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今宵、真紅の口づけを  作者: 悠凪
5.小さな幸せ
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1

 あれから一週間ほどがたち、エレオノーラは森の中にいる。ヴェルナと一緒に来た森は、いつもの逆の方向にある小さな花畑の所。

「ここも静かでいいね」

 濃紅の瞳を嬉しそうに細めたヴェルナは、久し振りの外に機嫌が良い。

「うん。優しい感じがする」

 たおやかな花に囲まれてエレオノーラも微笑んだ。川がないのは寂しいが、それでも目にも鮮やかな色の溢れる場所は癒しを与えてくれる。木々の緑と色とりどりの花に囲まれて、少女二人は他愛もない話で笑い合う。

 お弁当として持ってきたパンと飲み物、お菓子を広げて、木陰で並んで腰を下ろすと、ヴェルナは思い出したように切り出した。

「エルネスティには会った?」

「…え?」

 自分にとって大切な名前を聞かされて、エレオノーラの心臓が跳ね上がる。途端にあの日の涙が込みあがって来るように感じて、喉が引きつった。

 そんなエレオノーラを見て何かを感じたヴェルナは、優しい笑顔で青い瞳を見つめた。

「話したくないならいいよ」

「そんな事ない…」

 大きな溜息をついてからエルネスティの話してくれたことを、ゆっくりと言葉にした。ヴェルナが聞いても気分の良い話ではないはずだ。でも親友に隠し事はしたくない。出来るだけ冷静に話したつもりだけど、それでも最後には声が震えてしまった。

「そっか…」

 ヴェルナは聞き終わると、小声でそう言ったまま黙り込んだ。夏の風が森の木々で心地良い温度に冷やされてふわりと通り過ぎていく。陽射しも適度に遮られているので、本当に気持ちが良いのだが、心が重くなってしまった。

「ごめん、嫌な事聞いて」

 ヴェルナは切なそうに眉を顰めて謝る。

「ううん。私も話せて良かった。あ、アーツにも会ったよ」

「アーツ?…元気だった?」

「うん。でもヴェルナに会いたがってた」

「そう。でも、会ったら何するか分からないよ。私…」

「うん…そうだよね。でもさ」

「何?」

「少しは会いたい?」

 エレオノーラが問うと、ヴェルナは濃紅の瞳を少し迷ったように揺らしてしばらく考える。それから頭上で煌く緑を見上げて笑った。

「少しだけね。凄く明るいあの笑顔が見たいなって思う時はある。異性として好きだとかそんな感情じゃなくて、本当にいい人だから、友達としては好き…なのかな」

 自分への彼の想いを知っているヴェルナはその気持ちにこたえることは出来ないし、まして種族が違うからと、出会った当初から自分で距離を取っていた。でも、本当は人柄の良さには充分惹かれていたようだ。エレオノーラもあの青年の事を親しみを持って好きなのは変わらない。人のよさそうな翡翠色の瞳と笑顔。その中に深い親愛と愛情を持つ青年を思い浮かべると、エレオノーラもヴェルナも知らず知らずのうちに顔が綻んでしまうのを止められなかった。

 そしてアーツの気持ちを考えると、青い瞳は翳っていく。あんなにまっすぐな気持ちが報われないなんて、見てるだけで悲しくて切ない。どうにもならないのは自分もアーツも同じ。変な連帯感でも生まれたような気分だ。

「ヴェルナ。今も欲しい?」

「は?」 

 クッキーを口に放り込んだヴェルナに突然問いかける。赤い瞳を丸くしてヴェルナはエレオノーラを見た。

「血、今欲しい?」

「……今は、大丈夫、だけど。何?」

 その言葉を聞いて、エレオノーラは勢い良く立ち上がった。そのままヴェルナの白くて細い腕を引っ張る。

「行こう!」

「はぁ!?どこに?」

「会いに行くの。アーツに」

 アーツと言う名前にヴェルナは表情を硬くする。体に力を入れて足を踏ん張るようにして立ち止まった。

「無理だよ。会って何するの?」

「話をすればいいよ。だってアーツはヴェルナに会いたがってる。このまま何も言わないままなんていけないよ。ちゃんと会えなくなるって、ヴェルナから伝えてあげないと。アーツとヴェルナは友達でしょう?それなら尚更このまま会わなくなるなんてダメ。もし本当に血が欲しくて、アーツを襲いそうになったら、私が止めてあげるからっ」

「でも…」

 思いあぐねるヴェルナの腕を無理矢理引っ張って、エレオノーラは歩き始めた。スカートの裾が翻るのも気にせず、やや早足なほどに。

 やっぱりこのままじゃダメだ。私もいつか、ちゃんとエルネスティにお別れを言うから、だからヴェルナも言わないと。

 明日かもしれないその別れを思うと、今にも涙が零れそうになる。しかもこの間、エルネスティの過去を聞いてから会っていない。

 もしかしたら会えないかもしれないし、会ってくれないかもしれない。不安は沼のように深くて足元からエレオノーラを掬い上げて落とそうとする。

 それでも、今のままじゃダメだと思う。ただそれだけだった。

 広げたままのお弁当もお菓子もそのままに、慣れた森の中をいつもの、あの二人との唯一の場所に向かって、青い瞳は前だけを、うっすらと浮かぶ涙を振り払うように見つめていた。

 会いたい。でも怖い。あの瞳に自分を映して貰いたい。笑ってもらいたい。

 ヴェルナの腕を強い力で掴んで自分の中の恐怖と向き合うエレオノーラに、赤い瞳の少女もまた。不安げにその瞳を揺らめかせていた。

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