第5話「ギルドの内紛」
翌朝、リナがクレストヒルのギルド支部を訪れると、いつもの活気ある雰囲気とは明らかに違っていた。
受付嬢のエレンは困った表情を浮かべ、ギルド内のあちこちで冒険者たちが小声で議論している。何かの対立が起こっているようだった。
「おはようございます、エレンさん」
「あ、リンさん」
エレンが振り返ったが、その顔には疲労の色が濃い。
「実は、少し困った状況になっておりまして…」
「何かトラブルでしょうか」
「ええ。ギルド内で意見の対立が起こっているのです」
エレンは周囲を見回してから、小声で説明した。
「新しい技術の導入について、賛成派と反対派に分かれてしまいました」
「新しい技術とは?」
「最近、リンさんのような優秀な薬師の方々が、従来とは異なる調合技術を使われるようになりました。それについて議論が起こっているのです」
リナは内心で驚いた。自分の技術が、ギルド全体の問題になっているとは思わなかった。
「具体的には、どのような対立なのでしょうか」
「保守派は『伝統的な手法を守るべきだ』と主張し、革新派は『新しい技術を積極的に取り入れるべきだ』と言っています」
その時、ギルドの奥から大きな声が聞こえてきた。
「そんな得体の知れない技術を認めるわけにはいかん!」
「時代遅れな考えだ!効果が実証されているじゃないか!」
エレンが困ったような表情を見せた。
「朝からこの調子なんです」
「少し様子を見てみても良いでしょうか」
「お願いします。もしかしたら、リンさんが仲裁に入ってくださることで、解決の糸口が見つかるかもしれません」
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ギルドの会議室では、十数人の関係者が激しい議論を交わしていた。
一方の中心にいるのは、60代のベテラン薬師レオンハルト。長年この地域で活動してきた権威ある人物だった。
「薬師の技術は、師から弟子へと代々受け継がれてきたものだ。そこに、出所不明の新技術を持ち込むべきではない」
対する革新派の中心人物は、40代の商人ギルドマスター、ダニエルだった。
「しかし、レオンハルト殿。結果が全てではありませんか。ガードナーの奥方も、デイトン子爵も、新技術によって救われたのですから」
「結果だけを重視するのは危険だ」
レオンハルトが反論した。
「その技術の副作用や長期的な影響を、我々は把握していない」
「では、検証すれば良いではありませんか」
ダニエルが応じた。
「新技術を排除するのではなく、研究して理解する」
「研究だと?」
レオンハルトの声に怒りが込められた。
「薬師の技術を実験材料にするつもりか」
議論が膠着状態になった時、エレンがリナを紹介した。
「皆様、こちらが話題の薬師、リンさんです」
会議室内の視線が、一斉にリナに集まった。
「リンさん」
ダニエルが立ち上がった。
「あなたの技術について、ぜひお聞かせください。どこで学ばれたのですか」
「各地を回りながら、独学で身につけました」
リナが答えると、レオンハルトが眉をひそめた。
「独学で、あれほどの技術が身につくものでしょうか」
「私も信じがたく思います」
リナは正直に答えた。
「ですが、これが現実です」
「その技術の根拠を教えてください」
レオンハルトが詰問するような口調で言った。
「理論的基盤があるのですか」
リナは少し考えた。古代錬金術の理論について語ることもできるが、それは禁忌の知識に触れることになる。
「私の技術は、古代の文献を参考にしています」
「古代の文献?」
ダニエルが身を乗り出した。
「それは興味深い。どのような内容でしょうか」
「薬草の特性を、従来よりも詳細に分析する手法です」
リナは慎重に言葉を選んだ。
「例えば、同じ薬草でも、採取時期や保存方法により効能が変化することを、定量的に把握する方法が記されていました」
会議室内がざわめいた。それは確かに革新的な概念だった。
「それは…科学的アプローチですね」
ダニエルが感心したように言った。
「だが」
レオンハルトが割って入った。
「古代の文献とやらの信頼性はいかがなものか。偽書の可能性もある」
「では、実証実験はいかがでしょうか」
リナが提案した。
「私の手法と従来の手法を、同じ条件で比較してみる」
「それは良いアイデアですね」
ダニエルが賛成した。
「客観的な比較ができます」
「しかし…」
レオンハルトが躊躇していると、別の薬師が発言した。
「私も、リンさんの技術を見てみたいと思います」
「私もです」
次々と賛成の声が上がった。
「分かりました」
レオンハルトが折れた。
「では、実証実験を行いましょう。ただし、厳正な条件で」
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実験は即座に準備された。
同じ病気の患者に対して、リナの手法とレオンハルトの手法で調合した薬を使用し、効果を比較する。当然ながら、患者の安全を第一に、慎重に進められた。
結果は明らかだった。
リナの薬は、レオンハルトの薬よりも明らかに早く、そして完全に症状を改善させた。
「信じられん…」
レオンハルトが呟いた。
「50年の経験が、若い娘に負けるとは」
「レオンハルト殿」
リナが歩み寄った。
「私の技術は、あなた様の経験を否定するものではありません」
「と申しますと?」
「古代の知識と、現代の経験を組み合わせることで、より良い結果が得られるのです」
リナは会議室の全員を見回した。
「対立するのではなく、協力していけば、もっと多くの人を救えるはずです」
ダニエルが拍手を始め、やがて会議室全体に拍手が響いた。
「リンさんの仰る通りです」
「新しい技術を学び、活用しましょう」
レオンハルトも、ついに頷いた。
「分かりました。この老いぼれも、新しいことを学んでみましょう」
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会議が終わった後、エレンが感謝の言葉を述べた。
「リンさんのおかげで、ギルドの分裂が避けられました」
「いえ、皆さんが理解のある方々だったからです」
だが、リナは内心で複雑な気持ちを抱いていた。自分の技術が注目されることで、さらに多くの問題が生じる可能性がある。
「リンさん」
ダニエルが近づいてきた。
「もしよろしければ、あなたを『禁忌技術の管理者』として、ギルドに正式登録させていただけませんか」
「禁忌技術の管理者?」
「新しい技術の導入や検証を行う、特別な地位です」
リナは少し考えた。それは名誉ある地位だが、同時により多くの注目を集めることにもなる。
「検討させてください」
「もちろんです。お時間をかけて、じっくりご検討ください」
ギルドを出た後、ヴァルドが待っていた。
「お疲れ様でした。うまく解決したようですね」
「ええ、何とか」
「ですが、これで更に注目を集めることになりますね」
ヴァルドの指摘は的確だった。
「昨日の商人の件といい、目立ちすぎているかもしれません」
「そうですね」
リナは決意を固めた。
「やはり、未開発地区への移住を急ぐべきでしょう」
記憶を継ぐ者の旅路は、常に注目と危険を伴う。だが、それでも前進し続けなければならない。新しい土地で、新しい可能性を探求する時が来ていた。
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