ほたてショット
昼休み。
俺はほたての特製弁当をたらふく腹に入れ体内の血糖値を上昇させた後に。のんびりと机に寝そべりながら昼寝を堪能していた。
暖かな日差しが心地良い。
最近は夜に起きることも多く、やたらと寝不足だった。こういうところで睡眠時間を確保しておきたい。
ほたては今トイレ中のようで、隣の席はガランとしていた。いつもはヤツの視線が矢のように突き刺さってくるのだが、今はそんなこともない。短い間だが、久々に穏やかな時間を過ごせるというものだ。
くあっと欠伸をして机に頬をくっつける。だんだんと意識が消えていき、そろそろ眠るなぁと目を閉じかけた、その時だった。
「海野原君」
穏やかな時間はたった一言の呼びかけにより崩壊を迎える。
馴染みのない声で誰かわからず、俺は眠い身体を起こしてそちらの方を見上げた。
俺を呼ぶのなんて虎路ぐらいだ。他に俺と喋るヤツなんていたか?言ってて悲しくなってくるな。
そこには、エナジードリンクを全身に浴びたのかと思えるぐらい陽キャオーラ全開の女子三人が並んで立っていて、俺の方を見ていた。人違いかと思ったが、流れ星のような視線の先はどう考えても俺だったので、間違いなかった。
顔は見たことがある。確か、ほたてといつもいる女子たちだっけ。
「聞きたいことがあるんだけど!」
「なんでしょう」
脳の中まで貫通する弾けるような声であった。
陽キャを前にすると途端にビクビクし出してペコペコするのが俺という生命体である。きっと俺に限ったことじゃないんだろうけど。この常時お祭りみたいなテンションで話しかけられるのはキツいって。
「海野原君ってほたてさんと付き合ってるの?」
「前々から知り合いだったの?めっちゃく仲よさそうだっよね」
「二人とも海野原って姓が同じなのは偶然?もしかして親戚だったりする?」
「禁断の恋ってやつ?きゃーっ!!」
ということらしかった。やっぱり、友人が隣の席の男にベタベタしてるとそう思われるのか。
俺は絵に描いたようなとぼけた顔をして答える。
「あはは………別にほたてとは付き合ってるわけじゃないよ。名字もたまたま。全然、赤の他人ですー」
俺の子どもらしいです。
「二人っていっつも一緒にいるじゃん。どっちかというと、ほたてが海野原についていってるんだけど」
「海野原君も別に気にしてなさそうだし、好きにさせてるって感じだよね。そういうのって親密な関係じゃないとできないと思うんだけどなぁ」
そりゃあ、血が繋がってますからね。。
それと、俺の場合気にしてないというよりは諦めなんだがな。
その他、色々と俺とほたてのカップリングを疑う質問が飛びこんできたが、最終的に俺は、初めて出会ったときに少し話をして、たまたま話題が日朝の戦隊モノになって、さらにたまたま戦隊モノの好みが一致して、そこから仲が良くなったんだよ、とふざけているにもほどがある適当な嘘を言って真実に迫る女子たちを納得させるに至った。
「ふーん、ほたてさんて戦隊モノ好きなんだ」
子どもっぽいところあるし、案外そうなのかもしれない。違ってたらぶっ飛ばされること間違いなしだが。
時計を見ると昼休みは残りちょっと。陽キャと話していると時の流れは速い。今日の昼寝は諦めるしかなさそうだ。
「あ、あと」
最後に、女子は伝え忘れたことがあったのか、かがんで俺の耳元に口を近づける。
「ほたてさん、ああ見えて実はそんなに友達つくれてなさそうだから、フォローしてあげて。女子にとって付き合えない友達がいないのって結構キツいはずだから。海野原君、ほたてさんと仲よさそうだから、きっと助けになると思うの。私も頑張ってみるから」
一緒に頑張ろ!とファイトポーズをしてにこやかに笑う。笑顔がとても似合う人だった。反射的にうんと頷いてしまった。
やはり、ほたては友達づくりがそこまで上手くないらしい。まぁ、クラスメイトへの口調からしてそうなんだろうなと思っていたが。それをこの人たちは心配してくれていたのである。なんだろう、めちゃめちゃいい人だった。感動で涙が出てきそうだ。これが親心というやつか。
どうやら陽キャというのは心の中まで光り輝いているらしい。認識を改めねばなるまい。陽キャは理解できない存在ではなく、万人に希望をもたらす神だったのか。
