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君をおもえば  作者: おはぎ
プロローグ
13/16

擬態

 それからしばらく全員なんの収穫もなかったし、マッテオさんからの連絡もなかった。桔平はイライラしたが、イライラしてもどうしようもなかった。

 ある日の午後、エリックからメッセージが入っていることに気づいた。


       話したいことがある。次のネットワークで会いたい。エリック


 なんだろうと桔平は気になった。あれからマッテオさんからは何の連絡もない。何もわからないのか、連絡しようという気にならないのか、それとも他の理由があるのかはわからなかった。マッテオさんとの連絡は先生が担当することになったので、桔平がマッテオさんに連絡することもなんとなくはばかられていた。桔平は、皆にエリックから話があるとメッセージが入ったことを伝えた。

 それから数日、桔平はエリックのメッセージが気になって、早くネットワークの日が来ないかと落ち着かなかった。そしてネットワークの日になって、早めに先生の家へ向かった。

 先生は桔平を出迎えた。「なあ、マッテオの息子から連絡が来たんだな」先生はすぐ口を開いた。

「ええ。落ち着かなかったです。何だろうと思って」

「気を付けるんだ。向こうはお前と話したがっているんじゃないか」先生は眉間にしわを寄せていった。

「僕がなんの情報もないことは、もうマッテオさんは知ってますよ」

「向こうは何かを探っていただろう」

「ええ、だからって、すぐに、そう悪いことは考えない方がいいんじゃないですか。今回のネットワークの件でも思いましたけど、先生は過干渉ですよ」

 桔平がそういうと、先生はむかっとした顔をして

「君が心配だから、言ってるんだ。」と声を荒げた。

「それはそうかもしれないですけど、先生は自分に都合がよすぎます」桔平も声を荒げた。

「僕はもう大人です。先生に指導してもらっていた頃とは違う」

「大人だからって、心配しちゃいけないというのか」

「そうじゃなくて、過干渉が過ぎると言ってるんです」

桔平は、やりとりの途中でなんだかおかしくなってきた。自分の両親でもない人とそんなやりとりをすることに。そして先生もそんな桔平の声が聞こえたのか、気まずそうに

「まあ、そうかな。悪かった。ただマッテオから連絡がなく、エリックから、君にというのが気になったんだ」と呟いた。

「とりあえず、行ってきますよ。先生は行くんですか。」

「ああ、他の二人が来たらな」

 桔平は、ネットワークへ入った。エリックを探さなくてはいけない。桔平はネットワークの中を漂った。しばらく漂っていると、エリックと出会った。

「やあ、桔平」以前と違い、エリックからは犬のイメージは消えていた。しかし吠え越えはやはり聞こえた。

「やあ、エリック。なんだい、話したいことって」桔平は単刀直入に聞いた。エリックは笑いながら

「桔平は、早いね。いいさ、嫌いじゃない。率直だね。」と言った。そして「父が君と話したいと言ってるんだ。父は君じゃない君の仲間と話す様にと君の先生から言われてるんだって?」と続けた。

 桔平は先生から言われたことを思い出しながら「ああ、僕たちは呪について知りたいだけだけど、君のお父さんは今起きてることを何とかしなきゃと思っているんだよね。それで僕の先生が心配してるんだ。巻き込まれないかと」と言った。

