第6話「ヴァルドの過去」
クレストヒル郊外の森で薬草採取を行っていた三人は、思いがけない発見に遭遇した。
「これは…古い遺跡のようですね」
リナが指差した先には、木々に半ば覆われた石造りの構造物があった。風化が進んでいるが、明らかに人工的に作られたものだった。
「こんな場所に遺跡があるとは知りませんでした」
カリナが驚きの声を上げた。
だが、ヴァルドの表情は違った。彼の顔には、懐かしさと複雑な感情が混在していた。
「ヴァルドさん、どうかなさいましたか」
リナが心配そうに尋ねると、ヴァルドは深く息をついた。
「実は…この遺跡を見たことがあるのです」
「見たことがある?」
「正確には、これと同じような構造の遺跡を、故郷で見ました」
ヴァルドは遺跡に歩み寄り、石の表面に刻まれた文様を指でなぞった。
「未開発地区には、こうした古代の遺跡が数多く点在しているのです」
「そうだったのですか」
リナも遺跡に近づいた。鑑定スキルを発動させると、古い魔力の痕跡が感じられる。
「この遺跡から、魔力の残滓が感じられます」
「やはり」
ヴァルドが頷いた。
「故郷の遺跡も、同じような反応を示していました」
カリナが周囲を警戒しながら尋ねた。
「ヴァルドさんの故郷は、どのような場所なのですか」
ヴァルドは遺跡に腰をかけ、遠い目をして話し始めた。
「エルムハイム村という小さな村です。人口は200人ほどで、山間の盆地にあります」
「のどかな村なのでしょうね」
「ええ、とても平和で美しい場所でした」
ヴァルドの声に、過去形が使われていることに、リナとカリナは気づいた。
「『でした』と言われますと…」
「10年前、村に異変が起こったのです」
ヴァルドの表情が暗くなった。
「それまで穏やかだった古代遺跡が、突然活性化し始めました」
「活性化?」
「魔力が暴走し、周囲に異常な現象が起こるようになったのです」
ヴァルドは手にした剣の柄を握りしめた。
「植物が異常に成長したり、魔物が凶暴化したり…村人たちが次々と体調を崩していきました」
「それは大変でしたね」
カリナが同情の声をかけた。
「村の長老たちは、古代の力を制御する方法を探しましたが、手がかりを見つけることはできませんでした」
ヴァルドは立ち上がり、遺跡の奥を見つめた。
「そんな時、一人の旅人が村を訪れたのです」
「旅人?」
「年齢は30代ほどでしょうか。白い衣を着た、とても知的な印象の男性でした」
リナの心臓が跳ね上がった。その描写は、どこか父王に似ているような気がした。
「その方は、古代の力について詳しかったのですか」
「はい。遺跡を一目見ただけで、『これは記憶の力の暴走だ』と断言しました」
「記憶の力?」
「古代文明が残した、記憶を蓄積し継承する力だそうです」
ヴァルドの説明に、リナは身震いを覚えた。それは、自分が体験している現象と酷似していた。
「その旅人の方は、問題を解決してくださったのですか」
「一時的には。特殊な術を使って、暴走を鎮めてくれました」
「一時的には、ということは…」
「根本的な解決には至らなかった、ということです」
ヴァルドは剣を抜き、刃を点検し始めた。
「その旅人が言うには、『真の解決には、記憶の海に到達し、源流を正さねばならない』と」
リナの全身に鳥肌が立った。
「記憶の海…」
「リンさん、ご存知なのですか」
「いえ、ただ…どこかで聞いたことがあるような気がして」
リナは動揺を隠そうとしたが、ヴァルドの鋭い視線から逃れることはできなかった。
「リンさん」
ヴァルドが剣を鞘に収めた。
「あなたもまた、古代の力と関わりがあるのではありませんか」
「どうして、そう思われるのですか」
「あなたの薬草調合を見ていると、まるで古代の技術者のような手つきになることがあります」
ヴァルドの観察力に、リナは驚いた。
「それに、先ほどこの遺跡から魔力を感じ取られた」
「それは…」
「普通の薬師には、そのような能力はありません」
ヴァルドは一歩前に出た。
「もしかして、あなたは記憶を継ぐ者なのではありませんか」
リナとカリナは顔を見合わせた。ヴァルドがここまで正確に推測するとは、予想していなかった。
「記憶を継ぐ者について、詳しくご存知なのですか」
「あの旅人から聞きました」
ヴァルドが答えた。
「古代の記憶と技術を受け継ぎ、未来に伝える使命を持つ者がいる、と」
「その使命とは?」
「世界の記憶を保持し、必要な時に次の世代に託すこと」
ヴァルドの瞳に、深い理解の光が宿った。
「そして、記憶の海で最終的な継承の儀式を行うこと」
リナは観念した。
「はい。私は、記憶を継ぐ者です」
「やはり」
ヴァルドは納得したような表情を見せた。
「それで、記憶の海の場所をご存知なのでしょうか」
「ええ。未開発地区の最深部、『忘却の森』の奥にあります」
ヴァルドが地面に簡単な地図を描いた。
「ここから南東に約200キロ。危険な地域ですが、道筋は知っています」
「なぜ、そこまで詳しく…」
「あの旅人が、いずれ記憶を継ぐ者が現れた時のために、道案内をするよう頼まれていたからです」
ヴァルドは立ち上がった。
「私が放浪の旅を続けてきたのも、その約束を果たすためです」
リナの瞳に涙が浮かんだ。
「では、フェリックス兄様の依頼も…」
「偶然の一致でした」
ヴァルドが微笑んだ。
「ですが、運命的な出会いだったのでしょうね」
夕日が遺跡を照らし、古代の石が温かな光に包まれている。三人の間に、新たな信頼関係が生まれた瞬間だった。
「ヴァルドさん」
リナが感謝を込めて言った。
「お力をお借りできるでしょうか」
「もちろんです」
ヴァルドが深く頭を下げた。
「これが私の、真の使命なのですから」
記憶を継ぐ者の旅路に、また一つ重要な道筋が示された。未開発地区への移住は、単なる避難ではなく、運命への歩みなのだった。
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