表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

大書庫に残らない私の記録

作者: 雨宮アオ
掲載日:2026/02/20

初投稿です。

至らぬ点が多々あるかと思いますが、温かい気持ちで読んでいただけますと幸いです。

 その世界では、死者は「星になる」のではなく、「記録になる」と言われていた。

 記録とは、神殿の地下深くにある〈大書庫〉に保存される光の粒子のことだ。誰がどこで生まれ、何を願い、どんな選択をして、どんな最期を迎えたのか――そのすべてが、光として封じられる。

 そして稀に、その記録を読むことのできる者が生まれる。

 私、朝霧 澪は、その「記録」を読める側の人間だった。

 ――少なくとも、ここに来てからは。


 ◇


 目を覚ましたとき、見知らぬ天井がある、なんて生易しいものじゃなかった。

 石造りの天井、空気に混じる焦げた香草の匂い、窓の外には二つの月。何より、自分の身体の内側に、明らかに「何か」が流れている感覚があった。

 魔力だと知ったのは、その日のうちだった。

 私はこの世界で、「記録読み(レコーダー)」と呼ばれる存在として生まれ直していた。死者の残した光を読み取り、未来に起こりうる出来事の断片を知ることができる能力者。王都では国家の重要機密を扱う存在として、半ば神官のように扱われているらしい。

 未来が見える――と言っても、便利な予言なんかじゃない。

 見えるのは「死の記録」だけだ。

 誰かがいつ、どこで、どうやって死ぬのか。断片的に、唐突に、夢のように流れ込んでくる。それは避けられる場合もあれば、どうしても変えられない場合もあった。

 路地裏で襲われるはずだった少女。

 崩落するはずの橋の上にいた騎士団の一隊。

 毒を盛られるはずだった王子。

 ひとつ、またひとつと「記録」を書き換えていくたび、世界は少しだけ静かになった。

 ――でも、そのたびに。

 自分の中の何かが、削れていく気がした。


 ◇


「澪様、最近お顔色が優れませんね」

 侍女のリゼットが心配そうに覗き込んでくる。

「大丈夫。ちょっと夢見が悪いだけ」

 嘘ではなかった。夢は、確かに悪かった。

 最近は、自分自身の死ぬ光景ばかりを見るようになっていたからだ。

 燃え盛る塔の中で、黒い翼を持つ魔族に貫かれる自分。

 氷の湖の底に沈んでいく自分。

 誰にも知られず、書庫の奥で息絶える自分。

 そして、共通しているのは――そのどれもが、誰かを救った「後」だということ。

 記録は、嘘をつかない。

 だから私は理解した。

 この力は、未来を救うためのものじゃない。

 「代償」を決めるためのものだ。

 誰かが生き延びる未来を選ぶたびに、帳尻を合わせるように、別の死が確定していく。そして、その「空席」を埋めるのが――私なのだと。


 ◇


最初に夢を見たのは、五歳の冬だった。

 雪の降る夜、私は知らない男の死を見た。路地裏で、剣に貫かれて、血を吐きながら何かを叫んでいる。目を覚ましたとき、喉が焼けるように痛くて、自分まで死にかけている気がした。

 三日後、夢で見たのと同じ場所で、その男の遺体が見つかった。

 それからだった。

 知らない誰かの「最期」が、夢として流れ込んでくるようになったのは

神殿に引き取られ、「記録読み(レコーダー)」として育てられてからは、死者の残した光に触れることで、記録を意識的に読み取れるようになった。触れた瞬間、その人間が辿った最後の数分間が、まるで自分の体験のように流れ込んでくる。