「父は君にその呪について伝えたいことがあるんだそうだ。」

「どうしてそれは僕の先生を通して話をしないんだろう。どちらにしても、僕は自分の先生にマッテオさんから聞いたことを伝えるよ」

「さあ」とエリックはおどけたような表情をした。

「父の考えはわからないよ。僕は父から君に連絡してほしいと言われただけだし。」

「イタリア人の親子ってそんなものなの」桔平が聞くと、エリックは意外という顔をした。

「イタリア人の親子が皆そうかなんてわかるわけないじゃない。僕が想像するに、父は君の先生が嫌いなんだよ。でも君のことは好き、そういう事じゃないの」

「うーーん、その考えはわからなくもないけど。僕はマッテオさんから連絡があったことは先生に伝えるし、仲間にも伝えるよ」と桔平が繰り返すと

「それは桔平の自由さ、僕は内緒にしてほしいとは言われてないから」とエリックが言った。

「そんなことより、桔平、ちょっとネットワークの中を一緒にうろつかないか。桔平と話していると楽しいし、皆僕が呪術師じゃないと知ると、相手にしてくれなくなるんだ。桔平だけなんだよ。話をしてくれるの」とエリックが訴えた。

「そうなの。それはひどいね。いいよ。一緒にうろつこう」

 二人は、毎日の生活のことを話しながらネットワークの中をうろついた。エリックは女の子のことが大好きで、女の子とみるとすぐに声をかけた。女の子からは相手にされないのだけど、エリックは気にしたそぶりはなかった。そして桔平に女の子に興味がないのかと尋ねてきた。

「僕は、女の子は苦手なんだ」と言った。

「どうして」

「何を話していいか、わからないし。」と桔平が正直に言うと、

「話なんかする必要ないじゃないか。女の子は柔らかくて、気持ちがいいんだから」とエリックは桔平をちょっと馬鹿にしたように言った。

 桔平は鼻白んで、「エリックのそういうところじゃないか、あまり人が話してくれないの」と言うと、エリックは「ごめん、つい、さ。桔平が女の子のこと苦手とか言うから。とても気持ちがいいのに」と言い訳した。

「もう、いいよ。俺、ちょっと他の人と話して来るから、マッテオさんには明日にでも連絡するって言っといて」と桔平は言って、エリックから離れた。

「わかった。父には伝えておくよ。桔平、女の子は気持ちいいんだからな」とエリックはしつこかった。

 エリックから離れて、しばらく桔平はネットワークをうろつき、数人の人じゃない人に話しかけて、裏の呪を知らないか聞いてみた。親切に答えてくれる人もいれば、ぶっきらぼうに対応する人もいた。ぶっきらぼうに対応する中の一人に、裏の呪は、別に全く違う呪というわけじゃなく、音律の違いなんだと教えてくれた人がいた。桔平は詳しく聞こうとしたが、その人はそれだけ言って、さっと身を翻して立ち去ってしまった。


 先生の部屋に戻ると、先生が机に向かっていた。

「エリックと話してきました。先生の言うようにマッテオさんが僕と話したいそうです」

 先生は振り返った。

「そうだろう。君を巻き込みたいんじゃないか。」

「さあ、エリックはマッテオさんが先生を嫌いなんじゃないかと言ってましたけど」

 桔平は率直に言った。

「そんなことはどうでもいい。いつ連絡するんだ」

「明日連絡すると伝えました」

 香山さんとユージインさんとがネットワークから戻ってきた。

「エリックの話は何だったの?」香山さんが聞いた。

「マッテオさんが僕と話したいそうです」

「何かしら。どうして桔平君なのかしら」

「それに、こうやって桔平君が僕たちに話すのはわかっているのに、なぜわざわざ」

 4人は、しばらく対応について話し合った。とにかく初めの目的、裏の呪についての情報を求めるということだけに絞ることにした。全員なぜマッテオさんが桔平と話したがるのか、結論はでなかった。


