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俺の娘

 幸い、家と学校との距離は近く、ほたての傷はすぐに治療できた。


 あちこち血だらけになったはずのほたては、まるで時を遡ったかのように元通りになっていた。実際、結構エグい傷とかもあったはずなのだが、跡すら残っていなかった。血色もいくらか良くなった気がする。未来の医療技術すげぇな。


 それでも、完全に治ったわけではないようで、しばらくはふらふらとした足取りで家の中をうろついていた。念のため新たな武器をこの家に配置するらしい。家中がラッパだらけになるというのも困りものだが。


 俺は制服を脱ぎ、シャワーを浴びて軽い格好に着替える。例の銃弾の欠片が刺さって足の裏から血が出ていたようだが、大したことはない。

 

 浴室から出ると、ほたてはリビングで正座していた。俺を待っていたようにポツンと座っていた。ついさっき怪我したんだから寝て休めよと言っても聞かなかった。代わりに、


「お願い。きて」


 とだけ言う。


 いつもの毒っ気が感じられない。なんて反応したらいいんだ。


 けれど、ほたての前に大人しく座った。もちろん正座で。真面目な話なのは分かっていた。これは避けられないことだ。


 あの旧校舎から出る際に、言っていたこと。


 ほたてがこの時代に来た理由。


 あの気味の悪い技術長とやらも言っていた。ほたては私的な理由で開発品を盗んだ、と。母親との喧嘩の末、という俺の予想とはだいぶ違ってくるようだ。

 

「よし、いいぞ」


 ほたては俺が座って一拍ほど間を置いた後、ゆっくりとこちらを見る。


 これまで見てきたのが全て嘘かと思えるくらい、別人のような顔をしていた。一瞬、誰かと思った。初めて出会った時を思い出させる深海のような雰囲気だった。さっきまでの少女はどこにいった。


 困惑する俺のことを気にせず、まっすぐに、見つめてくる。


 聞いてて欲しい、と伝えてくる。


「海野原さん」


 いきなり敬語口調で始まった。


 思わず姿勢を正す。


「今からお話しするのは、貴方の未来の話です」


「覚悟はよろしいですか」


 淡々と、聞いたことのない声音で言ってくる。


 覚悟。なんともこわい言葉だ。俺の未来なんてどうせ大して面白くもなんともないだろうに。でも、話しぶりからして決してそうではなさそうだ。何かがあるのだろう。ほたてがこの時代までやってきた何かが。


