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ほたてスクール

 昨日、俺の未来の娘を名乗るほたてとやらが来襲した。意味が分からないが、翌日、いつの間にかこいつは俺の高校の生徒になっていた。


は?


「いよいよ3年生1学期が始まったわけですが、今日は皆さんにとってとても嬉しいニュースがあります。なんと女の子の転校生がウチのクラスに来ることになりました。歓迎してあげてください。………海野原さん、自己紹介してくれる?」


「海野原ほたてです。よろしくお願いします」


 3年連続で俺の担任となった、生涯にわたって独身であることを心に決めたと語る37歳独身女性教師に席を紹介された転校生の女生徒は、皆の注目が集まる中、凜とした顔つきでこちらに向かってきた。


 ちょうど自分の席あたりに来たところで足音が止まる。見ると、まるで猫のような瞳が俺のことをじっとりと見下ろしていた、気持ち悪い。


 女生徒はまわりからの注目を一切気にしない様子で、当然のように隣の席にストンと腰を下ろした。


 なんだこれ。


 ほたては平坦な顔で、かつて空席だったはずの俺の横隣に座っていた。


 昨日タイムトラベルしてきたばかりの娘は、今日俺の同級生となっていた。


「あんまジロジロ見ないでよ、パパ」


 明らかに買ったばかりと思われる我が高校の制服を着たほたては、嫌そうな顔をして、小声で文句を飛ばしてくる。制服姿は意外と様になっていた。というか、待て。いろいろ言いたいのはこっちなんだが。


「一体どういうことだ?」


 なんで昨日の今日で高校に入学できるんだよ。


「ちょっと危ないことしたけど、とりあえず私はこの学校の生徒ってことになったから」


 何か問題でも?とすました顔で今日貰ったのであろうピカピカの学生証を見せつけてくる。ドヤ顔をするな。


 手続きとか面談とかはどうした。普通そういうのって時間がかかるんじゃないのか。これも全部未来のテクノロジーによるものなのだろうか。未来凄すぎだろ。


「なんで学校行きたいなんて考えるんだよ。しかもよりによって俺の学校に」


「んー、パパの学校に興味があったから?」


「興味本位で不正入学すんな」


「不正であることは若干否定できないところなんだけども、とりあえず私は何も悪いことしてないから」


「一秒で崩壊する矛盾文を作り出すな」


「わかんないこと色々あるから、全部教えてちょうだいね、パパ。あ、学校ではパパのことは海野原君って呼ぶから」


「そこはちゃんとするんだな」


「別に、パパって呼んでもいいけど」


「不穏な犯罪臭がするな」


「私は普通の学生として振る舞うから、パパは気にしなくていいよ」


「デカい渦みたいなのをいきなり出してこないよな?」


「そんな馬鹿みたいなことするわけないでしょ、パパ相手ならまだしも」


「俺相手でもすんな。あれ、眩しすぎて目が痛むんだよ」


「昨日の両手で目塞いでよろよろしてる姿、修理不可能な中古の玩具みたいで見てて気持ちよかった。絶対またやる」


 いたずらっ子の笑みを浮かべるほたては気分良さそうに目を細めた。楽しみができたと言わんばかりの様子である。なんだろう、ドラム缶に詰めて太平洋に流してやろうか。


 けど不思議と嫌ではない。自分の子どもだからだろうか。


 朝のホームルーム、始業式と問題なく流れるように事は進んでいった。担任の春休みの旅行話、元カレに勝手に家に入られ警察を呼んだ話、校長のありがたい三十分スピーチ、進路担当からの大学合格の圧力と

いつも通りだった。


 ぼんやりと過ごしていたら、あっという間に昼休みである。


 ところで、俺が通っているこの学校は地方の外れにある、偏差値、部活動、風紀ともに至って普通で平凡な高等学校である。辺り一帯が畑や田んぼで埋め尽くされている田舎の中の田舎。大きな事件や騒ぎなんてものはそうそう起きない。それがこの高校の良さでもあるのだが、悪く言うならば、退屈すぎるのだ。


