第4話「商人の正体」
クレストヒルの市場は、午前中から多くの人々で賑わっていた。
リナ、カリナ、ヴァルドの三人は、薬草の仕入れのために商人街を歩いていた。昨夜の記憶混乱から一夜明け、リナは表面上は普段通りの様子を見せている。だが、カリナには主人の微妙な変化が感じ取れていた。
「お嬢様、こちらの薬草屋はいかがでしょうか」
「ええ、見てみましょう」
リナが答えた時、市場の向こうから一人の商人が近づいてきた。40代ほどの男性で、旅商人らしい実用的な服装に身を包んでいる。だが、その歩き方や視線の動かし方には、どこか不自然さがあった。
「これはこれは、評判の薬師さんではありませんか」
商人が人懐っこい笑顔を浮かべて声をかけてきた。
「失礼ですが、どちら様でしょうか」
リナが丁寧に応答すると、商人は深く頭を下げた。
「マルコと申します。各地を回る薬草商人でございます」
「薬草商人の方でしたか」
「はい。実は、リンさんのお噂はあちこちで聞いております」
マルコの瞳に、一瞬だけ鋭い光が宿った。
「ガードナー様の奥様の件、デイトン子爵様の件。素晴らしいお仕事ぶりだとか」
リナは違和感を覚えた。確かに町では評判になっているが、旅商人がそこまで詳しく知っているのは不自然だった。
「ご丁寧にありがとうございます」
「ところで」
マルコが周囲を見回してから続けた。
「リンさんは、どちらのご出身でしょうか。その技術、とても若い方が独学で身につけられるレベルではありませんが」
カリナが警戒の色を強めた。この質問は明らかに、リナの正体を探ろうとするものだった。
「各地を回って学んできました」
リナが曖昧に答えると、マルコは納得していない様子を見せた。
「そうですか。しかし、あの調合技術は宮廷薬師クラスの…」
「マルコさん」
ヴァルドが会話に割って入った。放浪の剣士らしい自然な態度だが、その瞳には警戒の光があった。
「薬師の方に、あまり立ち入った質問をするのは失礼ではありませんか」
「ああ、これは失礼いたしました」
マルコが慌てたような表情を見せたが、それも演技のように思えた。
「つい、興味深い技術を見ると詳しく聞きたくなってしまいまして」
「お気持ちは分かりますが」
ヴァルドの口調に、微かな威圧感が込められていた。
「商人の方なら、商売の話をされてはいかがでしょう」
「そうですね」
マルコは苦笑いを浮かべたが、内心では別のことを考えているようだった。
「それでは、もしよろしければ、私の薬草をご覧になってください。珍しい品もございます」
リナは鑑定スキルで商人の薬草を調べてみた。品質は悪くないが、特別珍しいものはない。むしろ、一般的すぎる品揃えだった。
「申し訳ありませんが、今日は必要なものは揃っております」
「そうですか、残念です」
マルコは諦めた様子を見せたが、去り際に振り返った。
「リンさん、もしお困りのことがあれば、いつでもお声をおかけください。私は情報収集も得意でして」
その言葉に、リナとカリナは顔を見合わせた。明らかに意味深な発言だった。
---
マルコが去った後、三人は人気のない路地に移動した。
「あの商人、怪しいですね」
ヴァルドが小声で言った。
「商人にしては、薬草の知識が浅すぎる。それに、リンさんのことを調べすぎている」
「やはり、そう思われますか」
カリナが頷いた。
「質問の仕方も、まるで尋問のようでした」
リナは考え込んでいた。最近、町での評判が高まりすぎている。それが注意を引いている可能性があった。
「王城の勢力が、私の動向を探っているのかもしれません」
「グレゴール侯爵の手の者でしょうか」
「可能性はあります」
ヴァルドが周囲を警戒しながら言った。
「追放したとはいえ、完全に諦めたわけではないということですね」
「でも、なぜ今になって?」
カリナが疑問を口にした。
「私の能力に気づいたからかもしれません」
リナが答えた。
「古代錬金術の技術は、彼らにとって脅威であり、同時に利用価値のあるものです」
三人は宿屋に戻ることにした。だが、市場を出る時、リナは振り返って辺りを見回した。
マルコの姿はもうなかったが、代わりに別の人影がこちらを見ているのに気づいた。町の人々に紛れて、明らかに監視を行っている者たちがいる。
「複数いるようですね」
ヴァルドが呟いた。彼も気づいているようだった。
「一人ではない、ということです」
---
宿屋の部屋で、三人は今後の対策について話し合った。
「このまま町にいては危険かもしれません」
カリナが提案した。
「そうですね」
リナが頷いた。
「幸い、未開発地区への移住を検討していたところです」
「それが良いでしょう」
ヴァルドが賛成した。
「未開発地区なら、監視の目も届きにくい」
その時、窓の外から小さな音が聞こえた。誰かが建物の周囲を歩き回っているような音だった。
「見張りが配置されているようですね」
ヴァルドが窓に近づいて確認した。
「明らかに不自然な動きをしている者が数名います」
「今夜は警戒が必要ですね」
カリナが短剣の位置を確認した。
「でも、彼らは実力行使には出てこないでしょう」
リナが分析した。
「まだ情報収集の段階です。私の能力と行動パターンを把握しようとしている」
「ならば、逆にこちらから仕掛けるのはどうでしょう」
ヴァルドが提案した。
「偽情報を流して、混乱させる」
「どのような?」
「例えば、別の町への移住を検討している、と大声で話すのです」
カリナが理解した。
「彼らを別方向に誘導するということですね」
「その通りです」
夜が深まる中、三人は明日からの行動計画を練った。監視されているとはいえ、まだ直接的な脅威ではない。だが、時間が経てば、より積極的な行動に出てくる可能性もあった。
「お嬢様」
カリナが心配そうに言った。
「やはり、あまり目立ちすぎたのかもしれません」
「仕方ありません」
リナが答えた。
「私の能力を隠し続けることは不可能です。ならば、賢く対処していくしかありません」
窓の外で、夜風が木々を揺らしている。その音に混じって、監視者たちの気配も感じられた。
記憶を継ぐ者の旅路は、単純な逃避行ではない。常に危険と隣り合わせの、緊張に満ちた道のりなのだった。
だが、信頼できる仲間がいる限り、どのような困難も乗り越えていけるだろう。リナは胸のセレスティアの護符に触れ、家族の愛を思い起こした。
明日からは、新たな段階の旅が始まる。
---