なぁ、ほたてよ。お前にはお前のことを考えてくれるやつがいるんだぞ。いつまでもパパの後をつけ回すような恥ずかしいことをしていて本当にいいのか。
「なに……してるの?」
教室の雰囲気が南極のように様変わりしたのは、その時だった。
人影がそこに立っていた。見覚えのあるシルエット。ほんの少し前にトイレにいたはずの少女である。
どうやら、というか一目見ればすぐにわかることなんだけど、トイレから戻ってきたのであろうほたては自席のすぐ近くまで来ていて、俺と女子三人組のことをじっとりと見下ろしていた。じっとりという表現は優しいかもしれない。冷たく生気を感じない目だった。怒っていた。激怒していた。人形みたいな白い肌がゆでたこのように変色していた。虎の尾を踏んじまったような感覚が全身に流れる。体中が逃げろと危険信号を送っていた。
ほたては一歩も動かず、唇だけをボソボソ動かした。
「なに?パパ、どういうこと。なんでその人たちとパパが楽しそうに話してんの?は?仲いいの?私が知らない間にそういう関係?」
同じ哺乳類とは思えないほど抑揚のない発音である。
楽しそう?と疑問に思った俺だが、顔を手で触れてみると自分でも信じられないくらいにやけていた。恐るべし陽キャパワー。
女子たちはこの状況をやばいと思ったのだろう。
「ちがうよ?ほたてさん。たまたま話してただけ。ほら、席に行ったらほたてさんがいなくて、それでちょうど隣に海野原君がいたから……」
「そ、そうだよ!ほたてちゃん!海野原君はただ一人、君のモノだから!」
メンヘラ女子高生特有の空気みたいなのを察知して、あれやこれやと言い訳している。一方のほたての反応はというと、あぁなるほどダメだこれ。完全にシャットアウトしてる。
あと、俺はいつからこのバケモンの所有物になったんだ。
「話したのはこの三人だけ?」
ほたては指を女子たちに向ける。
一瞬、手の先に何か光るものが見えた。
嫌な予感がした。
「ほたて!」
一秒後、後ろの窓ガラスが音を立てて割れた。
女子たちの背後にあった窓ガラスだ。なんの前触れもなく急に割れた。バリンという音が鳴り、教室はしんと静まりかえった。
その場にいた人は全員ポカンとしていた。何が起きたのか分からない。時が止まったように誰もその場を動かなかった。しばらくして、ざわざわとうるさくなっていき、このことを教師に知らせに行くのか何人かが廊下へと出ていった。
だが、俺は黙ってほたてを凝視する。
俺は知っている。
というか見ていた。
指差ししたほたての指の先から、ビー玉くらいのサイズの小さい弾丸が、ちょうど三発、まっすぐ女子たちの方へ向かって直進していったのを。
本来頭を貫通していたのであろう弾丸は、ほんの僅かに軌道をずらして彼女たちの背後のガラスに直撃したのだ。
俺がほたての名前を呼んだとき、ほんの少し彼女の指先がぶれた。
「お前、何やってる」
気付いたら、
「………………」
「殺そうとしただろ、ガチで」
俺の迫真の怒りに、ほたては地蔵のように無表情で黙り続ける。
あの時、ほたては間違いなく彼女たちを殺そうとした。
脳みそをぶちまけるつもりでアレを放った。
転校してきてできた、仲よさそうにお喋りしていた友人たちを。
「一つだけ教えて、パパ。あの人たちと仲良いの?それとも今日たまたま喋ったってだけ?」
萎む風船から出ていく最後の空気のような声だが、ほたては真剣な眼差しを向けてくる。何をそんなに熱心になっているのかがわからない。
「たまたまだよ。たまたま以外に何がある」
「そう。ならわかった。ごめんなさい」
そう言って、頭をやや下に下げる。反省しているようでしていないようなよくわからない返事だった。謝る相手も俺じゃないだろうに。
色々と言いたいことはあるが、とりあえず今ではないだろう。騒ぎを聞きつけた生徒や教師が教室に入ってくる。哀れな女子たちも何が何だか分からない様子だ。
もう既に数多くの属性を一身に宿している我が娘であるが、そこにメンヘラと、殺人未遂を加えるとなるともう頭の理解が追いつかない。
「怒ってる?」
「当たり前だ。帰ったら説教だからな」
「………はい」
授業開始時刻は既に過ぎていた。




