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未確定ほたて



 ほたてがこの時代に家出をしてきて一週間が過ぎた。


 普通に考えれば未来人が来ているというのは異常事態であり、何か事件が起きてもおかしくなさそうなのだが、しかし、実際には何ら問題らしい問題は起きることなく、日常は続いていった。


 ほたては、家では家事担当、学校ではべったりストーキング娘として日々を送っている。


 なぜストーキングをしているのかについてはもう聞き出すのは諦めた。あいつはまともに答える気はなさそうだった。まぁ、実際たいした理由ではないのかもしれん。


 慣れない環境で不安だから、と言っていたが案外そうなのかもな。会話が得意な感じでもなかったし、単に緊張しているだけなのかもしれない。


 そんな、ある日のことである。


 俺はほたてからの非人道的監視体制から逃れるため、トイレに寄っていたのだった。


「お前、やっぱりほたてちゃんと付き合ってんだろww」


 隣では、いかにもチャラチャラしてそうな見た目のいけ好かない男が用を足していた。


「ウチの担任みたく、お前も生涯独身を貫くタイプだと思ってたよ。結婚式のときは呼んでくれ。ほたてちゃんを見に来るから」


 耳栓が運良く落ちていないかと辺りを見回すが、残念なことに見つからない。俺の機嫌は一気にマイナス値へと突入していく。


 この不愉快な音声を発生させる源となるこの男の名は虎路といい、人間のくだらなさを全て詰め込んで煮詰めたようなふざけた男であり、小人という言葉はこいつのために生まれてきたのではないかと思ってしまうような小人的存在であり、しかしながら残念なことに近所ということもあり俺が幼少頃から今に至るまで付き合いが続いているいわゆる幼なじみというやつなのである。


 虎路は俺の横隣に並び、ニチャニチャした顔を浮かべていた。


「付き合ってねぇよ」


「あの距離感、あの好感度でその言葉は通用しねぇよ。お前にゾッコンじゃねぇか」


 本当にそれっぽく見えてしまうから困りものである。


 ちなみに家でのほたてはべったりしてくることはなく、むしろ近寄るなと反抗期モードになって襲ってくるのだ。ツンデレの化身か、あいつは。


「ほたてちゃんとの話しぶりからして、結構前から付き合いがあったんだろ?あんな可愛い子知ってたんなら俺に紹介してくれればいいのに」


「………いや、俺もあの日ほたてと初めて知り合ったんだよ」


 正確には、その昨夜だったが。


「知り合った初日に下の名前で呼ぶ仲のくせに?はぁーーーーー、いいなー、何から何までパーフェクト過ぎるな彼女持っちゃってさー、勝ち組がよー」


 隣からの癪に障る鳴き声を無視しつつ、俺はいかにしてこの男を黙らせるかに思考を巡らせていた。


「実際、ほたてちゃんスペックが化け物だよな。可愛いだけじゃなくて頭も体も規格外だし。知ってる?この間の体育で県の記録更新したの。全国とか余裕で行けちゃうだろあれは」


「あぁ、らしいな」


「体育が終わったらさっそく陸上部にスカウトされたらしい。『興味ないですさよなら』って断ったんだって。やっぱり天才の考えることはよくわかんねぇわ」


 ちなみにその事について、家に帰って本人に聞いてみると、「ん?あぁ、ごめん、少し張り切り過ぎちゃった。一応、目立たないように加減はしたつもりなんだけど。この時代の人らって貧弱過ぎない?(笑)」と私はさらなる変身を残していると言わんばかりの発言をしていた。意外にも、結構嬉しそうだったのが年相応といった感じだった。さすが俺の子だな、と言ったところ、うるさいと頭突きしてきた。可愛いかよ。


