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第4話「血統の罪」


謁見の間は、いつもの華やかさを失っていた。


王座の後ろに掲げられた王国の紋章も、今日ばかりは重苦しい雰囲気を醸し出している。広間の両脇には王妃派の貴族たちが居並び、その中央にグレゴール=バルトハウス侯爵が立っていた。彼の薄い笑みには、勝利を確信した者の余裕が見て取れる。


リナ=ヴァルメリアは、一人で広間の中央に立っていた。白銀の髪が燭台の光を受けて静かに輝き、淡い金の瞳は感情を殺したまま前方を見つめている。彼女の後ろには、カリナが控えめに付き従っていた。


広間の一角には、王族たちの姿もあった。第一王子アルベルトは重い沈黙を保ち、拳を強く握りしめている。第一皇女イザベラは表情を完全に殺し、政治家として冷静さを保とうとしていた。


だが、第二王子フェリックスの表情は違った。20歳の彼の顔には、明らかな怒りの色が浮かんでいる。第二皇女セレスティアは、涙を堪えながら俯いていた。


「第三皇女リナ=ヴァルメリア殿下」


グレゴールが重々しく口を開いた。


「本日、重要な決定をお伝えせねばなりません」


リナは微動だにしなかった。まるで、これから告げられる運命を既に受け入れているかのような静けさだった。


「王国の安定と秩序のため、苦渋の決断ではありますが…」


グレゴールは一拍置いてから続けた。


「殿下には王城を離れていただくことになりました」


広間に静寂が漂った。だが、リナの表情には何の変化も現れない。


「理由をお聞かせください」


リナの声は静かで、感情の波が全く感じられなかった。


「殿下のお母様は市井のご出身でございます」


別の貴族が前に出てきて発言した。


「王家の血統を保持するという観点から、殿下の立場は…複雑なものがあります」


「血統の不純さが問題だと仰るのですね」


リナの言葉に、皮肉も怒りも込められていない。ただ、事実を確認するような口調だった。


その時、フェリックスが立ち上がった。


「これはおかしい!」


彼の声が広間に響いた。


「リナは我々の妹だ。血統がどうであろうと、それは変わらない事実だ」


「フェリックス王子」


グレゴールが制するような声を出したが、フェリックスは怯まなかった。


「父上はリナを愛していた。それは我々皆が知っている。この決定は…」


「フェリックス」


今度はアルベルトが弟を制した。第一王子の重い声が、広間の空気をさらに重くする。


「お前には王の重圧がわからない」


アルベルトの言葉に、フェリックスは言葉を失った。兄の立場と苦悩を理解しつつも、納得できない気持ちが表情に現れている。


セレスティアは、ついに堪えきれずに顔を上げた。涙に濡れた瞳でリナを見つめ、何か言いかけたが、結局は唇を噛んで俯いてしまった。


イザベラは終始無表情を保っていたが、その瞳の奥に複雑な感情が渦巻いているのが見て取れた。政治的現実と妹への愛情の間で、彼女もまた苦しんでいるのだ。


「他にも理由があります」


グレゴールが続けた。


「セドリック=ローゾン殿との婚約についてですが、こちらも取り消しとさせていただきます」


この言葉に、リナの瞳がわずかに揺れた。だが、それも一瞬のことで、すぐにいつもの静けさを取り戻す。


「承知いたしました」


リナの答えは、あまりにもあっけなかった。抗議も懇願もない、ただの事実の受け入れだった。


「それでは、いつまでに王城を出ればよろしいのでしょうか」


「明日の夜明けまでに」


グレゴールの答えに、貴族たちの間にどよめきが起こった。あまりにも短い猶予だったが、それも計算のうちなのだろう。


リナは静かに頷いた。


「分かりました」


その静けさが、逆に広間の人々を不安にさせていた。怒りも悲しみも見せない彼女の反応は、まるで嵐の前の静けさのようで、何か恐ろしいことが起こる前兆のようにも感じられた。


特にグレゴールは、リナの沈黙に底知れぬものを感じていた。計算通りに進んでいるはずなのに、なぜか勝利の実感が湧いてこない。


「他にご質問はございませんか」


「ひとつだけ」


リナが口を開いた。


「私の行き先について、制限はございますか」


「王国内であれば、どちらへでも」


「承知いたしました。それでは、失礼させていただきます」


リナは深く一礼すると、踵を返した。その動作にも、王族としての品格が保たれている。追放を宣告されてなお、彼女の立ち振る舞いには一点の乱れもなかった。


カリナが後に続く。侍女の表情には、主人への深い忠誠と、これから始まる困難への覚悟が見て取れた。


二人が去った後、広間には重い沈黙が残った。


フェリックスは拳を握りしめたまま立っていたが、やがて吐き捨てるように言った。


「これで良かったのか、アルベルト」


「…国のためだ」


アルベルトの答えは、自分に言い聞かせるようにも聞こえた。


セレスティアは涙を拭いながら、急いで広間を出て行こうとした。リナを追いかけるつもりなのだろう。


イザベラは最後まで残り、グレゴールたちを冷静な目で見回した。


「これで王国は安定するのでしょうね」


彼女の言葉には、明らかな皮肉が込められていた。


グレゴールは薄い笑みを浮かべて答えた。


「もちろんです、イザベラ殿下」


だが、その笑みの奥で、彼は既に次の手を考えていた。第三皇女の追放は、あくまで第一段階に過ぎない。本当の勝負は、これから始まるのである。


広間に残った燭台の光が、王国の紋章を不気味に照らし出していた。王家の威厳は、この日を境に、静かに変質し始めていた。


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