「あぁ、いいよ」


 力強く頷いた。


 俯いたほたてはポツポツと話し始めた。





まず、私は貴方に謝らなければりません


私は、貴方の娘だと言いました。


あれは嘘です。


私は貴方の娘ではありません。


正確には、貴方は私の育ての親です。けれど、実の娘ではありません。血縁関係は一切ありません。


養子として引き取られたわけではありません。


養子ですらありません。


事の始まりは、貴方が高校三年生になってからのことです。


いつ、どういった経緯でそうなったのかはわかりませんが、貴方は同じ年齢の女性と交際をすることになります。


一人の女性、というのは私の母親のことです。名前は知りません。最後まで教えてくれなかったので。


交際を続けた貴方はしばらく高校生活を満喫していました。


深くお互いを愛していた、端から見ればそんな感じだったそうです。


しかし、問題はここからでした。


その女性は妊娠していました。


そして『お前との子どもだ』と貴方に迫りました。


堕胎は出来ない状態だったそうです、


お互い未成年。高校生どうし。


貴方はすぐに高校を退学させられました。加えて、唯一の肉親である父親から勘当されました。


貴方は出産を終えたその女性と生まれた子どもである私の3人で生活をすることとなりました。


なるはずでした。。


まもなくして、女性は蒸発しました。


一切の痕跡を残さずに、子どもを置いて貴方のもとから姿を消しました。


理由は簡単です。


もとより貴方はそのための使い捨てだったのだから。


実は、その女性には貴方以外にもう一人交際していた男性がいました。


私はその人との子どもでした。


女性は交際していた男性とできてしまった子どもを、たまたま付き合っていたもう一人の彼氏である貴方に押しつけることにしたんです。


ようはゴミ屑女だったんですよ。


女性はそのことが貴方にバレてしまう前に、面倒なものを全て貴方に押しつけて本命の男性とともに行方をくらましたのでしょう。


同時に女性の実家も引っ越して行方知れず。闇を感じますよね。


貴方は一人になりました。


私という赤の他人を残して。


真相をまだ知らない貴方は必死に私を育てようとしました


一日の全てが仕事と育児。十九歳から一人でずっと続けてきました。 


生活は貧しく、貴方の身体はあっという間に壊れていきました。


私を育てるために、貴方はそれでも必死に働いてくれました。優しくしてくれました。


そして、私が生まれてから十三年後。三十二という歳で貴方の人生は幕を下ろします。


職場でいきなり倒れたそうです。


医師は脳の機能不全だといっていました。


当時の私はよく分かりませんでした。けど、貴方の職場の人たちは口をそろえて言っていました。貴方は過労で死んだのだと。


若いうちから育児をして、いくつもの仕事を掛け持ちして、とうとう身体がもたなくなったのだと。


私もそう納得しました。


子どもの私から見ても、貴方は働き過ぎでしたから。


私の学費や生活費を稼ぐために、貴方は死んだ。


私が、貴方を殺しました。


これが、これから必ず起きる貴方の未来です。





 淡々と、他人行儀で、親しさの欠片もなく、別人のように彼女は最初から最後まで話し終えた。永遠とも思える長い時間だった。脳のあたりがぐわんぐわんする。


 歴史の講義を受けている気分だった。


 いや歴史であることは間違いない。自分自身のことだけれど。


 これから訪れる、俺の未来。


 いまいち実感が湧かないけれど、どうやら、子どもを育てて死ぬらしい。


 三十七歳まで生きられるのか。


 ほたては続けた。




私はこの未来を変えるために、「装置」を奪ってこの時代までやってきました。


貴方が死ななくて済む世界をつくりたかった。


歴史を改変するんです。


貴方とこの先出会うであろう女性を殺害します。


私が生まれるきっかけとなるものを潰しておきます。


歴史はよほどのことがない限り変わることはありません。ほんの少しの改変ではすぐに歴史の修正力が働き、もとのシナリオ通りになってしまう。


貴方がこの事実を知ったとしても、この先起きる未来は変わらない。


だから、よほどのことを起こすんです。


私の母親を殺して、貴方と母親とが出会わない歴史をつくります。


これが、貴方が助かる最も効果的な方法です。


そのために、私は貴方のもとへやってきました。


以上です。






 ほたては説明を終了し、それ以上は何も喋らなかった。


 母親を殺しにきた。


 それがほたてがこの時代にきた真相であり、これからやろうとしていることだった。


 クラスで俺に近づいてくる女子に異常な警戒を見せていたのも、あれは自分の母親となる人物を確認していたからなのだろう。俺と交際関係をもつ女子がそれに当たるのだから。


 そして、少しでも疑いが出たのなら、問答無用でそいつを殺す。


 実際に殺しかけたのだ。やるときは彼女はためらいなくやる。

 

 そしてこれらの全ては俺のためらしい。


 だが、一番肝心なことが残っている。


「お前はどうなる?」


 不安を含んだ面持ちで言った。


 歴史を変えるために過去を変えると彼女は言った。過去を変えた影響は当然、未来に出てくるのだろう。


 だが、それは俺が死なずに済むことだけなのか。


 俺とほたての母親とを会わせない。ほたての母親を消す。それによって発生することというのは、つまり、ほたての消失そのものだ。母親がいなくなるのだから、その子どもだって生まれてくるはずがない。


 ほたては間を置かずに当然のように簡潔に返答した。


「死にます」


 全身が凍り付いたようになった。 


 ほたては、なんら気にしていないような平坦な顔だった。


 目を丸くする俺に何の反応も示さない。


 説明を聞いていたあたりから感じていた嫌な予感が当たった。


 なんでそんなことができるんだ。


 何しようとしているのかわかっているのか、こいつ。


 今の時代の母親の死は、未来のほたての死、そして今ここにいるほたての死とイコールだ。


 お前がやろうとしていることは、つまり、


 自殺と何ら変わらないだろう。


 そうだ。つまりこいつは。


 自分ごと犠牲にして俺を生きながらえさせようとしている。


「ごめんなさい……」


 突然、そんな言葉が聞こえた。虫けらのようにか細い声だった。これから死んでしまうのかと思った。


 気付いたら、彼女は土下座の姿勢をとっていた。冷たいリビングの床に額を押しつけ、小さな背中をさらに小さく丸める。自身の犯した大罪を告白した囚人のような姿だった。表情は何も見えないしわからない。代わりに、ブルブルと肩が震えている。床にポタポタと水滴が落ちる。息をする度に呼吸が乱れ、徐々にめちゃめちゃになっていく。やがて、ひぐっ、えぐっ、と嗚咽のようなものが聞こえだした。


