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君をおもえば  作者: おはぎ
プロローグ
2/16

ふつうだけど夢 

 いつも同じ夢をみる。だけど夢の中で夢とは気づかない。夢で、私は、外を元気に走り回っている。外の景色は、その時によって違う。でも走っているのはいつも現在(いま)の私。どんなに走っても息はきれないし、身体のどこも痛くない。うれしくって大声で笑う。本当に笑っていて、自分の笑い声で目が覚める。それもいつもと同じ。

 自分の笑い声で目が覚める朝ほど気分の落ち込むことはないと、この病気にかかってからユーリは感じるようになった。手をつっぱって身体をゆっくり少しずつ起こして、とても慎重に痛みがないか確認する。どこにも痛みがないとほっとする。今朝は痛むところはなかった。ベッドから出て、クローゼットの前に立ち、少し迷って気に入っている洋服を取り出し着替えた。自分の手で着替えるのは、痛みがないことを確認する意味もあるが、自分の身体を自由に動かせるということに、とても幸せを感じるようになったからだ。それに服を着替える時の布地の手ざわりも気に入っていた。

 ユーリの母親は、ユーリのために、着心地が良く、肌にひっかからない服を買いそろえるようになった。天然繊維で値の張る高級品は、ユーリに新しい楽しみを与えた。家じゅうの床も壁も、ユーリが触れても痛くないように、天然の柔らかい植物を張りなおした。植物たちは、ユーリの肌が乾燥しないように適度な湿気をいつも吐き出してくれている。それはユーリの肌だけでなく、心も穏やかにした。病気になってよかったことって、このことかなと思うが、この病気になりたい人がいるはずはないとユーリは思う。

 お母さんはすぐにユーリのことをわかるからと思い、ユーリは鏡で表情を自分の表情を確認する。まだ15歳だから肌はぴかぴか輝いているが、今朝の夢のせいで表情はさえない。笑顔を作って鏡を覗きこむと、楽しそうにみえなくもない顔が向こうから見返している。目が少し吊り上がり、ちょっとだけ妖精みたいだと言われたことがある。そのいとこの言葉を思い出して、またいとこに会いたいと思った。

 「ユーリ」お母さんの声が聞こえた。ユーリは、「今行くー!」と返事をして、部屋を出た。身体が痛くないときは、なんでも自分でするようになった。柔らかい植物で作られたドアに触れる触感を楽しむ意味もある。

 朝ごはんのいい匂いがする。お母さんはユーリが病気になってから、ユーリの好きなものを食べさせようと朝から頑張っている。

「今日は元気そうね、ユーリ」お母さんは私の顔をうかがいながら、笑顔で言った。

「うん、どこも痛くないし」と私が言うと、お母さんはちょっとだけ眉を寄せて「どこか痛くなったらすぐに言ってね。」といつも同じことを言う。私は毎朝同じことを聞くことになるので嫌だけど、お母さんが心配しているのもよくわかるので、いつも同じように「うん」と返事をする。

 お父さんは、もう椅子に座っていて、読み物を開きながらコーヒーを飲んでいた。

「おはよう、ユーリ」と読み物から目を離さず声だけかけた。お父さんは、ユーリが心配されるとかえって不安になることを知っていた。

「おはよう、お父さん、何かいいニュースはある?」と尋ねると、お父さんは読んでいる画面を大きくしてユーリに見せた。

「アラスカ地区で暴動だって」画面にはいかにも寒々しい雪と氷の風景が映っていた。そこから遠く離れた報道室でしゃべっているであろうアナウンサーが興奮したように、暴動について説明していた。

「こんなところで暴動って、どうやって?」ユーリが聞くと、父親はユーリに別の画面を開いて見せた。「ここだよ」ユーリの父親が指差したところは、最深部地下のコロニー内部だった。

「経済格差が大きくて、地下コロニーに住めない人々が、あまりの寒さに耐えかねて、地下コロニーに押し寄せて。そこにもともと住んでる人といざこざになって、それでこれまでの不満が爆発して暴動になったらしい。」