 そのため、転校生というだけでもこの学校の人間からすれば非常に珍しく、ましてそれが芸能人並みのルックスだというのだから、話題にならないわけがない。 


 気付けば俺の隣のほたての周りには、アリの軍勢のような人だかりができていた。


「海野原さんってどこから来たの?やっぱり都会の人?」


「どうしてこんな時期に転校してきたの?家の事情?」


「海野原さんめちゃめちゃに顔が可愛いよねぇ~、もとの素材がレベチすぎるわ」


「というか、海野原さんのこと下の名前で呼んでいい?ウチのクラスに海野原ってもう一人いるし、あと何より下の名前がほたてって可愛い過ぎるから」


「ちょっとキモい男子!ほたてちゃんに近寄らないでくれる!?」


 皆ほたてのことを見に来たのだろう。


 事情を知らない生徒からしたら、「地方の田舎高校に突如として転校してきた超絶美少女」である。そりゃ、人気も出るわけだ。


 あと、こんなこというのはなんなのだが、自分の娘の自慢話のように聞こえるかもしれないが、このほたてという少女は、世間的に見れば超がつくほどの美人だ。間違いない。やべえ美人だ。


 ほたての可愛さはただのそれとは訳が違う。このままテレビに顔を出せばその番組の視聴率を数パーセント上げることができるのではと思えるぐらいのポテンシャルだ。そこらの有象無象と競っても全て片足でひねり潰せるくらいのチート級の美貌を持っていた。


 転校初日にして、ほたては学年のアイドルとなった。隣のクラスの連中も押しかけてくる異常事態だ。この学校にはレベルの高い女子がいねぇとか言って嘆いていたモンキーどもは一人残らずほたての元へ群れをなして向かっていった。


 正直、俺からしたらどうでも良い。


 ほたても心底どうでもよさそうだ。


 だが、問題なのは、だ。


「パパ。どこか行く時はまず私に声をかけて」


 皆の注目の的となっているほたてが、学校中、至る所で、常に俺にべったりなことである。


 比喩でも何でもなく、まんま、字面の通りだ。


 朝のホームルームから今に至るまでずっと、ほたては俺の傍から離れようとしない。移動教室の時もずっとだ。影のようについてくる。そして俺は離れようにも離れることができない。


 靴裏にべっとりとはりついたガムみたいだ。


 というのも。


 ほたてが学校に登校する直前、玄関前にて。


「パパ、さっそくなんだけど」


「なんだね」


「今日から私のルールに従って学校生活を送ってもらいます」


「お前は何を言ってるんだ?」


「基本、パパは私のそばを離れないで」


「お前は何を言ってるんだ?」


「トイレ以外は私の目の届くところにいて。三メートルまでなら許す」


「このまま話を終わらせるつもりじゃないだろうな」


「娘のわがままくらい大人しく聞いてよ。器小さいなぁ」


「理由を言え理由を。話はそれからや」


「いつか話す」


 と、いうようなことがあったからである。理解できないのは俺の脳細胞不足のせいだろうか。


 ふざけた条件を一方的につきつけ、一時も俺の傍から離れようとしない。


 しかもそれだけではなかった。


 ほたては、俺に近づいてくるやつに全員キッと睨みつけて威嚇するという、今時の厨二病でもやらないような奇行を始めたのである。


 すれ違う人、たまたま通りかかった人、全員に対して地獄の鬼みたいな顔を向けている。それでもまだ可愛い域を出ておらず、そこまで皆を怖がらせているわけではないのが救いだった。


 まぁ控えめに言って、こいつ頭おかしい。これではまるで彼氏束縛系のメンヘラ激重女子高生ではないか。そういうのはASMRで十分なのだよ。入ってきたばかりの転校生がすることじゃない。見ろ、俺のまわりが更地になってるじゃないか。


「ダメ。パパは私とずっといて」


 逃げようと席を立ったが、指を掴まれた。次は腕を掴まれ、肩、首、顔、そして気付いたら席に戻されていた。こんな具合だ。誰か助けて欲しい。


 クラスのやつらもこの珍妙な光景に困惑した顔をしている。


 普段学校では地味な俺が、転校してきたばかりの超絶美少女に生まれたばかりの幼いペットの犬のようにくっつかれているのだ。目立つことこの上ない。変なことを想像する輩も中には出てくるだろう。


「ほたてよ、お前の正体がやはり変態だったというのは理解したが、しかしなんでこのような奇行に走るのか俺には理解できない」


「奇行?慣れない環境で不安になる中、最も頼りになるパパにくっつくのは自然なことでしょう」


「このままだとお前はストーカーおよびファザコンの容疑がかかることになるんだぞ。それでもいいっていうのか?」


「別に」


「え」


「だって………ずっと、一緒にいたいんだもん」


 きゃあ、と女性陣から黄色い声援が上がる。野郎どもは結託して投石の準備をし始めた。何をしているんだ。 


 この馬鹿娘、一体何を企んでやがる。


 


 そんなわけで、いやどういうわけだよと頭を抱えたいのだが、しかし俺の高校生最後の一学期は開始されたのだった。


 実の娘と一緒に。

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