「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 そこには中学生くらいの少女がいた。


 見たことも会ったこともないけれど、そこには中学生時代のほたてがいた。まったく血のつながりのない父親を早くに亡くし、それを自分が生まれてきたせいだと呪う一人の少女だった。


 一言、一文字、全てに彼女の思いがある。


 生きているという罪悪感をのせた、謝罪の思いを。

 

 ほたては、可愛くてたまらない顔を目いっぱいくしゃくしゃに歪ませ、涙でぐちゃぐちゃにして、震える口で言葉をつくった。


「パパ……っ、ごめんなさいっ…、…ごめんなさいいいいぃぃぃぃっっっ!!!!」


 感情が一気に爆発した彼女は叫んだ。絶叫が響き渡った。家全体が泣いているようだった。


「ごめんっっっ………!ごめんなさいぱぱ!!!………わたしのせいでっ……わたしのっ!!せいで!!!」


「パパは何も悪くないのに………………未来も……希望もいっぱいあったのに……」


「わだじのせいつでっ………、全部っ……全部っ……消えちゃって……」


「パパはすごい人でっ………頭が良くてっ……何でもできてっ………」


「けどっ………わたしのために……全部を捨てちゃってぇっ………」


 ゆっくりと、涙の混じった単語をつなぎ合わせていく。震える息を吐いていく。


「生まれてきてごめんなさい迷惑かけてごめんなさいひどいこといっぱい言ってごめんなさいわがままばっかり言ってごめんなさいお金がかかる娘でごめんなさい」


 止まらなかった。ブレーキが壊れていた。このままにしておいたら粉々になってしまいそうだった。


 このままではいけないと思った。 


 俺は痺れた足を無理矢理稼働させ、彼女のもとに近寄る。丸まった背中をゆっくりと起こし、土下座を強制解除させる。


 見上げる彼女の泣きじゃくった顔を見て、後で綺麗に拭いてやろうと心に決めた。

 

 俺は小さい頃母親にされたことを思い出しながら、目の前の一人娘の小さな身体を

抱きしめた。互いの鼓動が感じられるくらいまで、力強く抱きしめた。しばらくそうして離さなかった。


 頭を撫でてやると、今にも崩れ去りそうだったほたての情緒が落ち着きを見せていく。そのまま蒸発して消えてしまいそうになっていたから、安心した。


 俺は何も言わなかった。言ってやりたいことは山ほどある。もちろん説教ではないけれど。けど、こうするのが今は一番だと思った。


 父親の勘ってやつだよ。文句あるか?



         *



「私、なんで生きてるのかなってずっと思ってたの」


 ほたての涙と鼻水にまみれたタオルを適当なところに置き、正面から抱きしめた体勢のまま俺は話を聞いていた。


 窓の外はかなり暗くなっていた。


「小さい頃からパパは大変な人だって気付いてた。毎日朝早くから深夜まで、土日もパパにとって休みじゃない。他の大人たちとは比べ物にならないくらい仕事してた」


「それでも、パパは父親としてできる限り私に接しようとしてくれた。交換日記をつくってくれてね、そこにお互いが伝えたいことを書いていくの。仕事がたまたまないときは全ての時間を私に費やしてくれてた」


「だから寂しくなんてなかった」


「勉強は特に困らなかった。私のためにたくさんパパが時間もお金もかけてくれたから」


「天才?別に。パパの教え方が上手だっただけだよ。学校の先生が教えるのよりもわかりやすいんだもん。パパがいなきゃ凡人。何も出来なかったよ」


「パパは昔からすごく頭が良くて、たいていのことは何でもできたって虎おじさんは言ってた。優秀だったんだ。教師からも『お前は高校始まって以来の秀才だ!』とか言われてたんだって」


