いちばん輝く星になりたくて
冬の夜空は、まるで黒いベルベットの布みたいに深くて静かです。そこには、数えきれないほどの星たちが散らばっています。
「いいなぁ。あんなふうに、きらきらしてみたいなぁ」
ため息をついたのは、南の空の低いところにいる、名もない小さな星でした。
彼の光はとても弱くて、チカチカと瞬くのがやっとです。となりにいる青白い一等星が、ギラギラとまぶしい光を放っているのと比べると、まるで豆粒みたいでした。
「またそんなことを言っておるのか」
となりの古ぼけた星――長老さまが、あきれたように言いました。
「わしらは空に張り付いて、ただ光っておればよいのじゃ。人間たちに見つけてもらおうなんて、欲を出すでない」
「でも、長老さま。ぼくは一度でいいから、誰よりも強く『きらきら』してみたいんです。あの一等星よりも、ずっとずっと強く」
小さな星は、毎晩そんなことばかり考えていました。
ある、とてつもなく寒い夜のことです。
地上は、厚い雪雲に覆われて、真っ暗でした。でも、小さな星には見えました。
真っ白な雪原の真ん中で、小さな影がうずくまっているのを。
「……泣いている?」
それは、人間の女の子でした。
女の子は、雪を必死に手で掘り返していました。かじかんで真っ赤になった手で、何かを探しているのです。
「ママのロケット……どこ? お願い、出てきて……」
風に乗って、かすかな声が届きました。どうやら、大切な宝物を深い雪の中に落としてしまったようです。
月は雲に隠れていて、あたりは墨を流したような暗闇でした。これでは、見つかるはずがありません。女の子の目からこぼれた涙が、凍りついて頬でピカピカと光りました。
「かわいそうに。今夜は冷え込むぞ。あんなところにいたら凍えてしまう」
長老さまが心配そうにつぶやきました。
小さな星は、胸がギュッと痛くなりました。
ぼくがもっと強くて、大きな星だったら。あの雲を突き抜けて、あの子の足元を照らしてあげられるのに。
今のぼくのショボショボした光じゃ、絶対に届かないのです。
「……もっと近くに行けば、照らせるかな」
小さな星がポツリと言うと、長老さまはギョッとして止めました。
「バカなことを考えるんじゃない! 空から落ちるということは、死ぬということじゃぞ!」
「死ぬ?」
「そうじゃ。わしらの体は、空を飛ぶと激しく燃えてしまう。地上に着くころには、ただの黒くて冷たい、石ころになってしまうのじゃ。二度と光ることはできんぞ!」
小さな星は震えました。光を失うなんて、とても怖いことです。
でも、下を見ると、女の子が寒さで動かなくなってきているのが見えました。
「――ぼく、行くよ」
「やめるのじゃ! お前みたいな小さな星が落ちたって、誰も気づきはせんぞ!」
「いいんだ。たった一瞬でも、誰かの役に立てるなら。ぼくは……ぼくは、きらきらしたいんだ!」
小さな星は、思い切り空を蹴りました。
ヒュゴォォォォ――ッ!
すごい音を立てて、星は落ちていきました。
体が熱い! 痛い! 自分の体が削れていくのがわかります。
けれど、それと同時に、星は感じていました。
今、自分は燃えている。
となりの一等星よりも、お月様よりも、誰よりも強く、激しく輝いている!
カッ――!
雲を突き抜けた瞬間、世界が昼間のように明るくなりました。
それは、凍える冬の夜空を切り裂く、まばゆい銀色の光の剣でした。
これまでに誰も見たことがないほど美しい、最期の「きらきら」でした。
その強烈な光は、女の子の足元を、ほんの一瞬だけ照らし出しました。
雪の中に埋もれていた銀色のロケットが、光を反射してキラリと輝いたのを、女の子は見逃しませんでした。
「あった!」
女の子がロケットを拾い上げたのとほぼ同時に、少し離れた雪山に、シュゥゥ……と小さなものが落ちました。
女の子は、大切なロケットを胸に抱きしめて、そちらへ歩いていきました。
雪の上に、湯気を立てている、親指くらいの大きさの石が落ちていました。
それはもう、光ってはいませんでした。焦げたように真っ黒で、ゴツゴツした、ただの石ころでした。
「……お星さま?」
女の子は、その温かい石をそっと拾い上げました。
空を見上げると、雲の切れ間から、星たちが静かに瞬いているのが見えました。
「ありがとう。私を助けてくれたのね」
女の子は、黒い石をハンカチで包むと、ロケットと一緒にコートのポケットに入れました。
ポケットの中は暗くて、狭い場所でした。
元・小さな星は、もう二度と「きらきら」することはできません。冷たくて硬い体に変わってしまいました。
でも、不思議と寂しくはありませんでした。
布越しに伝わってくる女の子の体温と、トクトクという心臓の音を聞きながら、石は思いました。
(あの一瞬だけは、ぼくが夜空でいちばん、きらきらしていたよね。長老さま)
黒い石は、暗いポケットの中で、静かに幸せを噛みしめていました。
(了)