 翌日桔平は、自分のオフィスからマッテオさんに連絡した。マッテオさんから返信があったと同時に、彼は桔平のオフィスに現れた。

「やあ」

 桔平はマッテオさんに会うということで、自分の持っている洋服の中の一番いい服を着た。それでもマッテオさんに会うと、気恥ずかしく思えた。

「時間を取ってもらって悪いね。」

「とんでもありません。それでなんの御用ですか」桔平が丁寧に聞くと、

「裏の呪について伝えておこうと思って、君の患者だから」とマッテオさんは言った。

「裏の呪は別の呪というわけじゃない。音律の違いなんだ」それは昨日、桔平が聞いた内容と同じだった。

「音律の違いって」

「高いとか、低いとか、他にも様々かな。」

「僕の患者の治療のための呪、その音律が保存されていないという事ですか」

「そうだ」

「それならどうすれば」

「先に急がないで、聞いてくれないか。」マッテオさんは椅子にこしかけた。桔平も椅子にこしかけた。

「君が君の患者にどうしても、今の呪を使うのが嫌だというのは、その呪で患者に苦痛を与えるからというだけじゃないだろう。今までそれでやってきたんだから」

 桔平には聞いたことのない音が聞こえ始めた。それで桔平はわずかにその音から、相手に気づかれない程度に身をそらした。

「何の話です。マッテオさん、ご存じのことをはっきり言ってください」

「それなら、はっきり言おう。君の患者の組織が何かに使用されていることを何かで知ったんじゃないか。それを目にしたか、耳にしたか、それはわからないが。それで君は、その呪を使うことをやめた。違うか」

 桔平はどう反応すべきか考えた。ほぼ公になっていることを隠す必要があるのか。

「実は、そうです。僕の患者の組織が使用されてるのを見ました。でもそれは僕じゃなければ気づかなかったでしょう。」

「そうか、何か教えてもらえるかな」

「それはどうしてですか」

 マッテオさんは身を乗り出した。「そういう噂があることはほとんどの呪術師が知っている。だが、それに関わる呪術師は自分のやっていることを当然隠す。すると、わからなくなる。どこで何が行われて、だれが関わっているのかも。ただ噂だけが流れているんだ。そしてその噂も、おそらく、それに関わる連中が流している。だから君の存在は貴重なんだ。私たちは探しているんだ。」

「僕も聞きたいんですが、なぜこの話を僕の仲間や先生のいるところで話そうとしなかったんですか。僕に話すと、先生には当然伝えるし、仲間にも伝えますよ」

「君の仲間を疑っている。」

桔平は耳を疑った。「誰を」

「それはわからない。ただもちろん、使用する方だとは思わないが、何かに関わっているんじゃないかと疑っているんだ」

「疑いだけですよね」

「そうだ」

「なぜ僕は疑わないんですか。」

 マッテオさんは、うっすら笑った。

「君に能力があるように、僕たちにも能力がある。エリックは呪術師になりたいと言っているが、エリックの能力は、それとは全く違うんだ。」マッテオさんは、神妙な顔になった。

「君は、私たちがこの星の住人じゃないことを知っているね。」

 桔平はマッテオさんの質問があまりに直球すぎて、面食らって返事ができなかった。

「答えなくていい。私たちは擬態するんだ。そちらの言葉でいえばだけど。ただそれは外観だけだ。中身までは無理で、それが私たちの普通なんだ。それで他の星で生きのびることができてきた。ただエリックは外観以上のものを擬態することができる。しかもそれは意図してじゃない。普通は意図してじゃないとできないんだ。エリックは君に擬態したんだ。君のことを私に話した時、それで、君の能力がわかった。」

「僕の全てを擬態するということですか」

「すべては無理だな。その時に君が何かを聞いていたなら、それもということだ」

 桔平は混乱して、考えることが難しくなった。

「エリックが擬態したことで、君が嘘を言ってるわけじゃないと分かったんだ」

「待ってください。でも昨日のエリックはエリックでしたよ」

「それもエリックの特徴さ。ずっとは続かない。一時的で、すぐ元の姿に戻る。彼は一生懸命この星の住人にずっと意図的に擬態をしてるのさ、彼にとってそれは努力しなくてはならない。ただもともとの彼の擬態の能力はそうじゃない。一時的にそうだな、すべて模倣するんだ。それですぐ元に戻る。」