「でも、私の母親の妊娠が発覚して、パパは高校を退学になった」


「クラスメイトも教師も皆がパパを軽蔑して見捨てた」


「そうして、パパは頼る相手もお金も未来も何もかもがなくなった」


「実の子でもない、赤の他人の私という金食い虫を残してね」


「パパの人生は転落した」


「高校中退。コネも資格もない。就職するだけでも大変なのに」


「当時19歳だよ?たいして給料の出ない仕事で働きながら、毎日五月蝿い私の面倒を一人で見なきゃいけない。………無理ゲー過ぎて笑っちゃうよね」


「未来では子育て支援が今より充実してるけど、それでも本当に地獄だったと思う」


「私が成長するにつれてお金もかかるようになっていって、生活もどんどん苦しくなっていった」


「それでも、パパは私にひもじい思いをさせようとしなかった。代わりにパパはみるみるうちに痩せていったけど」


「パパは、よく頭が痛いっていってた」


「二十代なのに白髪がたくさん生えてて、肌も信じられないくらいボロボロだった」


「パパが死んだ後、私は虎おじさんに養子として引き取られた」


「パパは虎おじさんに、自分にもしもの事があったら娘を頼むって言ってたんだって」


「『親友の約束と忘れ形見は俺が責任持って守る』って虎おじさんは快く私を迎えてくれた。あの時はいろいろと感情ぐちゃぐちゃで泣きついちゃったなぁ」


「パパの葬式の時に虎おじさんがパパの関係者と話しているのを聞いて、そこで真相を知った」


「私の出自を。私の遺伝子がパパの遺伝子と全く合わないことを」


「頭がおかしくなりそうだった」


「マジでさ、死ねよ私」


「あんなにいい人の人生を、クズの親から生まれた私は食い潰していたんだ」


「クズの子どももクズだった」


「一生をかけて償わなきゃならないと思った」


「だから死ぬ気で勉強して、時空間概念を学んで、タイムマシンの開発グループの研究員になった」


「そしてこの時代にきて、ようやくそのチャンスがきた。ミスは許されない。容疑者は片っ端から殺す。多分、同じ高校の生徒だから」


 気付いたら、抱きしめていたほたては俺の腕を抜け出し立ちあがっていた。


「あっちで何度かシミュレーションしてみたけど、歴史は基本的に不変なの。ちょっとやそっとのことじゃ、修正力が働いて未来は変わらない。それこそ、殺人ぐらい大きな事件を発生させないと」


「待てよ。人を殺すってことだぞ、お前」


「そうだけど?そうすればパパは助かる」


「罪のないヤツまで殺したらどうするんだ」


「ただでさえ私はどうしようもないクズなんだから、今更どうってことないよ。パパが死なずに済むのなら。正直、パパが助かれば後の事なんてどうだっていい」


「ふざけるな。とにかく殺人なんて許されるわけがない」


「なぜ?パパを死なせた元凶だよ?全てを押しつけて、人様の人生をぶっ潰したクズだよ!?死んで当然でしょう!!!それに、クズの母親を殺す権利があるのはクズの娘である私だけ!!!!」


 目が狂っていた。


 動きが狂っていた。


 呼吸が狂っていた。


 何もかもが狂っていた。


 自分は存在してはいけないと、自分を責め、自分を否定し続けながら、今日まで生きてきたのだ。


 この子は俺が死んでから、文字通り死ぬためだけに日々を生きてきたのだ。それだけを希望に今日まで生きていたのだ。


 一人の人生を終わらせた罪をずっと抱えてきた。もう限界だ。


 なぜ気がつかなかったのだろう。


 あの日の昼休み、進路のことを女子たちに聞かれ、「お先真っ暗」と答えた。


 あの時のほたての顔はこの先の人生なんて考えていないヤツのものだった。俺が一番に理解していたはずだ。なぜわかってやれなかったんだ。


 涙と決意で顔を染め、ほたては宣誓するように叫ぶ。


「私は大好きなパパのためにクソったれな母親を殺して、パパのために消えるんだっっ!!!!!」


「ほたて!」


 内臓を全て外へ吐き出すような勢いで、俺は我が娘の名前を呼んだ。


 多分、ここ数年で一番といっていいほどデカい声を出したと思う。近所迷惑だ。喉がかれてなきゃいいけど。


 ほたては目の前で落雷を目撃した猫のようにビクンと身体を震わせた。


 部屋が一気に静かになった。


 急な流れでびっくりしただろう。申し訳ない。


「ほたて、そこに座って話を聞きなさい」


 自分でも信じられないような親のセリフを吐いた。


 ほたては呆然とした様子で突っ立っていた。こんなことは予想外過ぎたのだろう。やがておどおどと目の前に正座する。これでは説教の構図だ。怒る気はさらさらないんだが。

 

