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今宵、真紅の口づけを  作者: 悠凪
5.小さな幸せ
25/62

3

『また明後日』 

 そう、エルネスティはエレオノーラに言った。

 初めての約束は、青い瞳に涙を滲ませるほどに喜びを与えた。時間は今日と同じくらい。場所も同じ。

 小さな小さなその言葉は、エレオノーラが今まで聞いたどんな言葉より魅力的だった。

 夕方が来て、離れなければいいけない時間が来るまで、二人はずっと手を繋いだままだった。恥ずかしいけど、離すにはあまりにも勇気がいって、どちらからも離すことなんてできないままに時間が来てしまった、という方が正しいのかもしれない。 

 特に何も話さなかった。でも楽しかったと、エレオノーラもエルネスティも感じていた。

 名残惜しそうに、最後の最後まで、互いの体温を共有し合って、その日は別れた。



 帰りの道で、ヴェルナはエレオノーラを心配そうに見て尋ねた。

「どうだったの?エルネスティ…怒ってた?」

「ううん。怒ってなかった。あまり話しはしなかったけど、いつもと同じだったよ」

 知らずに顔が綻んでしまっているエレオノーラを見て、ヴェルナが途方もなく不安になっていることは気付かない。

 赤い瞳に映る青い瞳の少女は、見た目のままに純粋で愛らしい。その瞳が恋したのが人間。ヴェルナはそれが悲しかった。

 きっと、エレオノーラが好きになるくらいなのだから、エルネスティだって悪い子ではないはずだ。

 ただ種族的に分かち合う事はできないだけで。

 でも、だからこそヴェルナは悲しくなる。好きな人と分かち合えない結末しかないのに、それでも気持ちを止める事ができない幼馴染が、愛しくて、切ない。

 生まれた時から一緒の時間を過ごしてきて、きっと家族以上に、恋愛や成長に対する事、日々の事を分かってきた。ヴェルナにとっても、エレオノーラはこの世でとても大切な存在なのだ。

 だから、幸せになって欲しい。

 それが何よりも願う事。

「ヴェルナ?」

 思い悩むように目を伏せていたヴェルナを、エレオノーラは覗き込むようにして見つめた。

「あ、…ごめん。なんでもないよ」

 赤い瞳を細めて笑うヴェルナを見て、エレオノーラはアーツの事で何かあったのかと不安になった。それを尋ねてみると、ヴェルナは小さく笑った。

「大丈夫だったよ。血が欲しいなんて思わなかった」

 冗談めかして答えたヴェルナだが、ふと、表情が暗くなった。

「ヴェルナ?どうしたの?」

 エレオノーラが歩きながらヴェルナの手をそっと握る。それにヴェルナも力を入れて握り返してきた。少し、指先が震えている。

「アーツがね、私と会いたいって言ってくれるの」

「…うん。だよね」

 あれほど愛情を湛えた翡翠色の目を見れば、それは当然の事だと思う。

「でも、いつ私が暴れだすか分からないから無理だって言ったの。もう会わないって」

「ん。アーツはなんて?」

「それでもいいって」

「そっか…」

 やはり。と言う思いしかない。エレオノーラの前で言った言葉は、嘘なんかなかった。ヴェルナになら、と言った青年の顔は、清清しいほどに綺麗だった。

 ヴェルナは、アーツのことは本当に大切な友人だと思っているようだ。あまり会ってはいなかったが、それでも会えば聞き上手なアーツは、色々な話をヴェルナから聞いては、そのたびに笑ったり、適切な返答を返したり、短い時間でも密度の濃い会話をしてきていた。どこまでも穏やかな翡翠色の瞳は、限りない愛情を持ってヴェルナをみつめ、ますます恋心を募らせていった。どこか抜けたような青年ではあるが、それでもやはり少女たちより年上なだけはあって、会話をするうちにその包容力を感じさせていた。

「お兄さんみたいで、私も最初よりはアーツが好きだよ。でも、怖い」

 ヴェルナの声が震える。変化してきている少女は、エレオノーラよりももっと怖いだろう。最初の大きな一歩になってしまうかもしれないのだ。大切な友人が。

 いつ、どこで我慢が効かなくなって、血を求めてしまうかも分からない。俯いたヴェルナは大きな息を吐いて、それからエレオノーラを見た。赤い瞳が、不安に揺れている。

「どうしたら良いの?」

 か弱く震える声でヴェルナはエレオノーラに問いかける。それにすぐには答えられない青い瞳もまた、不安に揺らいで涙を浮かべてしまう。

「私も…分からない。でも、私なら………会うかもしれない」

 その言葉にヴェルナは目を見開く。

「自分が相手を傷つけてしまうかもしれなくても?」

「………」

 ヴェルナの言葉に、エレオノーラはハッとした。

 今私…なんて言ったの?

 自分の唇から零れた言葉にゾッとしてしまう。会いたいなんて、そんなことを思ってはいけない。人を殺してしまうかもしれない状況で、会いたいなんて思うのがおかしい。

 どこまで自分勝手なんだろう。浅ましいみっともない自分が恥ずかしかった。

「ごめん、私変なこと言った…」

 エレオノーラはまっすぐヴェルナを見ることが出来ず、俯いたまま小声でそれだけ言うのがやっとだった。

 ヴェルナは、揺れ動く幼馴染の気持ちに、泣きそうになってぐっとその瞳を閉じた。

 友人として好きなだけでも、やはり会わないという決断をするのは悲しい。それならそれが好きな人なら?

 ヴェルナにも想い人がいる。それを考えると、エレオノーラの気持ちは痛いほどに分かるつもりだ。だから、傷つく前に、離れて欲しい。そう思うのも事実。

 でもきっと、もう手遅れなんだよね。

 ヴェルナは心の中でそう思って、切なくて言葉が出なかった。

 青い瞳は、俯きがちに前を見て、黙って歩く。その横顔は、何か思いつめたような色を見せていた。

「エレオノーラ」

「なに?」

 ヴェルナの呼びかけに青い瞳は無理に微笑んだ。

「ううん。なんでもない…私はエレオノーラの味方だよ」

 その言葉に一瞬キョトンとしたエレオノーラは、花が綻ぶように微笑んだ。

「ありがとう」

 潤む青い瞳で、赤い瞳を見つめる愛らしい顔を見て、ヴェルナはもう何も言わないと決めた。でも、いつまでも誰よりも、自分だけはエレオノーラの傍にいようと。


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