 数年前に夢の住まいとして大々的に宣伝されていた清潔でスマートにみえたコロニーは、画面に無残な傷跡をさらしていた。ユーリはその傷跡を見て、思わず目をそらしてしまった。暴徒が破壊したと思われる壁についたぱっくり割れた傷は、ユーリに自分の傷を思い出させた。

 父親はユーリの反応を見て、「朝からこんなものはやめよう」と言って、画面を切り替えた。海の中が映し出され、同時に波の音が部屋中にあふれた。ユーリは海が大好きだった。

「また海に行ける日が来るかな」ユーリがつぶやくと、父親はユーリを見つめ、必ず来るさと言った。「今年の夏は海に行けるといいわね」お母さんが口をはさんできた。ユーリは、さっきの動揺をお母さんに知られなくてよかったと思った。お母さんが知ったらとても心配するもの。お母さんは手早く食事を準備しながら、今年の夏の計画を話した。「海のそばのホテルに行きましょう。そこならもし海に入れなくても、波音を楽しんだり、潮風にあたったりすることもできるわ。」

 お母さんは、もう40過ぎだと思うけど、まだ20代のように見えた。日本地区の人は、若さを保つ術式をそれほど好まないけど、多くの人はそれを行っている。でもユーリのお母さんは、肌に薄いプロテクターを吹き付けているだけだけど、とても若々しい。ユーリと並んでいると、しょっちゅう姉妹と間違われる。ユーリは、それをお母さんが内心喜んでいることを知っていて、ちょっとだけバカにしていた。私なら大人に見られたいけどな。若く見えるとバカにされるんだと思う。ユーリは若々しいお母さんを見ると、私は大人になれるのかなといつも不安がよぎる。

 ユーリのお父さんはお母さんより、ちょっとだけ年上で、年相応に見える。お父さんとお母さんの外見が何となく釣り合ってない感じがするのもユーリは好きじゃなかった。でも世界中の人々は、若さを保つ術式を受けるのが当たり前なので、そんなこと誰も何にも思わないのだった。

 ユーリが生まれるずいぶん前に、世界はとても変わった。どうしてかこれまでなかった技術がいくつも生み出されるようになり、今までできなかったことができるようになった。なぜ急にそんなに技術革新が起きたのか、誰も気にしなかった。むしろこれまで悩んでどうにもならなかったことに解決がつくようになったので、誰もが興奮していた。

 ずっと昔は若く見せるために外科手術を行う必要があったそうだ。だけど今は、そんな必要はない。外科手術なしで、人々は、ずっと外見が若いままいられるようになった。それにほとんどの病気を治すことができるようになった。建物もかたい壁にしなくても、植物などの有機体を使うことができるようになった。世界は、本当に大昔のようにあちこちに植物があふれ、三百年前まで深刻だった地球温暖化の問題も消え去ってしまった。誰もが、すべてのことは解決し、何の苦しみもなく、楽しく生きていくことができると信じていた。

 そのうち、奇妙な病気に苦しむ人が現れるようになった。どんな最先端の医療技術を使っても、治すことのできない病気だ。医学の専門家は、こぞってその病気の研究を始めた。でもどんなに研究をしても、原因すら見つけることができなかった。そういう病気はいくつかあった。そのうちの一つがユーリのかかった病気だ。どうしてユーリがその病気にかかったのか、いまだにわからない。遺伝子には何の問題も見当たらなかった。周囲に同じ病気を患う人もいなかった。

