたものの報告目的だと、青い瞳は初めて知った。

 穏やかな団欒のなかで、自分だけは違うんだと感じて、家族の中から浮き立ってしまっているのを身に染みて思う時間になってしまった。勿論、両親は妹達と変わらぬ愛情をくれる。何も変わっていない。でもやはり、エレオノーラには負い目のようなものもある。

 変わらない自分の体と、人間を好きになって、種族に対する認識が変わってきてしまったこと。本当なら思ってはいけない気持ちを、いくつか持ってしまった。

 くすんだ色を見せる青い瞳の中に複雑な感情を絡ませて、エレオノーラは愛する家族の光景を、一枚のヴェールを隔てたような気持ちで眺めるしか出来なかった。

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