 だが、言いたいことがある。


「お前に伝えたいことがある」


 このような形で明かすことになるとは思わなかったけれど。


 俺はゆっくり口を開き、


「実は俺はな………」


 ありのままのことを言う。


「末期患者なんだ」


 それが、ほたてを救う方法だ。










 ほたては固まった。目をかっぴらき、そのまま動かなくなった。


 ただ、


「は?」


 とだけ声を出した。


「脳の病気らしくてな、医者が言うには現代医療でもよく分からんらしい。治療法はない。薬でなんとか延命することしかできん」


 淡々と説明をする。先ほどのほたてと同じように。ただ、ありのままの事実のみを伝えていく。


「もってあと五年だそうだ」


 ほたてはポカンとしていた。何を言っているのか処理が追いつかずにオーバーヒートしてる感じがする。俺が初めてほたてと出くわしたときを思い出す。


「未来の俺の死因は脳の機能不全だろ?じゃあ決まりだ。そういう風に俺は死ぬんだから。つまり、俺が死んだのは仕事のせいでも、お前のせいでもない。単に病気のせいだ。お前の的外れもいいところだ。安心してくれ」


 お前のせいじゃない。はじめからそういう風に決まってたのだ。

 

 全く安心はできないんだろうけどな。


 言いたいことはもっとある。

  

「頭が痛いって言ってたの、多分このあたりだろ?こめかみよりちょっと前のところ」


 場所を指さすと、ほたてはハッと心当たりのある顔をした。どうやらそのようだ。


「お前が母親を殺したとしても、俺が死ぬ未来は何も変わんねぇよ。俺に家族ができなくなるだけだ」


 頭が痛い。


 それを聴いたときに確信した。


 俺の病気は定期的に起こる頭痛が特徴である。


 薬を飲んで痛みを抑えられるのだが、それでも痛い。死ぬほど痛い。それでも病気は進行していく。


 最終的に、脳は正常な活動を維持できなくなり死に至る。原因不明、それゆえ絶対に治療法が見つからないとされている難病である。


「なに……………わけわかんないこと言ってんの?」


 ようやくほたては喋り始めた。 


「嘘……嘘嘘嘘」


 決意に染まった顔が歪んでいく。彼女の信じてきたものが崩れていく。


「全部本当だ」 


「末期患者ってなに!?証拠はあんの!?」


 私を言いくるめるための嘘なんでしょ!?と睨みつけてくる。俺の言うことなど毛ほども信じていない様子だ。


 これじゃあ初めて会ったときと立場逆転じゃないか。


 俺は立って、ほたての後ろの方へと歩いて行く。その先にあるのはそれなりにデカいサイズの棚で、一番上の引き出しを開ける。


 中は書類の山で全て診療関係のものだった。書類には見慣れた病院の名前が記載してある。その中から一枚の紙を取り出し、ほたてのもとへ持っていった。


「ほら」


「っ!!!???」


 それは、俺の病気のことが事細かに記されている診断書だった。


 診断書に目を通したほたてが一気に青ざめる。


 そしておそらく、書かれている病名にも。


 わりと有名な病気だからな、これ。きっと未来でも知名度はあるのだろう。


 そして多分、その表情をみるに、向こうの医療でも治せる病気ではないのだろう。


 これは、人類じゃどうしようもできないことだ。


「俺さ、」


 ショックで動揺するほたてに俺は語り始める。


「もう死んじゃおっかなって思ってたんだ」


 医者に余命宣告をされたとき、この世がぐにゃっと壊れたような感覚がした。恐怖とか絶望とか理不尽に対する不満とか、そういうのを通り越してただただ無気力になっていった。


 身体よりも先に、心が死んでいくのを感じた。


「あんなに勉強したのに全部無駄になったし、いくら薬飲んでも頭痛えし、生きてて何が楽しいんだよって思ってた」


 頭が痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。


 死ねばこれも消えるのだろう。


 どうせ数年後に死ぬのなら、別に今でも変わらないじゃないか。


 将来、進路、なんだよそれは。


 未来への希望?