 ユーリは、皮膚が硬くなっていく病気にかかっていた。最初医者はユーリの皮膚を見て、今の時代はとても珍しいが、あかぎれか、しもやけだと言った。そして冷たいところに皮膚を長い時間さらさないようにとありきたりな注意をした。ユーリも自分で調べて、確かにそういった病気としか思えなかったが、身体の末端にそれらの症状が現れるわけではないのが気になった。胸の上のほうとか、太ももの真ん中の皮膚に亀裂が入るのだった。今から思うと、医者も、あかぎれやしもやけを診たことがないので、わからなかったんだろう。そのうち少しずつその範囲が広くなってきた。そして関節にまで広がると、ちょっと動かすだけでそこの皮膚は切れ、血がにじむようになった。医者が出してくれる皮膚を柔らかく保つ薬も、高保湿を謳う高価なボディクリームも効かなかった。高価な飲み薬も、多少範囲が広がるのを遅らせるだけで、直すことはできなかった。

 ユーリは次第に動くことができなくなった。皮膚は目に見えて硬そうになり、そこに亀裂が入り、出血がひどくなるからだった。そうなると病院に入院しなくてはならず、流動食を胃に流し込むようになっていた。しかし医師たちは、どんなにしてもユーリの皮膚の石化を止めることはできなかった。そしてその石化は次第に皮膚だけではなく、内臓にまで進む様子を見せていた。

 お父さんもお母さんも必死でユーリの病気を何とかしようとしていた。いろんなところから、情報を探してきて、医者には内緒でいろいろな奇妙なものをユーリに飲ませるようになった。お母さんは毎日ユーリの石化してない部分の肌を柔らかく保つために高価なクリームを惜しげもなく使ってマッサージをした。そしてユーリが少しでも毎日楽しく過ごせるよう、工夫した。

 ユーリが入院して、半年ほど経ったころ、お父さんが奇妙な噂を聞いてきた。ユーリと同じような病気の人を治すことができる人がいるという話だ。奇妙なのは、その人は医師ではなく、呪術師だということだった。人類があらゆる病気から解放されたと信じたころ、ユーリの病気のようにどうやっても医学で治すことのできない病気に、呪術師のとなえる呪が効くという噂が流れるようになった。

 お父さんは、半信半疑で、噂の呪術師に連絡を何とか取り、来るように言われた場所へ向かった。 お父さんの予想に反し、指定された場所は、ありふれたようすの家だった。お父さんが部屋に招き入れられると、そこは、呪術師の好みか硬い壁で覆われていた。お父さんは、その壁を見て息苦しく感じた。呪術師は、いたって普通の人に見えた。着ている服は、お父さんの服と同じようだったとお父さんはユーリに話した。また怪しげな偶像なんかが部屋の中にあるわけでもなかったと話した。呪術師は、お父さんよりもうんと年上に見えたそうだ。若く見せる術式なんかまったく施してないみたいだった。

 お父さんは、ユーリの症状を呪術師に説明した。お父さんの話をしばらく聞いて、呪術師は、私がお役にたてると思う、私の知っている呪が効くだろうと言った。そして、3日後に、ユーリの入院する病院に行くことができると言った。お父さんは全く信用してなかったが、これまで本当にいくつもいろいろなことを試してきたので、この呪術師もそのうちの一つと思って試すことにした。ユーリに何か飲ませたり、食べさせたりするわけではないことも気が楽だった。お父さんは、病院の場所を伝え、時間を打ち合わせた。医師に何と説明すればいいだろうと思ったが、医師たちにもどうにもできないんだから、どうにでもなるだろうと考えた。

 ユーリは、お父さんからその話を聞いて、お父さんはとうとう気が狂ったんじゃないかと心配になった。今の時代に呪術?お父さんは、ユーリのことを心配しすぎたんだと思った。でもそんなに心配しているお父さんに逆らうこともできなかった。お母さんは、お父さんの話を真剣な様子で聞いて、やってみる価値はあると宣言した。ユーリは、お母さんもおかしくなってるんだと思った。そんなに心配させていることを申し訳なく思った。ユーリの目に涙が浮かんできた。お母さんは、ユーリのほほを伝う涙をぬぐい、大丈夫よと言った。お母さんも、信じられないと思いつつも、ユーリに何かを飲ませるわけではないことを喜んでいた。






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