「じゃ、エリックは、元々の姿に戻るということ」

「そう」

 女の子が気持ちいいというのもそういうことかな。桔平は考えた。ただエリックが女の子というのも考えづらい。桔平はしばらくエリックについて考え込んでいて、マッテオさんの存在を忘れていた。

 しばらくしてマッテオさんが咳払いをした。桔平ははっとした。

「すみません、それで何を知りたかったんでしたっけ。僕が、ああ、僕が見た患者の組織について知りたいという事でしたね。」桔平はしばらく考えた。話すべきか、話さないべきか。先に先生たちに相談すべきか。

「僕の患者の皮膚組織が、多分何かの加工を施されて、バッグに加工されていたんです」

マッテオさんは吐きそうな顔をした。

「君の患者だとわかったのは」

「彼女は僕の治療を受ける時、悲鳴を上げるんです。バッグからその悲鳴が」

マッテオさんは手を振った。

「もういいよ。わかった。それを持っていた人はだれかわかるのか。」

「パーティに来ていた女性です。僕には誰かはわかりませんが、多分上流階級の女性で、バッグを自慢してましたから、同じ階級の人に聞くとわかるんじゃないんでしょうか」

 桔平は、自分の行ったパーティの日時と場所と、そのパーティの名前を伝えた。そして女性の容姿もマッテオさんに教えた。

「そのバッグも調べればすぐ出てくるな」

「たぶん、バッグを自慢してました。」

「吐き気がするな」マッテオさんは吐く真似をした。

「ありがとう。桔平教えてくれて。早速あたってみることにする。」とマッテオさんが回線から外れそうになったので、

「待ってください。呪の方は」と桔平は呼び止めた。

「そうだ」マッテオさんは立ち上がりかかっていたがもう一度坐りなおした。

「音律については、直接学ぶしかない。保存されてない場合は、それを知っている人を探すしかない。」

 桔平はマッテオさんがわかりきったことを言うので、イラっとした。

「それは、わかってます」

「アソシエーションに、それを知ってる者がいる。ただし」

「ただし」桔平が聞き返すと

「教えるのは嫌だと言っている。」

「何でですか。人が死にそうなのに」と桔平が大声を上げると、マッテオさんは耳を手でふさいだ。

「君も知っているだろうが、私たちは耳が敏感なんだ。大声を出さないでほしい。彼女はこの星に来たばかりで、人と会うのに抵抗があるらしい。桔平が私たちのことを知っていると知ったら嫌がらないんじゃないかと思うが。」

「早く何とかしてください。」

「それはわかっている。」マッテオさんは言った。

「今日明日中にでも説き伏せるさ。」マッテオさんはウインクした。桔平はそれにもいら立った。

「そんな悠長なことを言っていて、人が」と桔平が言い始めると、

「わかってる」とマッテオさんは言い、消えた。

「待ってください」と桔平が言ったが、もう遅かった。結局何だったんだ。俺の情報が欲しかっただけか? 桔平は腹立ちまぎれに手に持っていたペンを床に投げつけた。ペンが転がっただけで、桔平は特にすっきりもしなかった。桔平は腹が立って仕方なったが、今はどうにもできないという事態にも慣れ始めてもいた。

 そしてとりあえず、さっきのマッテオさんとの会話を先生たちに伝えた。そしてふと思いついて、優斗にも今のマッテオさんとの会話の内容をかいつまんで伝えた。優斗からは詳しく聞きたいから今日の夜そっちに行くという、返事がすぐ返ってきた。

 桔平は優斗の好みのつまみを数種類準備した。桔平は、ここ最近料理が好きになっていた。作っている間は、何も考えなくていいし、家族も喜んでくれるので、それもうれしかった。じきに優斗が到着した。優斗は部屋に広がるにおいをかいで、嬉しそうな顔をした。

