第3話「セドリックの解放」
王城の幽閉室に、解放の朝が訪れた。
セドリック=ローゼンは、3ヶ月間過ごした質素な部屋を最後に見回していた。机の上には、研究し尽くした古代文献が整然と積み重ねられ、日記帳には封印術の理論と実践方法がびっしりと記録されている。
「セドリック様、お時間です」
看守のヘンリーが扉を開けた。この3ヶ月間、彼は単なる監視役以上の存在だった。
「ヘンリー、世話になった」
「いえいえ、こちらこそ」
ヘンリーは苦笑いを浮かべた。
「まさか幽閉された方から、人生の教訓を教わるとは思いませんでした」
セドリックは古代文献を革の鞄に収め、日記帳を胸ポケットに入れた。リナからもらった護符は、3ヶ月間一度も外すことなく首から下げている。
「これからどちらへ?」
「未開発地区に赴任することになっている」
「それは大変な任務ですね」
ヘンリーが心配そうに言った。
「魔物も多いし、開発も遅れていると聞きます」
「だからこそ、やりがいがある」
セドリックの瞳に、新たな決意の光が宿っていた。
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王城の執務室で、第一王子アルベルトが待っていた。
25歳になった兄は、3ヶ月前と比べて王としての風格を身に着けているように見えた。だが、表情には疲労の色も濃い。
「セドリック殿、3ヶ月間お疲れ様でした」
「ありがとうございます、アルベルト殿下」
セドリックは深く一礼した。
「研究の成果はいかがでしたか」
「封印術の理論を完全に習得できました」
セドリックは胸ポケットから日記帳を取り出した。
「実践段階への移行も可能です」
アルベルトは興味深そうに日記を眺めた。
「古代の技術とは、興味深いものですね」
「はい。ただし、使用には慎重さが必要です」
「と申しますと?」
「封印術は、使用者の存在感を代償とします。多用すれば、やがて誰からも忘れられる運命が待っています」
アルベルトの表情が厳しくなった。
「それほど危険な力を、なぜ習得したのですか」
「守りたいものがあるからです」
セドリックは迷うことなく答えた。
「リナ様を守るためなら、孤独になることも厭いません」
アルベルトは長い間沈黙していたが、やがて小さくため息をついた。
「分かりました。では、未開発地区への人事異動についてお話しします」
机の上に地図が広げられた。
「こちらが、あなたの管轄区域です」
地図には、王国の南東部にある未開発地区が詳細に描かれている。
「人口は約2万人、主要都市はエルドリッジ。農業と鉱業が主要産業ですが、魔物の問題で開発が遅れています」
「承知いたしました」
「管理者として、地域の発展と治安維持が主な任務です」
アルベルトは別の書類を手に取った。
「それから、これは非公式の情報ですが…」
彼は周囲を見回してから小声で続けた。
「その地域に、優秀な薬師がいるという報告があります」
セドリックの心臓が跳ね上がった。
「薬師、ですか」
「詳しいことは分かりませんが、地元の評判は上々だそうです」
アルベルトの瞳に、意味深な光が宿った。彼は確信していないまでも、その薬師が誰なのか推測しているようだった。
「調査してみる価値はあるでしょう」
「はい、承知いたしました」
面談が終わると、セドリックは王城の廊下を歩いていた。すると、向こうから第一皇女イザベラが現れた。
「セドリック殿、お疲れ様でした」
「イザベラ殿下、古代文献の件では大変お世話になりました」
「いえ、当然のことです」
イザベラは周囲を確認してから、小さな革袋を差し出した。
「これは、未開発地区に関する詳しい情報です」
セドリックが袋を開けると、中には地図と報告書が入っていた。
「特に、薬師に関する情報も含まれています」
「ありがとうございます」
「それから…」
イザベラは更に声を潜めた。
「フェリックスが手配した護衛も、その地域にいるはずです」
セドリックは全てを理解した。王族たちは、リナの居場所を把握し、密かに支援を続けているのだ。
「皆様のご配慮、痛み入ります」
「家族ですから」
イザベラは微笑んだ。
「政治と感情は別です」
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王城を出る前に、セドリックは父ヴァイオレット侯爵と短時間だけ面会した。
「セドリック、3ヶ月間よく耐えた」
父の声には、以前のような冷たさはなかった。
「未開発地区での任務、頑張ってくれ」
「はい、父上」
「それから…」
ヴァイオレットは机の引き出しから手紙を取り出した。
「これは個人的な手紙だ。任務とは関係ない」
手紙の宛先には「リナ様」と書かれていた。
「もし、偶然にでも会う機会があれば、お渡しください」
セドリックは深く頭を下げた。
「承知いたしました」
「家門の名誉も大切だが、息子の幸せも大切だ。そのことを、3ヶ月間考えていた」
父の言葉に、セドリックは胸が熱くなった。
「ありがとうございます、父上」
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王城を出て馬車に乗ったセドリックは、胸ポケットの護符に触れた。3ヶ月ぶりに感じる自由な空気が心地良い。
「必ず迎えに行く」
小さく呟いた誓いの言葉は、風に乗って遠くまで届いていくかのようだった。
馬車は未開発地区に向かって進んでいく。車窓から見える景色が、徐々に田園風景に変わっていく。
3ヶ月間の研究により、セドリックは封印術を完全に習得した。リナを守るための力を得たのだ。そして今、愛する人との再会に向けて、新たな人生が始まろうとしている。
未開発地区での任務は困難を極めるだろう。だが、リナがそこにいるかもしれないという希望があれば、どのような苦労も乗り越えられる。
「待っていてください、リナ様」
馬車の揺れに身を任せながら、セドリックは決意を新たにした。記憶を継ぐ者と、存在を封じる者。二人の運命が、再び交わろうとしていた。
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