 んなこと知らねぇよ。だって、


 そもそも未来なんてものが俺にはないのだから。


 進路用紙を配られて、しかも提出しろなんて呼ばれたときは殺してやろうかと思った。まぁ実際それは教師じゃなくて未来からきたヤツの策略だったわけだが。


「でも、お前の話を聞いて気が変わった。俺は生きるよ。三十二まで生き抜いてやる」


 ほたては目を見開いた。


 もって五年。医者からの余命宣告ではそのようになっていた。俺はよくても二十三までしか生きられない。


 でも、奇跡が起きた。あり得ないことだ。聞いたときは心の中で噴き出した。


 俺はそこから、三十二まで生き延びることができたのだ。


 医者が言っていたよりも十四年オーバーだ。しぶとすぎるだろ、俺。


 なぜそこまで生き続けられたのだろう。


 余命を延ばす医療技術ができたから?


 たまたま俺の身体が強かったから?


 そうかもしれない。でも、そうではない。


 俺の心が三十二まで生き続けることができた理由。


 生き続けたいと思った理由だ。


 それは、こいつだ。ほたてだ。俺の娘だ。


 きっと俺はほたてがいたから生きていけた。生きながらえることができた。生きる活力になったんだ。大人の俺は幸せだったと思う。


 たとえ血は繋がっていなくても、俺はこの子といるだけで楽しかった。あぁ、幸せだったさ。間違いない。それは今の俺自身が証人だ。


 育児のストレス?んなわけねぇだろ。俺は子ども大好きだぞ。しかもそれがこんなビューティゴッドのミラクル天使アイドルほたてだぞ。休みの時は四六時中夢中になって一緒に遊びまくっていたに違いない。


 身体がボロボロになるまで働いたのも、全てはほたてのためだ。ほたての幸せのためだ。


 俺がそう思うんだ。未来の自分だってそうだろうさ。


 だからさ、


「ほたて。お前はもとの時代で幸せになってくれ。俺はお前のことなんてこれっぽっちも恨んじゃいねぇよ。きっとお前がいたから未来の俺は生きる希望を持てたんだ。長生きできたんだ。楽しくて楽しくてしょうがなかったんだろうよ。実は守護霊になっててお前をストーカーしてるかもな」


 この子は罪悪感など持たなくていい。俺を殺したらなんて言わなくていい。はじめから罪なんて存在しないんだから。


 勘違いで自分を責め続け、過去に家出し、命を捨てにきた可愛らしいアホの娘に、俺は気持ちを伝える。


 未来の自分の代弁者として。少し前まで人生に絶望していたけれど、ほたてと生きて、全てが楽しかった、その感謝も込めて。


 俺は不細工な顔をいっぱいに使って、


「生まれてきてくれてありがとう、ほたて」


 と笑顔で伝えた。


 ほたてが泣き崩れた瞬間だった。





「ほたて、未来に帰ろう。家出はおしまいだ」


「…………うん」

 


 


 こうして、家出少女の一週間の家出は幕を下ろしたのだった。











 俺たちはしばらく二人で語り合った。この一週間のこと、初めて会ったときのこと、ほたての生きている時代のこと、ほたての父親のこと、父親との思い出。一生続くと思うぐらい話題は尽きなかった。たまに俺がボケて、ほたてがバッサリと切り捨てる。この瞬間も心地よかった。


 二人の腹が子犬のようにきゅるると鳴って、初めて外が真っ暗であることに気付いた。


 デカ盛りカップ麺を二人で分けて食べ夕食とした後に、ほたては風呂に入った。「今日は一緒に入ってもいいよ」と下着姿でにこやかに誘ってきたので、ゲンコツを落として風呂場にぶち込んだ。未来では痴女として生きるのかと不安になった。


 その後は、寝室でまた同じようなことをした。時には抱きついてきたり、離れたくないと言ってきたりした。その度に、俺はほたての小さい頭を撫でてやった。

 