「腹減ってるだろう。食べながら話そう」

「ありがとう、器用だな」

優斗は桔平の作った料理をうまそうに食べ始めた。

「これなに」

「それは、ラザニア。イタリアの料理。食べたことないの」

「ない」

「熱いから気をつけて」桔平はラザニアが好きで、オフィスにも常備してあった。インスタントのものでも十分おいしかった。割と簡単でおなかも満たされた。

 桔平は優斗が食べる様子を見ながら、チーズをかじっていた。

「マッテオさんの話だけど」

 優斗は、サラダに手を伸ばしながら、頷いた。サラダはレタスにきゅうりをスライスしてのせた簡単なものだ。ドレッシングもオイルに酢、レモンの絞り汁、塩コショウで味付けしたものをかけただけだった。桔平はシンプルな料理が好きだった。作るもの簡単だし、もともと凝った味付けが好きじゃなかったからだ。

「優斗はどう思う」

「俺が調べられたんだから、その人たちだって調べられるだろう。もちろんルートは違うだろうけど。桔平の思うより、この話はかなり知られていて、ただ公になっていないだけだよ。呪と同じさ。どういうことだろうな。多くの人が知っていて、何等かアクセスする手段があるけど、だけど、公にはならないって。今の時代にだよ。これって、緘口令がしかれているということかな」

 桔平ははっとした。「患者の組織を使うために、か」

「ああ、ただそれも推測だよ」

 二人が話をしていると、突然マッテオさんが現れた。

「やあ、桔平、さっきは悪かった。裏の呪を知っている人を説き伏せたよ。君になら会ってもいいだと。」

 桔平はあわてて、椅子から立ち上がった。

「そうですか。よかった。どうすれば」

「来週のネットワークで会おう。私が紹介するよ」

「ありがとうございます。」

 話を終えようとするマッテオさんに、

「待ってください。僕の友達の優斗です。ジャーナリストで、僕の話を聞いて、彼もいろいろと調べています」と優斗を紹介した。

「ああ、よろしく。マッテオだ。桔平から聞いていると思うが。」

「ええ、よろしく。マッテオさん」優斗は椅子から立ち上がって挨拶した。

「桔平、彼の連絡先を教えてほしい。悪いが、急いでいる。」マッテオさんは、優斗のほうへ向いて、「連絡をほしい、君の知ってることも聞かせてほしい。もちろん私たちの知ってることも伝えよう」と言った。

「じゃ」とすぐに消えた。

 桔平と優斗は椅子に座りなおした。優斗は腹が満ちたようで、もう食事には手を付けなかった。冷たいジャスミンティーを飲みながら、

「あれがマッテオさんか。なんだか迫力あるな」と言った。

「迫力。そうだね。俺、彼の前に出ると何だか気恥ずかしくて」

「気恥ずかしいって、何が」

「ほら、俺、あまり洋服に興味がないだろう」

 そう桔平が言うと、優斗はおかしそうに笑い出した。そして桔平をじろじろと眺めて、「道理で今日は何となく、見栄えがいいかっこしてるなと思ったんだ」と言った。

 桔平はむっとして、「今日は見栄えがいいってどういうことだよ」と返した。

「ふくれるなよ。お前はいつも隠せればいいってことしか考えてないじゃないか。」

優斗の言うことは正しかった。

「そのお前が、女の子じゃなくて、マッテオさんの洋服が気になって、いい服着てるなんて、おかしかったんだ。すごいな、マッテオさんて」優斗は笑い続けた。

「俺って、そんなひどい?」桔平は自信なげに優斗に尋ねた。

優斗はそんな桔平をみて、くすくす笑った。

「お前、大学での噂聞いたことない?」

「色盲って言われてたよ。つまりとんでもない色の組み合わせや何でその組み合わせっていう服を着ていてさ、みんな驚いていたってこと。有名だったよ」

「俺って、そんな風だったのか」

 仕事を始めてからは、患者に会うからと先生からシャツとパンツを身に着けるようにと言われて、それを律儀に守ってきた。患者と会うとき以外は、服装のことを考えるのも面倒だったので、家にあるものを適当に着ていた。つまり大学時代のようなものだ。服装についてなんかまるで気にしてなかったから、母親の買ってきたものや、気候に気を付けてさえいれば、なんでもいいと思っていた。桔平にとって、聞こえてくる声に対処するほうが重要で、それ以外なんかどうでもよかった。