それまで夢として流れ込んでいた光景は、光に触れることで、はっきりとした「視界」として再現されるようになったのだ。

 ――見なければ、助けられない。

 そう言われて、何度も何度も、知らない誰かの死をなぞった。

 泣きながら。

 吐きながら。

 数年経ってずいぶん慣れた頃には、泣くことも吐くこともなくなっていた。


 ◇


 十四歳のとき、初めて「変えた」。

 市場で、暴走した魔獣に踏み潰されるはずだった少年。

 夢で見た通りの時間に、夢で見た通りの場所へ行って、ほんの少しだけ彼の進む方向を変えた。それだけで、未来はずれた。魔獣の爪は空を切り、少年は無傷で生き延びた。

 簡単だった。

 拍子抜けするほどに。

 ――未来は、変えられる。

 その事実は、私を少しだけ救った。

 けれど。

 その夜、初めて「自分の死」を見た。

 知らない戦場で、背中から槍に貫かれている。口の中に血の味が広がって、息ができない。膝から崩れ落ちる感覚が、なぜか妙にリアルだった。

 目を覚ましたとき、自分の胸を何度も強く叩いた。ちゃんと息ができているか確かめるために。

 それからは、未来を変えるたびに見るようになった。

 別の死に方の、自分を。


 ◇


「帳尻合わせ、ってやつですよ」

 神官長は、まるで天気の話でもするように言った。

「世界は均衡を保とうとします。救われる命があれば、その分、別の命が失われる。あなたの力は、その『空席』を埋める役割を担っているのでしょう」

「……つまり、私が死ねば、誰かが生きるってことですか」

「ええ。おそらくは」

 慰めの言葉は、なかった。

 代わりに、次の任務が与えられただけだ。


 ◇


 救った命の数は、覚えていない。

 覚えているのは、増えていく「自分の死に方」だけだ。

 燃え落ちる塔の中で。

 氷の湖の底で。

 毒に侵された寝台の上で。

 誰にも知られず、書庫の奥で。

 共通しているのは、そのどれもが、誰かを救った「後」だということ。

 未来は、変えられる。

 でも、消えはしない。

 どこかで、誰かが、代わりに死ぬ。

 それが、私になるだけだ。


 ◇


 魔王討伐の作戦が始まったのは、春だった。

 王都の記録によれば、討伐隊はこの遠征で全滅する。原因は、魔王城の最深部にある〈時環の魔法陣〉。侵入者の時間を巻き戻し、永遠に同じ戦いを繰り返させる禁術だ。

 唯一の突破口は、魔法陣の核を外部から破壊すること。

 ただし、それを行う者は、魔法陣の中に取り込まれ、時間の外側に置き去りにされる。

 帰還は不可能。

「やっぱり、私が行くしかないか」

 当然の結論だった。

 これまでだって、そうしてきたのだから。

 騎士団長のアルトは、最後まで反対した。

「君一人の命で世界が救えるなんて、そんな都合のいい話があるか!」

「あるよ」

 私は笑った。

「だって、そういう風にできてるんだから」


 ◇


 魔法陣は、確かに時間を歪めていた。

 一歩踏み込んだ瞬間、景色が幾重にも重なって見える。未来の自分が剣を振り下ろし、過去の自分がそれを受け止め、現在の自分がその隙間をすり抜けて進んでいく。

 核は、すぐに見つかった。

 黒曜石のような球体が、空間の中心に浮かんでいる。

 そこに手を伸ばした瞬間、無数の「記録」が流れ込んできた。

 救われたはずの少女が、別の場所で命を落とす未来。

 生き延びた騎士たちが、戦争を長引かせる未来。

 毒を免れた王子が、独裁者になる未来。

 そして――。

 私が何もしなかった世界。

 そこでは、魔王は討たれず、人々は滅び、誰の記録も残らなかった。

 光のない、大書庫。

 空っぽの世界。

 指先が、震えた。

 それでも、核に触れる。

 砕ける音が、確かにした。


 ◇


 時間が止まる。

 音も、光も、感覚も。

 ただ、意識だけが残る。

 ああ、なるほど。

 ここが、「外側」なんだ。

 誰の記録にもならない場所。

 忘れ去られるための、空白。

 遠くで、誰かの声がした気がした。

 たぶん、アルトだ。

 きっと、彼らは帰れる。

 少女も、騎士も、王子も。

 みんな、未来に進める。

 私のいない未来に。

 それでいい。

 最初から、そういう役割だったんだから。

 だから――。

 ああ、あの時死んでおくんだったな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