「ああいうのは遺伝なんだろうな。親はきっととんでもない大物に違いない」


 虎路は羨ましそうにそう言った。


 俺はコホンと咳払いをする。


「もし、その親が俺だったらどうする?」


「…………え、お前何?いくら何でもキモすぎだろ。普段どう生きてたらそんな発想が出てくるんだ?」


 まるで電車の中で盗撮活動をする中年男を見るような目つきでにらまれた。汚物を見る目だ。事実なんだけどなぁ。


「お前が気持ち悪いやつだというのは前々からわかってはいたが……。さすが年増の人妻が好みなだけあるな」


「黙れロリコン」


 会話を切り上げた俺たちはトイレを出るとそのままクラスに戻った。


 俺の席は窓際の一番後ろにある。一週間という時を経て作ったのであろう二人ほどの女子に囲まれているほたての隣に向かった。


「そういえばさ、お前もう書いた?」


「何をだ」


 席に着くと、虎路の野郎は思い出したように言ってきた。


「進路用紙。一学期の最初にもらったろ」


「…………」


 一瞬、何を言われているのかわからなかった。


 が、記憶を辿っていくと、なるほど、確かにそんなものがあった。高校生最後の一年の中で最も大切ななんたら、とか担任が言ってたっけ。


 進路………進路用紙。


 何も返さないでいる俺の様子を見て虎路は呆れたように腕を組んで眉間にしわを寄せた。宿題を忘れた弟を叱るときのような顔だった。誰が弟だコラ。


「だと思った。書いてねぇんだな?締め切りは今日だぞ。どうすんだ」


「そうなんだ」


「てめぇのことだぞ海野原」


「どうするもこうするも、書くことがないんだからしょうがないだろう」


「ちゃんと用紙はあるんだよな」


「あるよ。………ほれ」


「うっわ、マジの白紙やん」


 鞄から一週間前に渡された状態と何ら変わらない、記入欄に一切の書き込みのないペラペラの進路用紙を机の上に置いた。


 名前すら書いていなかった。やる気を感じられない。というわけではない。


 はじめから書くことがない。自分の将来が分からない。


 俺にとって進路というのは、そういうものだ。


 そりゃあ、考えたさ。


 食事中、トイレ中、授業中、あるいは夜のお供を探していたときだって、そのことについて自分なりに深く考えてみた。


 結論。知らん。


 いくら考えたってわからんものはわからん。


「大学は行くんだろ?」


「さぁな」


「お前ふざけてんのか」


 居心地が悪いのでさっさと退散しようと席を立ったが、虎路は噛みつくように腕を掴んだ。虎の如く。まあまあ座れよと俺を椅子に無理矢理押しつける。逃げることができないタイプのモンスターだった。


「昔からお前そういうのに全く興味ないもんな。でも、もうちょっと自分のことは真剣に考えようぜ。人生一度きりだぞ」


「余計なお世話だ」


「ムカつくことに、不思議にもお前は頭が良いし大抵のことは上手く出来るんだ。選択肢だっていくらでもあるだろ」


「お前は一体どこの誰目線なんだ」


「もったいねぇって話をしてるんだよ。真剣に将来を考えなさい。一年なんてあっという間なんだから。きちんとその用紙に何かを書くまでご飯抜きよ」


「母目線だったか」


「夢とかねぇの?」


「ねぇよ」


 言い切った。


 虎路の野郎は諦めたようにやれやれと肩を落として俺の元から離れる。そうして、自席に戻っていき、近くの陽キャ女子たちと気持ちよさそうに談笑を始めた。ふざけた野郎だ。


 俺は白紙のペラペラ用紙を鞄にぶち込み、次の授業の準備をする。


 将来ね。そんなの俺からしたら至極どうでもいいことだ。つまらんつまらん。考えるだけ無駄さ。今この時をきちんと生きなくてどうする。


 まぁ、俺の場合はだらだらと、だが。


「ほたてさん、進路用紙まだ書いてないの?」


「えぇ……まぁ」


「進学しないの?」


「いや……その………よくわからないんです」


「えぇ~、意外」


 何やら気になる話が俺の隣から聞こえてくる。


 見ると、ほたての机の上には、ついさっき俺が鞄にしまった進路用紙と全く同じものが置かれていて、さらには全く同じく用紙は白紙の状態だった。どうやらさっきの俺と虎路とのやりとりと同じようなことをほたてと女子二人がやっているらしい。


 ほたても進路用紙に何も書いていなかった。


 考えてみれば、未来人がこの時代の進路用紙に進路を書くなんていうのもおかしな話だが。


「やりたいこととかないの?」


「働くってこと?」


「うーーん……、上手く言うことが、出来ないんですけど」


 ややたどたどしい感じの口調で、しかも敬語でほたては答える。こいつはコミュニケーションが苦手なのかもしれない。


「そうですね………書くとするなら」


「するなら?」


「お先真っ暗、ですかね」


「え、何それ」


 ほたてはいたって真面目な顔でそう言った。冗談には聞こえなかった。心の底から出したような声色だった。


 意味が理解できずにポカンとする女子たち。安心してくれ、俺もポカンとしてる。


 お先真っ暗。どういうことだ。


 ちょうどその時、授業開始のチャイムがなった。ほたてと話していた女子たち含め、生徒たちはいそいそと自分の席に戻っていく。


 俺は椅子を少し寄せて、小声でほたてに話しかけた。


「おい、ほたて、いつもの毒舌クールキャラはどうしたよ」


「やかましい」


 いつもの口調に戻っていた。今ではすっかり馴染みの声だ。これを校内放送で流したらどうなるんだろうな。


「人と喋るのは慣れてないの。話すと緊張しちゃって……」


「パパが会話術をレクチャーしてやろうか?」


「ゴリラから教わった方がまだ学びがあるだろ」


 一週間たった今でも、反抗期は依然継続中である。


「…………」


「なに?」


「…………いや。何でもない」


 言いかけたが、口から出る直前で飲み込み何とかおさえる。ほたてが何こいつ?という目でこちらを見てきた。


 さっきの言葉はどういう意味なのか、なんてことを聞きたかったのだが、まぁ他のヤツに進路のことをしつこく聞かれてもムカつく以外にないということは間違いなく、俺は触れないでおくことにした。そもそも、人の進路に首を突っ込む以前に自分の進路すら決まってないようなヤツだからな俺は。変にあれこれ聞くのも筋違いというものだろう。


 というか、お先真っ暗なのはむしろ俺の方ではないか。


「それよりもパパ。今この瞬間にも私はクラスの男どもから見られている訳なのだけれど。自分の可愛い娘が下水よりも汚らわしい猿どもに狙われている現状にはどうお思いで?」


「ん?ストーキング娘なんかいるか。半額シールつきで売ってやる」


「死んどけクソジジイ」




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