「俺の病気を治すために未来にいって治療薬を持ってこようとかするんじゃないぞ。そんなことにお前の人生を費やさなくていい。第一、開発に何百年もかかるんだろ」


 ほたての時代のタイムマシンは未来に行くことはできない。でもこいつなら、それをなんとしてでも開発するんじゃないだろうか。不老不死のサイボーグみたいになり果てて。


「うぐっ……、うぅ…………ダメ?絶対なんとかしてみるから」


「化け物になったほたてには会いたくない」


「うう、ううううううう~~~~~~っ」


 悲しそうに顔を埋めてくる。


 こいつは、タイムマシンで過去に行くと決めてから、自分の父親の死を受け入れていなかったのかもしれない。


「じゃあさ、お医者さんになるのはいいでしょ。もともと科学者じゃなくてそっちになりたかったし。お医者さんになって、パパの病気の治療法を見つけるの」


「見つけるって、それこそ何年かかるかわからんだろう」


「パパと同じ病気で苦しんでる人を助けたいの。世界中にいるから、そういう人」


「そうか。そうだな、うん。………いいと思う」


「治療法が見つかったら、過去に行ってパパを治療しに行くね?」


「やはりそれが狙いか」


「別にいいでしょ。皆が幸せになる方法だよ」


「そうかよ。まぁなりたいのならいいんじゃないか。一応、言っとくけど、死んだ俺はもう十分に幸せだったんだからな。変に気負うんじゃないぞ」


「はあい」


 分かっている返事をして微笑んだ。





 数時間後。


「パパ、一生に一度のお願い」


 唐突だった。話すことがなくなってきて、どうしようかと気まずくなっていた最中のことだった。


 ほたては、はにかんでもじもじしている。何か恥ずかしいことを言いたげだ。恥ずかしいことを頼みたいのだろうか。さっきやったぎゅーっとかだろうか。見た目に反してこいつは意外と幼いところがある。もちろん可愛いのだが。


 天使はとろけるような瞳をうるんとさせて言った。


「パパのファーストキッスが欲しい」


 とうとう俺の愛娘は頭が壊れてしまったらしい。この期に及んで何をたわけたことをほざいてんだおのれは。


 打ちつけられた雑巾のような顔をする俺を見て、魔界のいたずらっ子は目をキラキラ輝かせてクスクス笑う。


「なんだかんだいってもパパを捨てた母親のことは大っ嫌い。で、そんなヤツ相手にパパの初めてを奪われるのは到底我慢ならない」


「頼むから我慢してくれ」


「ちなみに私も初めてだから」


「なおさらダメだろ」


「誇ることだよ」 


「うわあ」


「お願い。ちょっとだけだから」


 じりじりとにじり寄り、いつの間にか肩や腰に腕が回っている。がっちり固定されている。こうなったら抜け出すのは非常に困難だ。泣き叫んだって無理だろう。


 俺は目をつぶり迫り来る衝撃に備える。


 すると、ほたては額をデコピンしてきた。


「ダーメ。キスするときは目を開けておいて。お互いがずっと目に映るように」


「どんなプレイだよ」


「未来じゃ常識なんですけど」


「そうなのか」


「嘘」


「だろーな変態」


 キス相手のわがままに従い、魅力の欠片もない目をそっと開く。ふひっと歓喜の声がこぼれるのを聞いた。


 綺麗で柔らかい肉が目標に近づいてくる。


 狙いは俺だ。俺なんかの唇だ。オークションで売っても誰も声なんてあげないだろう。


 でも、望まれている。一生に一度のプレミアチケットを使って。


 なら、しょうがないか。しょうがなかろう。


 俺たちはキスをした。


 熱に浮かれたような初めてだった。


 満足いくまでやり終えると、姫は気恥ずかしかったのか、しばらくテレテレしていた。まるで推しと初めて握手したドルオタのようだった。真っ赤に頬を染め上げていた。


 もうしたいことはなくなったのか、ほたては出発の準備を始め、ものの数分で蒼い渦を出した。彼女の私物がなくなったこの家はガランとしていた。


 キャリーケースをゴロゴロ転がし、一週間前と同じ姿でリビングに現れる。


「パパ、ご飯きちんと食べてね。レシピは残しといたから」


「あぁ」


「ゴミはきちんと片付けること。異臭は慣れちゃうのが怖いところなんだから」


「すんません」


「パパは強くて格好いいけど、弱音は吐いたっていいんだからね。虎おじさんとかに慰めてもらいなよ」


「それだけはあってはならない」


 そんなこと言いつつ、実はあいつが将来頼りになるんだよなぁと思う。あいつは最後まで俺のことを見捨てなかったらしい。いろいろと娘のことも世話してくれている。ありがたいというか、意外というか。俺の葬式の時には号泣していたのだろうか。案外繊細なヤツだからな。