「よかったじゃないか。洋服に気を付けようっていう気持ちが出てきたってことは、余裕が出てきたってことだろう。料理だってさ」優斗は片目をつぶった。

  優斗が帰って、片づけをしていると、先生からメッセージが入った。話したいことがあるから明日家に来られないかという内容だった。桔平は使った食器を食器洗浄機に片づけながら、誰がこのことに関わっているんだろうかと考えた。先生は、たぶん違うと思う。香山さんか、ユージインさんか。先生はユージインさんが怪しいと言っていたけど。今回桔平に隠していたことが多くあったということを考えると、先生のことも、患者の組織を利用するほうに加担しているとは考えられないが、昔のように信頼することも難しいなあと桔平は考えた。

 明日の予定をチェックして、午前中に行きますと返事をした。そして家に帰る準備をしつつ、怪しいというならユージインさんかなとまた考えたが、それもしっくりこないところもあった。じゃ、香山さん?何のために?若くいるため。桔平は自問自答したが、当然答えは出なかった。

 家はオフィスから車で10分くらいだったが、桔平はだんだん移動を面倒に感じるようになった。オフィスと同じビルに部屋を借りようかと考えて、今まで自分がそんなことを考えたこともなかったことに気付いた。優斗のウインクを思い出した。


 朝、先生の家に行き部屋に入ると、先生は机に向かっていた。

「おはようございます」桔平が声をかけると、先生は机に向かったまま「おはよう」と返事をした。

「何をしてるんですか」

 先生は振り返った。「裏の呪の音律を探していた。」

 桔平は驚いた。「どうしてそのことを知ってるんですか」

 先生はちょっと得意そうな様子で「それはしばらくこの仕事をしていると思いつくものだ。これまでの呪で、別の呪があるものを調べていくと、文言の違いというより、音律の違いが影響していると気づいたんだ。それで、あの呪についても、どうにかならないか考えていたんだ」

 桔平は先生に失望した。「そんなに簡単に思いつくなら、もっと早く彼女のためにそれを思いついてくれるとよかったですね」と嫌味を言うと、先生は不快そうに「思いつくわけないだろう」と呟いた。気まずい空気が流れたが、先生は気を取り直して、汚い手書きの紙きれを桔平に見せた。

「わかりませんよ」桔平はその紙を先生につき返した。

「いいか、これがこうだ」と言って先生はその音律を口ずさみ始めた。とたんにその部屋の空気は一変した。空気の湿度が急に重くなり、粒になったようだった。そしてその一粒一粒は、桔平を目指して、桔平の皮膚に侵入し、さらに内臓にまでしみこんでくるようだった。

「これ、、、なんですか」呪術師である桔平も思わず声を出さないではいられなかった。先生は呪を止めた。先生はにやっと笑って「前とはずいぶん違うだろう」と言った。

「はい」

「ただ試してみないと効果はわからないんだが」

「試してみるって、彼女にですか」

「そうだ」

「誰が」

「君が」

 桔平はうんざりした。「どうして先生がしないんですか」

「君の患者だから。」

「もともとは先生からの紹介ですよ」

先生は、それを聞かなかったふりをした。

「マッテオさんから裏の呪について知っている人を紹介してくれることになりました。」

「あいつか」

「それを待ってからにしますよ。それとその紙、コピーもらえますか。一応練習してみますから。」桔平はマッテオさんの疑いについては先生に伝えなかった。先生はユージインさんだと言うのは間違いないからだった。

 その後、桔平は先生から、読み方と声の出し方について簡単に教わった。先生はとても熱心に桔平に教えた。桔平は、その様子にも多少うんざりした。























 


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