「ほたて」


「なに?」


「未来に戻ったら何したい?」


「うーん。何しよっかな。技術長に追われるのは間違いないし………取りあえず国外逃亡かな。外国に友達いっぱいいるし」


「ちゃんと人間の友達だよな?」


「私のコミュ力なめんな。ねぇ、たまに会いに来てもいい?」


「また家出するつもりか……。歴史を改変しない程度にはな」


 それきり、会話が続くことはなかった。お互いに、もう話すことはなくなった。伝えたいことはない。ずっとこうしていたい気もするが、これ以上彼女がここにいる理由はない。もういい?と目で言うと、うん、大丈夫と同じように答えた。


 ほたてはそれじゃ、と背を向け渦の中心に進んでいく。


 俺は、その光景を目いっぱいに焼き付けて、手を振る。


「ばいばい」


 最後に、ほたては大好きを核爆発させたような笑顔を見せて、プラズマ音を鳴らす穴の奥へと飛び立っていった。


 蒼い渦はうなりを上げてその巨大な口を閉じていく。


 そして、静寂が訪れたときには、もう何も残っていなかった。ただ一人の男が家の中に突っ立っていた。


 ほたては未来へと帰っていった。


 一週間の、家出物語だった。


 ふと、キスをしたところを手で触ってみる。

 

 唇が濡れている。ついさっき重ね合わせていたのだから。


 俺以外の体温が残っている、気持ちいいようなくすぐったいような、慣れない感覚。実の娘相手にこんな感想を抱くのは大変よくないことなのかもしれない。


 だが、そんなことよりだ。注目すべきことは別にある。


 場の流れで受け入れてしまったが、これは一体どういうことだ。


 俺は髪を逆立てた。


 あいつ……………………俺の口腔内に

遠慮なく舌を入れてきやがった!


 ちょっとだけっつったのに、口の中全てをベロベロしてきやがった。おかげでヤツの唾まみれだ。何なんだこの味は。あのクソハイパーファザコン野郎が。なんで初体験をトラウマに変換するんだ。


 俺は口の中を念入りに洗浄し、ヤツの体液を一滴も残さないようにした。


 部屋に戻ると、鞄から参考書を取り出して、明日の授業の予習をする。そして、次の模試に向けての勉強。こういうことは久々だが、不思議と抵抗感はなかった。今の俺には活力があった。欠伸をし始めたところで、寝ることにした。


 何種類もある薬を口に入れて一気に水を飲み干す。錠剤が身体の下へと落ちていくのを感じる。


 そうして、俺はベッドの中に入った。


 目を閉じて思い出す。


 今までの記憶が次々と脳裏をよぎっていく。


 あれだけのことがあったが、しかし、たった一週間の出来事である。


 死期が近づいたというだけのこの事実は、不思議と俺にとって苦ではなかった。


 そんな思いを抱いた夜だった。









 翌朝。


 一人の男は目覚ましの音に目覚めて起き上がった。


 いつもの男ならば一回では起きない。何回目かで諦めたように目覚める。その時の表情はいつも無気力、脱力感に満ちていた。


 男は適当に朝の着替えをして、適当に朝食を作る。


 久々だったのか、今日の朝食は思っていたよりも出来が悪い。


 男以外に誰もいない、ガランとした空間。家具も最低限の物しかない。生活感はまるで感じられない。


 男は時間を確認し、慌てて朝食を口に詰め込む。いつもなら遅刻も気にしない男なのだが、今日はいつもと違った。


 いや、全てが違っていた。


 男は未来を見ていなかった。訪れる未来がなかった。


 たった一人の孤独の中、男は迫り来る死と向き合い、苦しみ、もがき続けた。


 結果、全てを投げ捨てた。


 日に日に悪化する激痛に耐え続ける生活が続いた。


 男は誰にも思いを明かすことはなかった。


 そこで、男は一人の少女と出会う。


 少女もまた、生きることを投げ捨てた者だった。


 男は少女と暮らしていくうちに幸せを取り戻し、少女の正体を知ったことで、明日への希望を抱くようになった。


 もう、男と少女はともにはいない。しかし、そう遠くない未来に、二人は再び会うことになる。


 今、死を宣告された男の顔からは、生きる事への諦め、絶望は見られない。むしろ、限界まで生き抜いてやるという強い意志が感じられる。


 まるで、この先に素晴らしい出会いが待っていると言わんばかりに。


 そう確信しているように。


「行ってくるよ、ほたて。お前と会うの楽しみにしてるから」


 朝日に照らされた海辺のような輝きを手にした男は錠剤をコーヒーで一気に流し込み、鞄を持って玄関へと駆けていったのだった。



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